【ヴェネチアでアート旅 ②】ドリス ヴァン ノッテン財団初の展覧会で、手仕事から生まれる圧倒的な美と出会う。
【ヴェネチアでアート旅 ①】につづき、もう一つ紹介するのは、ドリス ヴァン ノッテン財団による初の展覧会「The Only True Protest Is Beauty」だ。彼らの美学に貫かれた56組の表現者による作品群は、私たちに何を伝えるのか? アートプロデューサーの住吉智恵がリポートする。
歴史的建築を舞台に、迫力ある作品が鎮座

ドリス ヴァン ノッテン財団の展覧会「The Only True Protest Is Beauty」。ラディカルな展覧会タイトルは、1960年代アメリカのプロテストシンガー・活動家、フィル・オクスの言葉「In such ugly times the only true protest is beauty(この醜悪な時代において、唯一の真の抗議は美である)」から引用されている。
2024年に自身のブランドのクリエイティブ・ディレクターを退いたドリス ヴァン ノッテンは、パートナーのパトリック・ヴァンヘルウェと共に、グランド・カナル沿いの歴史的建築パラッツォ・ピザーニ・モレッタを取得し、新たに財団を設立した。
本展の魅力のひとつは間違いなく、会場となったパラッツォそのものにある。持ち主が丹精込めて手入れしてきたティエポロのフレスコの天井画や、シャンデリア、家具、織物などロココ様式の壮麗な装飾が極めて良い状態で保存されている。

そこに展示されているのは、ドリスとパトリックの審美眼を通して選りすぐられた作品群だ。ギャラリーやディーラーに委ねず、自らきめ細かいリサーチを経て見出した若手やローカルの作家にも光を当てている。まさに「In Minor Keys」(今年のヴェネチアビエンナーレの総合テーマ)を通奏低音とする、多様性に満ちたキュレーションに圧倒された。


MURMUR, 2026 Mixed media with pheasant feathers in bronze patinated brass cabinet Courtesy of the artist
日本からは、「GO FOR KOGEI」企画の展覧会にも出展している、ガラス作家の三嶋りつ惠や陶芸作家の桑田卓郎、頭蓋骨などをモチーフに”メメントモリ”を想起させる細密な磁器のオブジェで知られる青木克世、パリを拠点に活躍する陶芸作家の栗原かおりが参加している。

いずれも驚嘆の連続だが、なかでも感銘を受けたのが、フランスの若手作家ジョゼフ・アルズマノフである。《夢のチェス盤(L’Échiquier des songes)》は、伝統的な手工芸とAI制御のロボティクスを組み合わせた精巧な装置だ。
アルズマノフの家族は帝政ロシアにルーツを持ち、歴史の激流に翻弄されてきた人々。「ロシアの曽祖父と曽祖母の恋物語にインスピレーションを得た」と彼が語るように、本作は単なる超絶技巧の装飾や欲望の体現ではなく、集団的記憶とトラウマというナラティブを背景に、その傷跡の疼きを「美」へと変換する機械仕掛けの劇場なのだ。

このようにドリス ヴァン ノッテン財団の最初の展覧会は、ただ美しいだけでは終わらない、「抵抗としての美」を標榜していた。
「GO FOR KOGEI 身体と物質のエスノグラフィー―加速社会における遅さと深さ」を含め、2つの展覧会にはともに「工芸」「手仕事」「身体」「時間」「歴史」といったキーワードが潜んでいる。
なかでも特に刮目したのが「装飾」だ。過剰な装飾性、極度の技巧性、高度な先端的テクノロジーは、ときに観るものに幻惑・畏怖・崇拝・不穏・破綻・空虚・可笑しみといった、しっくりしない感情をもたらす。均整のとれた順当な美しさよりも、むしろ胸騒ぎを起こす破格の美が揺さぶりをかけてくる。その余韻の中で私たちは、自身の「抵抗」の萌芽を見出し、覚醒することができるだろうか。
それぞれ違うアプローチで「ヴンダーカンマー(驚異の部屋)」を見せてくれたふたつの展覧会。ヴェネチア・ビエンナーレの示す現代美術の主流とは異質の“澱みが沈む静けさ”の中、この世界の行方をまなざす貴重な機会となった。
ドリス ヴァン ノッテン財団展覧会
THE ONLY TRUE PROTEST IS BEAUTY
会場:Palazzo Pisani Moretta San Polo, 2766, 30125 Venice, Italy
会期:~2026年10月4日
https://fondazionedriesvannoten.org/en/presentation
Text:CHIE SUMIYOSHI
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