【ヴェネチアでアート旅 ②】ドリス ヴァン ノッテン財団初の展覧会で、手仕事から生まれる圧倒的な美と出会う。

Culture

【ヴェネチアでアート旅 ①】につづき、もう一つ紹介するのは、ドリス ヴァン ノッテン財団による初の展覧会「The Only True Protest Is Beauty」だ。彼らの美学に貫かれた56組の表現者による作品群は、私たちに何を伝えるのか? アートプロデューサーの住吉智恵がリポートする。


歴史的建築を舞台に、迫力ある作品が鎮座

ドリス ヴァン ノッテン初の展覧会
15世紀に建てられたヴェネチア屈指の名建築に並ぶ作品の数々。Christian Lacroix Haute Couture Fall/Winter 1997 Wig and headdress arrangement by Fabio Petri Courtesy of Christian Lacroix, STL group 

ドリス ヴァン ノッテン財団の展覧会「The Only True Protest Is Beauty」。ラディカルな展覧会タイトルは、1960年代アメリカのプロテストシンガー・活動家、フィル・オクスの言葉「In such ugly times the only true protest is beauty(この醜悪な時代において、唯一の真の抗議は美である)」から引用されている。

2024年に自身のブランドのクリエイティブ・ディレクターを退いたドリス ヴァン ノッテンは、パートナーのパトリック・ヴァンヘルウェと共に、グランド・カナル沿いの歴史的建築パラッツォ・ピザーニ・モレッタを取得し、新たに財団を設立した。

本展の魅力のひとつは間違いなく、会場となったパラッツォそのものにある。持ち主が丹精込めて手入れしてきたティエポロのフレスコの天井画や、シャンデリア、家具、織物などロココ様式の壮麗な装飾が極めて良い状態で保存されている。

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辺りの空気を異化させるコム デ ギャルソンとクリスチャン・ラクロワのヴィンテージ。右は、ケイト・マグワイアによる夥しい野鳥の羽根の彫刻。左:omme des Garçons Collection Spring/Summer 2025 Headpiece by Julien d’Ys Courtesy of Comme des Garçons 中央:Christian Lacroix Haute Couture Fall/Winter 2004  Wig by Fabio Petri  Courtesy of Christian Lacroix, STL group 右:Kate MccGwire STIFLE, 2008  Mixed media with white dove feathers in antique glass dome with black wood base  Private collector Photo: Matteo de Mayda 

そこに展示されているのは、ドリスとパトリックの審美眼を通して選りすぐられた作品群だ。ギャラリーやディーラーに委ねず、自らきめ細かいリサーチを経て見出した若手やローカルの作家にも光を当てている。まさに「In Minor Keys」(今年のヴェネチアビエンナーレの総合テーマ)を通奏低音とする、多様性に満ちたキュレーションに圧倒された。

銀食器を再利用した宗教的モチーフの彫刻
英国の作家アン・キャリントンによる、銀食器を再利用した宗教的モチーフの彫刻。Ann Carrington Persian Slipper, 2026 Courtesy of the artist  Photo: Matteo de Mayda 
ケイト・マグワイアによる抽象彫刻
英国の作家ケイト・マグワイアによる、何千枚もの野鳥の羽根を用いてつくる有機的かつ官能的な抽象彫刻。Kate MccGwire 
MURMUR, 2026  Mixed media with pheasant feathers in bronze patinated brass cabinet Courtesy of the artist 

日本からは、「GO FOR KOGEI」企画の展覧会にも出展している、ガラス作家の三嶋りつ惠や陶芸作家の桑田卓郎、頭蓋骨などをモチーフに”メメントモリ”を想起させる細密な磁器のオブジェで知られる青木克世、パリを拠点に活躍する陶芸作家の栗原かおりが参加している。

栗原かおりによる陶芸作品
栗原かおりによる、幻想譚の生きものを過剰な装飾性で表現した陶芸作品。Kaori Kurihara Pierrot fleuri,2025 Stoneware, underglaze decoration, glaze, gilding, silvering Courtesy of the artist Photo: Matteo de Mayda 

いずれも驚嘆の連続だが、なかでも感銘を受けたのが、フランスの若手作家ジョゼフ・アルズマノフである。《夢のチェス盤(L’Échiquier des songes)》は、伝統的な手工芸とAI制御のロボティクスを組み合わせた精巧な装置だ。

アルズマノフの家族は帝政ロシアにルーツを持ち、歴史の激流に翻弄されてきた人々。「ロシアの曽祖父と曽祖母の恋物語にインスピレーションを得た」と彼が語るように、本作は単なる超絶技巧の装飾や欲望の体現ではなく、集団的記憶とトラウマというナラティブを背景に、その傷跡の疼きを「美」へと変換する機械仕掛けの劇場なのだ。

《夢のチェス盤(L’Échiquier des songes)》
ジョゼフ・アルズマノフの《夢のチェス盤(L’Échiquier des songes)》。宝石や金のビーズ刺繍で覆われたビザンティン調の宮殿にチェス盤が設えられ、ロボットアームが駒を動かし実際にゲームを展開する。Joseph Arzoumanov L’Échiquier des Songes, 2026 Gold, silver, precious and semi-precious stones, mother of pearl, gold and silk embroidery, Armenian volcanic stone, wood marquetry, calfskin parchment, Murano glass, bronze, steel, robotic components Courtesy of the artist Photo: Courtesy Fondazione Dries Van Noten

このようにドリス ヴァン ノッテン財団の最初の展覧会は、ただ美しいだけでは終わらない、「抵抗としての美」を標榜していた。

「GO FOR KOGEI 身体と物質のエスノグラフィー―加速社会における遅さと深さ」を含め、2つの展覧会にはともに「工芸」「手仕事」「身体」「時間」「歴史」といったキーワードが潜んでいる。

なかでも特に刮目したのが「装飾」だ。過剰な装飾性、極度の技巧性、高度な先端的テクノロジーは、ときに観るものに幻惑・畏怖・崇拝・不穏・破綻・空虚・可笑しみといった、しっくりしない感情をもたらす。均整のとれた順当な美しさよりも、むしろ胸騒ぎを起こす破格の美が揺さぶりをかけてくる。その余韻の中で私たちは、自身の「抵抗」の萌芽を見出し、覚醒することができるだろうか。

それぞれ違うアプローチで「ヴンダーカンマー(驚異の部屋)」を見せてくれたふたつの展覧会。ヴェネチア・ビエンナーレの示す現代美術の主流とは異質の“澱みが沈む静けさ”の中、この世界の行方をまなざす貴重な機会となった。

ドリス ヴァン ノッテン財団展覧会
THE ONLY TRUE PROTEST IS BEAUTY

会場:Palazzo Pisani Moretta San Polo, 2766, 30125 Venice, Italy
会期:2026104
https://fondazionedriesvannoten.org/en/presentation

Text:CHIE SUMIYOSHI

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