俳優、西島秀俊。30年のキャリアを超えて挑戦を続ける理由。

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中島哲也監督が18年の歳月をかけて映画化した『時には懺悔を』(2026年8月28日公開)。打海文三によるミステリー小説を原作に、重度の障がいのある子どもを通して、親子の絆や人間の尊厳など、人が生きる上での複雑な感情を描いた本作は、長らく映像化が難しいと言われ続けてきた。その挑戦作の中心に立った西島秀俊が、創作の舞台裏から信条、そして俳優としてチャレンジを続ける理由までを語る。

「すごい脚本だ、と思いました」

不器用な父親から、振り切ったコメディリリーフまで──。近年の西島秀俊から感じられるのは、俳優としての円熟だけではない。役柄ごとに表現の幅を押し広げ、未知の領域へ踏み込むことを恐れない。飽くなき探究心が、彼の出演作をいっそう魅力的なものにしている。映画『時には懺悔を』では、過去の罪を背負い、感情を閉ざして生きる探偵・佐竹三雄を演じた。

打海文三による同名小説を原作にした本作は、重度の障がいのある子どもをめぐる事件を軸に、血のつながりや命の尊厳を見つめた人間ドラマだ。容易な答えを提示しない脚本を読んだ西島は、すぐにこの作品には特別な力があると感じたという。

「俳優をやっていると、『この作品からオファーが来たら断るという選択肢はない』と感じる脚本に出合うことがあります。この作品が、まさにそうでした。綺麗事ではない世界を描きながら、その先にかすかな希望が描かれていて、『ぜひ参加したい』と思いました」

西島が演じた佐竹は、取り返しのつかない過去を抱え、自らを罰するように生き続ける男だ。しかし、西島は彼を単純な絶望の中にいる人物とは捉えていなかった。

「佐竹は、探偵として世の中のよどみのようなものばかりを見続けてきた人です。灰色の世界を生きていて、周りに何を言われてもほとんど何も感じない。でも、その一方で、心のどこかでは『世界はそんなものではない』と思える瞬間を待っているような人物でもありました」

自然であること、芝居の哲学

人物像を形づくるうえで、大きな指針となったのが、中島監督との対話だった。撮影前のリハーサルで監督から伝えられたのは、映画だからと、現実離れした芝居をしないことだった。

「例えば静かな住宅街で言い争う場面で、大きな声を出してしまう。もちろん、現実を理解した上で大きな声を出すという選択をすることは構わないのですが、実際には起こりにくい。そういう『映画だからということで、現実の境界線を簡単に乗り越えるようなことはできるだけ排除していきましょう』ということは、撮影の最初から言われていました」

一方で、佐竹という人物が少しずつ他者と関わりを持ち始める過程も描かれる。そのひとつが、柴咲コウ演じる妻の佐竹由紀や、山﨑七海演じる娘の観月とのシーン。脚本には「触れ合う」と書かれていた場面も、実際に撮影を重ねる中で、西島は「簡単には触れられない」と感じたという。

「柴咲さんとのシーンも、山﨑さんとのシーンもそうだったのですが、脚本では触れ合うとなっていても、撮影を積み重ねてその場に立ったとき、佐竹の状態は『そんな簡単に距離を縮められないのではないか』という感覚が現場にいるみんなにありました。でも、物語としては二人との距離を縮めなければいけない。その間をどう埋めていくのかを中島監督や柴咲さんと何度も話し合いました。この映画では人に『触れる』ということ自体が、作品の中で重要なテーマのひとつだったと思います。そのためのプロセスを、みんなで一緒につくっていった印象があります」

そんな撮影の中でも、西島が特に強く心を動かされたのが、スペシャルニーズの子どもたちとの共演だった。撮影前、明野新役のしんすけさんのご家族からかけられた言葉は、いまも心に残っている。

「最初にご家族から『俳優として接してください』と言われたんです。『やりたいことは遠慮しないでください。もし何か迷うことがあれば私たちに相談してください。ただ、やる前から自分でストップをかけることだけはやめてください』と。その言葉を聞いて、『確かにその通りだ』と思いました」

その思いは、撮影が始まるとすぐに実感へと変わった。撮影現場で目にした子どもたちの姿は、西島自身の芝居にも大きな刺激を与えた。

「本番で、しんすけくんは時々笑うんです。他の子どもたちも、本番になると手を振ったり、笑顔を見せたり、その瞬間にしか生まれない演技をしていました。それは『カメラの前で何かしてやろう』という意図的な演技ではなく、本当にその場で自然に生まれたものでした。作品を観ても、彼らの笑顔には感動しますし、『自分もカメラの前でこんなふうにいたい』と思いました」

作品を通して見つめる、理想の家族像

劇中で佐竹は、新という少年と出会うことで、閉ざしていた心の奥にわずかな変化が生まれていく。その姿は、中島監督が本作を「望まれなかった命が誰かを救う物語」と語る理由にも重なる。西島自身にも、助けようと思っていた相手に、逆に救われていたと感じた経験はあるのだろうか。

「友人だったり家族だったり、いろいろな関係がありますが、良い人間関係というものにはそういう側面があると思います。助けているつもりが、自分のほうが救われていたり、支えられていたりする。この映画には、世間から見れば『どうしようもない人』と思われる人物がたくさん出てきます。でも、その中でも悪い人だと思われている人が実はいちばん純粋な部分を持っていたり、とても美しい行動をしたりする。人間はひとつの側面だけでは決められないということを、この作品はすべてのキャラクターにおいて描いている。そこが本当に素晴らしいと思いました」

血縁だけでは語れない家族の姿も、本作を貫く大きなテーマだ。理想の家族像について尋ねると、西島は少し考えながら、こう答えた。

「この映画にもいろいろな家族が出てきますが、全部違います。家族の形というのはひとつではないので、一概には言えないですし、理想の家族というものは、僕個人が簡単に答えられるものではないと思っています。宮藤(官九郎)さんの役もそうですが、本人は何か特別なことをしているつもりではない。でも、その何気ない言葉や生き方が、周囲の人にはとても響いてくることがある。映画をご覧になった皆さんが、それぞれの家族や人との関係を重ねながら、この物語から何かを受け取っていただけたら嬉しいです」

失敗はすべて自分に返ってくる。だから挑戦を続ける

キャリア30年以上。国内外で活躍の場を広げる一方、2024年には独立という大きな転機も迎えた。作品選びの基準を尋ねると、これからの俳優人生を象徴するような言葉を口にした。

「自分にとってチャレンジだと思える役や作品に向かっていきたいと思っています。独立したということは、すべてが自分の責任になったということで、失敗したとしても全部自分に返ってくるだけです。チームが大きくなると、守られる部分もある一方で、どうしても失敗しにくい環境になります。もちろん失敗をしたいわけではありませんが、失敗を恐れずにチャレンジをしていかないければ、自分が目指している場所には行けないのではないかと思っています。難しい挑戦を続けながら、これからも新しい役に向き合っていきたいと思っています」

Hidetoshi Nishijima
1971年生まれ。大学在学中より俳優活動を始め、1992年に本格デビュー。『ニンゲン合格』(99)、『Dolls(ドールズ)』(02)、『CUT』(11)ほか、多数の作品で主演を務める。2021年の『ドライブ・マイ・カー』でアジア人初の全米映画批評家協会賞主演男優賞に輝く。近作には『スオミの話をしよう』(24)、『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』(25)、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の『Her Private Hell(原題)』など。『存在のすべてを』(2027年2月5日公開予定)の公開が控える。

『時には懺悔を』
●2026年8月28日(金)より全国公開
⚫︎監督・脚本/中島哲也
⚫︎原作/打海文三『時には懺悔を』(角川文庫/KADOKAWA)
⚫︎出演/西島秀俊、満島ひかり、黒木華、宮藤官九郎 ほか
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