フィリップ王配の恋敵? ダイアナ妃の父とエリザベス女王、秘密のロマンス。

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9月22日に発売された本『Swan Song: Diana, My Sister』で著者のチャールズ・スペンサーは自分の父がエリザベス女王にかつて恋しており、結婚まで考えていたことを明かした。数十年後、エリザベス女王はエドワードの娘ダイアナの義母となる。

1981年7月29日、ダイアナ妃とチャールズ皇太子(当時)の結婚式の日、馬車から手を振るエリザベス女王と、ダイアナ妃の父スペンサー伯爵
ダイアナ妃とチャールズ皇太子(当時)の結婚式でのエリザベス女王とスペンサー伯爵。(1981年7月29日)photography: Princess Diana Archive / Getty Images

故ダイアナ妃とチャールズ・スペンサー伯爵の父、エドワード・ジョン・スペンサーは、エリザベス女王と恋仲だったのか? これは、今年9月末に刊行された本『Swan Song: Diana, My Sister』で著者のチャールズ・スペンサー伯爵が明かした、驚くべき事実のひとつだ。「ヴェニティ・フェア」誌が報じているように、ウィリアム皇太子とハリー王子の叔父であるスペンサー伯爵は、自分の父親が、まだ王女だったエリザベス女王に恋をしていたと書いている。

物語は1940年代にさかのぼる。当時のイギリスはエリザベス王女の父ジョージ6世の治世だった。エドワード・ジョン・スペンサーはエリザベス王女より2歳年上でオルソープ子爵を名乗っていた。国王の侍従を務めた後、エリザベス王女の侍従を務めたのは、英国王室に長い間仕えてきた由緒ある貴族の家系に属していたからだ。息子のチャールズ・スペンサーが今日、語るところによれば、エドワード・ジョン・スペンサーは実際に国王の娘に恋をしていた。ところがフィリップ王配の恋敵と目をつけられ、ある日、王配の叔父であるマウントバッテン卿に呼び出されたそうだ。「彼は父を呼び出し、王女の心を射止めようといういかなる野心も、失敗に終わる運命にあると告げた。マウントバッテン卿は、おそらく甥のために地ならしをしていたのだろう」と、チャールズ・スペンサーは著書に記している。そして、もしこのような結婚が実現していたらどうなっていたかについて、「父と女王の間に芽生えつつあった恋愛感情が結婚に至っていたなら、ダイアナは[そしてチャールズも]生まれていなかった」と結論づけた。エリザベス女王は結局、1947年11月にフィリップ王配と結婚する。女王が即位するおよそ5年前のことである。

1981年の結婚式の日、バルコニーに並ぶウエディングドレス姿のダイアナ妃、チャールズ皇太子(当時)、エリザベス女王、スペンサー伯爵
1981年でのエドワード・ジョン・スペンサー、エリザベス女王、ダイアナ妃、チャールズ皇太子(当時)。photography: Princess Diana Archive / Getty Images

ただし、この話は現時点では検証不可能であり、広く知られている数々の証言とも食い違っていることに留意する必要がある。とりわけ「デイリー・メール」紙面で英国王室専門の伝記作家ロバート・ハードマンが、エドワード・ジョン・スペンサーがエリザベス女王に仕えるようになった時点で、彼女はフィリップ王配と数年前に結婚しており、チャールズ3世とアン王女の母親になっていたと指摘している。

さらにヴァニティ・フェア誌も若き日のエリザベス女王がフィリップ王配に夢中だったことを伝える当時の証言が複数あることを指摘している。そのひとつが女王の幼なじみのアラシア・フィッツアラン・ハワードによる証言である。彼女の日記は2021年に『The Windsor Diaries: My Childhood with the Princesses Elizabeth and Margaret』というタイトルで出版された。この本によれば、エリザベス女王は若い頃から生涯通じてただひとりの人を愛した。

運命が結びついて

いずれにせよ、エリザベス女王とエドワード・ジョン・スペンサーの運命は確かに交わることになる。エドワード・ジョン・スペンサーの娘であるダイアナ妃が、女王の息子である当時のチャールズ皇太子、のちのチャールズ3世と結婚するのだから。1981年7月29日、両家族はロンドンのセント・ポール大聖堂のアーチ天井の下で一堂に会し、20世紀を代表する著名なロイヤルウエディングを迎えることになった。

姉ダイアナ妃について語ったこの著書のなかで、チャールズ・スペンサーは、ほかにも数多くの家族の物語を掘り起こしている。とりわけ、チャールズ3世が元妻の死の翌日、非常に冷淡な言葉を口にしたと主張している。ご承知の通り、1997年8月31日にダイアナ妃はパリのアルマ橋の下で交通事故に遭い、命を落とした。チャールズ・スペンサーがチャールズ3世と葬儀の段取りをめぐって電話で言い争いになった際、チャールズ3世は怒りをあらわに、「ご心配なく、我々はすぐに彼女のことを忘れるでしょうから」とダイアナ妃について言い放ったという。

チャールズ・スペンサーはまた、ロンドンのレストラン、サン・ロレンツォで、姉がチャールズ3世との離婚を決意したと自分に打ち明けた昼食についても振り返っている。「私はしばらく黙っていた。状況が深刻だということは分かっていたが、ここまでとは思っていなかった」と、彼は著書のなかで回想している。その時点で、ダイアナ妃は夫とカミラ・パーカー・ボウルズとの不倫関係については、まだ弟に話していなかったという。カミラはダイアナの死から何年も後にチャールズと結婚することになる。だが、ダイアナ妃が語ったのは、もっと困惑させられる別の不倫関係の疑惑だった。

チャールズ・スペンサーの著書によればその時、弟は姉にこう答えた。「みんながあなたを許さないのではないかと心配だ。みんな、おとぎ話を信じていたから、ひどいことだけれど、夢を壊したとあなたが責められるかもしれない」。するとダイアナ妃は「でも夫は自分の侍従を愛しているのよ!」と言い返した。そしてダイアナ妃は自分の言葉を確信していたそうだ。これもまた、現時点では検証不可能だ。

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※この記事は、フランスの新聞社「Le Figaro」グループが発行する「madame.lefigaro.fr」で掲載されたものの翻訳版です。データや研究結果はすべてオリジナル記事によるものです。

  • text: Léa Mabilon (madame.lefigaro.fr)