柄本弾が魂を注ぐ、ドラマティックバレエの最高傑作『オネーギン』の魅力。

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東京バレエ団が14年ぶりに挑む、ジョン・クランコ振付の至高のドラマティックバレエ『オネーギン』。14年という歳月は、作品の持つ深淵なドラマを宿すにふさわしいダンサーを育むのに必要な時間だった。いままさにその時を迎え、主役オネーギンに挑むのが同団プリンシパルの柄本弾だ。

オネーギンに扮する柄本弾。彼自身は本作について、「シンプルで分かりやすいからこそ、多くの人に刺さる作品」と分析する。

20代の初々しい感性で出合い、心から熱望し続けた特別な役に、37歳となった彼がいかにして命を吹き込むのか。上演発表直後の6月上旬、そして白熱するリハーサル中の10月、2度に渡るインタビューで明かされた彼の言葉から、作品の秘められた魅力と彼だけのオネーギン像を紐解く。


出合いから17年。熟成された身体と経験が
手繰り寄せたキャスティング。

柄本弾と『オネーギン』の出合いは、2010年の東京バレエ団初演時に遡る。当時20歳、コールドの一員として舞台袖に立っていた彼は、クライマックスのパ・ド・ドゥを目にして、あふれ出る涙を抑えられなかったという。

「袖から最後のパ・ド・ドゥを見た時、ただ単純に感動して泣いてしまって。『こんなにもドラマティックな作品だったんだ』と衝撃を受けました。世界中のダンサーが熱望する理由を肌で感じ、いつか自分もオネーギンを踊りたいと強く心に誓った瞬間です」

以来、彼は事あるごとに「オネーギンを踊りたい」と言い続けてきた。しかし、この役は技術だけでは成り立たない。人生の酸いも甘いも噛み分けた、大人の佇まいと深い人間性が求められる難役だからだ。

「オネーギンができる年齢——20代ではなく、経験を重ねた30代半ばから後半のタイミングで巡ってきてほしいと強く願っていました。37歳となったいま、この作品に挑めることはダンサーとして奇跡的な幸運です」

単なる初役への挑戦ではない。17年間に及ぶ熱望と、ダンサーとして熟成を重ねたいまだからこそ実現した、必然のキャスティングだったといえそうだ。

ダブルキャストで上演される『オネーギン』。柄本弾(オネーギン)と沖香菜子(タチヤーナ)の主演回は、11月6日と7日の夜公演。

役作りし過ぎず、リアリティあふれる人間ドラマに挑む。

プーシキンの詩劇をもとに、チャイコフスキーの情熱的な音楽にのせて描かれる悲劇の愛の物語『オネーギン』。都会の冷徹な貴族オネーギンと、田舎の純真な少女タチヤーナのすれ違いは、一見すると遠い異国の群像劇に思えるかもしれない。しかし柄本は、この作品が世界中の観客を魅了し続ける理由を「現代にも通じる人間関係の生々しさ」に見いだしている。

「二股やドロドロとした葛藤、昔振った相手が洗練されて帰ってきた時の動揺……。設定自体は、現代の私たちにとっても決して無縁ではないリアルなドラマです。だからこそ、特別な役作りをしたり、固めすぎたりする必要はないと感じています。型にはめすぎずにシンプルな状態でリハーサルに入り、現場で指導を受けながら自分の中で変化させていくほうが、結果として生身のオネーギンに近づけるんじゃないかと思っています」

東京バレエ団の初演キャストをはじめ、2012年の再演時に客演したシュツットガルト・バレエ団のエヴァン・マッキーといった名手たちの残像を胸に刻みつつも、気負うことなく、あえて「作り込み過ぎない」フレキシブルなスタンスで役へのアプローチを試みたいと静かな覚悟をのぞかせた。

重厚感あふれる舞台美術や衣装はミラノ・スカラ座から貸与。劇的な物語を彩る、豪華で格式高い世界観も見どころのひとつ。

人間味あふれる感情の起伏を、視線ひとつで表現する。

それから秋深まり、実際にクランコ特有の雄弁な振り付けを身体に落とし込み始めた10月。観ているだけでは気づかなかったミリ単位のディテールが、柄本の演技面での解像度を上げている。

「実際に演じることで、本当に多くの発見がありました。ほんの一瞬で変わる心境の変化を、視線の高さを変えるだけで表現したり、舞台上でストーリーが進むにつれてタチヤーナに引き込まれていく過程だったり。数々の細やかな仕掛けが散りばめられていて、オネーギンという男の愚かさや人間臭さを痛感すると同時に、リハーサルが楽しくてたまらない毎日です」

第3幕、上流階級の模範というべき淑女へと成長したタチヤーナ(沖香菜子)の傍らには、包容力あふれる夫のグレーミン公爵(安村圭太)の姿が。

高難度のリフトや、女性の軸の微細なコントロールなど、クランコによるパ・ド・ドゥは“超絶技巧”と称されるほどハードだ。パートナーの沖香菜子との緻密なリハーサルを経て、技術の壁を超えた先にある“感情の交感”へと昇華しつつある。

「少しずつテクニックにとらわれずに動けるようになり、香菜とは『ここで目線を合わせたい』『ここはあえて見ないでほしい』といった意識の共有ができるようになってきました。まだ試行錯誤の渦中にいますが、自分だけのオネーギン像が確実に立ち上がりつつあります」

14年ぶりの上演のため、ダンサーは全員が初役。11月7日のマチネと8日の公演では、宮川新大(オネーギン)、秋山瑛(タチヤーナ)が主演を務める。

クラシックバレエの華やかでロマンティックな世界観とは真逆の存在ともいえる、『オネーギン』。それは、言葉を発しないダンサーたちが、目線やマイム、そして激しい踊りによって紡ぎ出す、愛憎と後悔のドキュメンタリーだ。

物語のラスト、立場が逆転し、絶望的な情熱をもってタチヤーナにすがりつくオネーギン。そして、あふれ出る愛を抑え込み、それを拒絶するタチアナ。息をのむ緊迫感の中で交錯するふたりのエモーションは、観る者の心を激しく揺さぶり、深い余韻を残す。

「『オネーギン』になじみのない方にこそ、観ていただきたい作品です。ほかのバレエ作品とは一線を画す、屈折した人間関係のドラマティックな世界。ダンサーのマイムや目線、踊りに宿るドラマの熱量を、ぜひ生の舞台で受け止めてほしい」

柄本弾が解き放つ人間・オネーギンの真実。劇場でその覚醒の瞬間を見届けたい。

東京バレエ団『オネーギン』
11月6日(金)19:00~
11月7日(土)13:00~、18:30~
11月8日(日)13:00~
会場:新国立劇場オペラハウス
https://thetokyoballet.com/

問い合わせ先

NBSチケットセンター
03-3719-8888
https://thetokyoballet.com/

  • photography: Shoko Matsuhashi (image visual, rehearsal), Shinji Hosono (image visual)
  • text: Eri Arimoto