My Favorite Item 服好きが語る、私のとっておきの一着。
Fashion 2023.06.14
あの人が大事にしている、とっておきの一着とは。服好きならではの視点で、買い物にまつわる思い出と、お気に入りへの愛をたっぷり語っていただきました。
ヴィンテージのサリー
……コムアイ|アーティスト
音楽の修業のため、ここ数年インドを度々訪れているというコムアイ。昨年、数カ月間インドに滞在した際に、現地の女性たちを見て民族衣装のサリーに惹かれ、自身もサリーを日常的に着るようになったという。
「蒸し暑く、日差しの強いインド。特に南インドや田舎の町では、色とりどりで透け感のある涼やかなサリーに身を包み、オイルでまとめた艶々の黒髪にジャスミンの花を挿している女性をたくさん見かけます。そんな魅力的なサリー天国でおとぎ話の中にいるような気持ちに浸っていた日々。旅のお供としてブランケット、もしくはストールとして使っていたこの赤と黒の布がまさにサリーだったということに、この時気付いたのです(遅い!)」
このサリーは2年前に代官山の古着店、ジャンヌ・バレで購入したインド製。薄くて手触り柔らかな天然のコットン生地で、絞りや装飾が手作業で施されているのが見て取れる。
「インド各地でたくさんのサリー店を訪れましたが、このような繊細で質のいいものはなかなか見つからず。グレードの高いサリーと言われているものでさえ、手仕事の重みは感じるものの、生地は必ずと言っていいほど化学繊維でした。確かに、軽くて洗いやすいのですが、サリーは“身体を何重にも包んで着る”ものなので肌当たりが気持ちいい布であることが大切。私が都内で偶然手に入れた、この上質なサリーこそが何よりも名品でした」
音楽ユニット・水曜日のカンパネラの初代ボーカル。自身の妊娠・出産をテーマにしたドキュメンタリー映画製作のため、クラウドファンディングを実施中。
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ヴィンテージのオレンジドレス
……山内マリコ|小説家
山内の著書『あのこは貴族』に登場する榛原華子が着ているのは、ハロッズやフォクシーのワンピース。保守的でクラシックな服の情報が加わるだけで、“東京に住むお嬢様”という華子の人物像に途端にリアリティが増す。
作中で登場人物が身に着けるものについて細やかに描写することが多い山内は、“ファッション=自己表現”と考え、人物像を補完する手段のひとつとして捉えている。そしてそれは、自身の装いにおいても変わらない。
記者会見などで人前に立つことも多いが、その際に身に纏う服はすべて自らで選ぶ。
「以前雑誌の取材でスタイリストさんに用意してもらった服を着たことがあるのですが、何だか自分じゃないような気がして……」
以降、次なる晴れ舞台のために、“私らしいもの”を買い溜める癖がついたそうだ。
今回挙げてくれたのは、イメージが固定されてしまうブランド品ではなく、渋谷の古着店グリモワールで購入したアノニマスなドレス。「ソワソワしてしまうほどの派手色ですが、着てみたら意外としっくりきて」と笑う。
「大好きな松任谷由実さんを主題にした『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』(マガジンハウス刊)を手がけた際、彼女に縁があり私にとっても憧れのレストランであるキャンティでご本人と対談する機会をいただき、その時に着た一張羅。人生のハイライトとも言える、特別な思い出が詰まっています」
2012年『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎刊)でデビュー。女性の悩みについて描くことが多く、同性の共感を得る。主な著書は『あのこは貴族』(集英社刊)など。
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ボラ・アクスのドレス
……夏川イコ|ハイ アンド シーク ディレクター兼バイヤー
すべてにおいて自分の好みの真逆をいく服──夏川イコが選んだのは、イギリスのブランド、ボラ・アクスの2007年SSコレクション。まだアパレル業界に入る前、ふらっと入ったいまはなきヴィア バス ストップで購入したドレスだ。実は外で着たことは一度もないとか。
「シルクシフォンという扱いづらい素材、その上スパンコールまで付いている。汚れたら目立つ色みだし、クリーニングにも怖くて出せない。私は洋服のコレクターではないので、『着れないと意味がない』と思うタイプ。正直、現実的に考えたら買いたくない服でした」
それでも購入したのはこの服から感じ取れる大きい「情熱」だった。
「コンバースって誰もが知っている普遍性のあるもので、それに引っ張られずに仕上げるのは難しい素材。でもこれはきちんと作り手の個性も込みでデザインされていて、モードとして成立している。着たくないほど繊細ですが、媚びることなく自分を貫くデザイナーの潔さを感じます。いまも時々クローゼットから出しては眺めて楽しんでいます」
表参道のマンションの一室にあるセレクトショップ、ハイアンドシークのディレクター兼バイヤー。ショップには自身が本当に欲しいと思うアイテムのみが厳選されて並ぶ。
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ジ・アティコのガウンコート
……柴田麻衣子|リステア ディレクター兼バイヤー
「ブランドとの出合いは2016年。当時ストリートスナップで業界を賑わせていたおしゃれなミラノの2人組、ジルダとジョージアがブランドを立ち上げたと聞いて、すぐにショールームへ駆けつけたのを覚えています。ジルダにいたっては、高円寺に買いに来るくらいの無類のヴィンテージ好き。そんな服好きが手がけているだけあって、単なるインフルエンサーブランドではないんです。流行りに左右されず、自分たちの知識から満ちあふれてきたピースを紡いでいる」
クロコの型押しが「かなり大胆!」と一目惚れして買ったというこちら。
「レザーですし、普通なら襟や袖がきちんと作られそうなのに、切りっぱなしでボタンもない、いわばバスローブみたいな感じ。素材は高級でシリアスなのにゆるいスタンスで作られている、そのギャップがツボです。いい意味で適当というか、究極に抜けがあるところが贅沢だな、と。着るシーンは選びませんが、自信をつけてくれるコートなので、仕事で気合いを入れたい時など鎧みたいな気持ちで羽織ります」
セレクトショップ、リステアのウィメンズのバイイング、クリエイティブディレクションを担当。反骨精神があってエネルギーに満ちたデザイナーのブランドに惹かれる。
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オーガニック バイ ジョン パトリックのスカート
……根岸由香里|ロンハーマン ディレクター
10年前、ニューヨークでの買い付け時に一瞬にして心奪われたという鮮やかなピンクのスカート。「その名のとおり、オーガニックを軸にしてきたブランドですが、当時のコレクションであえてそれとは対局にあるネオプレン素材をふたつのスカートにのみ使っていた。ある意味違和感で、でもこれによってデザイナーがずっと大事にしてきた本筋のオーガニックアイテムがとても際立っていたんです」と語る。信念の真逆にあるものだからこそ、いろいろな思いが伝わってきたという。
「ハリがあって、膨らみがあって、シワになりづらい。出張や移動が多い私のライフスタイルにもマッチしていました。何よりこのピンク! ジュエリーデザイナーのマリーエレーヌ・ドゥ・タイヤックにこれを着て会った時に、真っ先にスカートを褒めていただいて。お店に買いにまで来てくださった。それ以外にもたくさんの方に声をかけてもらいましたし、着ているだけでみんなが笑顔になってくれたのが印象的です。洋服の持つパワー、色の持つパワーをあらためて実感しました」
2008年、スペシャリティストア、ロンハーマンの立ち上げメンバーとしてバイイングを担当。現在はロンハーマン事業部長兼ウィメンズディレクターとして活動している。
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アクメのウェスタンブーツ
……内田文郁|フミカ_ウチダ デザイナー
「白いウェスタンブーツってあまりない気がしていて、まず色に惹かれました。よく見るとステッチがレインボーカラーになっていたり、トリミングがゴールドだったり、トウの形、筒の太さ、メンズっぽいヒールの低さ、そういうディテールすべてが相まって好きです」
ヴィンテージ好きである内田がジャンティーク開業時にも売り出さずにずっと手元に置き続けるウェスタンブーツには思い入れがあった。
「若い頃、古着店のサンタモニカで働いていたんです。20代前半で初めてアメリカにバイイングに行った際に、ロサンゼルスのサンタモニカの事務所に無造作に置かれていたブーツ。確かB品か何かで、売られる予定もなかった気がします。でも自分の中ではすごく気に入っていて、ドキドキしながら勇気を出してこれが欲しいって上司に伝えたのを覚えています。デザイン面ももちろん好きですが、初のアメリカでの思い出、というのがすごく大事にしている理由ですね。手元にある中でいちばん古くから持っているヴィンテージです」
中目黒のヴィンテージショップ、ジャンティークを夫婦でオープンし、バイヤーを務める。2014年にヴィンテージの良さを取り入れたブランド、フミカ_ウチダを立ち上げる。
*「フィガロジャポン」2023年6月号より抜粋
photography: Ayumu Yoshida text: Kenichiro Tatewaki