WWDJAPANの記者・向 千鶴 × ジャーナリスト・塚本 香 服好き記者2人が2023秋冬のファッションと傾向を語る。
Fashion 2023.08.06
今シーズン、印象的だったことは?
WWDJAPANの記者としてミラノコレクションを取材した向千鶴と、パリコレクションに参加したジャーナリストの塚本香が、2023AW全体の潮流やムード、注目したブランドやアイテムについて語る。
塚本 香 (以下、塚本) 向さんは今回、久しぶりにミラノコレクションの取材にいらしたんですよね。いきなり本題から始めてしまいますが、ミラノコレの総評を聞かせて下さい。パリコレは原点回帰、本質の追求という言葉に象徴されるシーズンでした。バレンシアガ(1)がそうですし、コム デ ギャルソン(2)もそう。向さんがWWDJAPANのリポートで、それぞれのブランドが持っているクラフトマンシップやミラノの伝統の服作りが発揮されたシーズンだったと言われていたので、ミラノもパリも同じ空気が流れていたのかなと思っているのですが。
1 Balenciaga
2 Comme des Garçons
向 千鶴 (以下、向) 実は私自身がすごくミラノコレに行きたいなと思ったんです。サステナビリティ担当としてファッションを見ていると、生地の力、職人の力が深く関わっていると感じることが多くて、あらためてそういう価値が見直されているのではないかということを確かめたかった。
塚本 で、実際に行ってみての結論は?
向 手で作り出すものの価値や力が大事な時代ですよね。服になる前の布そのものの力、そこで働く職人の存在感がすごく輝いていると実感しました。ボッテガ・ヴェネタ(3)しかり、エトロ(4)しかり、シンプルだけどマックスマーラ(5)もとてもよかった。このところクワイエットラグジュアリーという言葉がとても気になっているのですが、ロゴもなくて一見どこのブランドかわからないけれど、着るとその価値や存在感を感じる服が注目されている。それってどういうことなのかを自分の目で確認することができました。
3 Bottega Veneta
4 Etro
5 Max Mara
塚本 クワイエットラグジュアリー、いいですよね。パリでいうとザ ロウ(6)やエルメス(7)がその代表格でしょうか。限りなくミニマルで、でも上質な素材とシルエットの美しさで魅せる大人の服。いろいろなおしゃれを経験したけれど、最後に手にするのはこれ見よがしでない自分のためのラグジュアリーで、着る人が主役、というのもいまの時代に合っている。
6 The Row
7 Hermès
向 でも、大人の服という感覚はちょっと変わってきてるんです。そういった服がいまは若い富裕層に支持されている。成功しても、わかりやすいステイタスの象徴のようなブランドにはいかないというのがこのところの傾向。それとハイブランドのセレブリティ起用も関連している気がします。服がクワイエットで声高にブランドを掲げているわけではないので、誰かが着ることで憧れ感を作り出す必要がある。ラグジュアリーの世界には憧れが必要ですから。そのためのセレブリティと思うと、ミラノでのパパラッチ騒動も納得できました。すごかったのはBTSのRMが登場したボッテガ・ヴェネタですが、ショー自体もともかく素晴らしかった。でも、あれがクワイエットかと言われるとラグジュアリーだけどクワイエットではないかも(笑)。
塚本 確かに(笑)。ミニマルでラグジュアリーではあるけれど、独創的な主張のあるコレクションでしたよね。そのボッテガ・ヴェネタとなんとなく重なる方向性と言えるのが、パリではロエベ(8)でした。削ぎ落として削ぎ落として、という純度を探求するコレクションでしたが、ミニマルであっても、JW・アンダーソンならではの斬新なアイデアが込められていて。そして、彼のアイデアをちゃんと形にできるロエベのアトリエの力を感じました。転写プリントをしたうえでわざとぼかすとか、スエードを古着のように毛羽立たせるとか。
8 Loewe
向 クラフトとラグジュアリーの急接近というのがどちらにも言えること。前からこの両者は近しい関係だったけれど、その重要性が増している。アトリエとコミュニケーションできるクリエイティブディレクターが成功していると思います。JW・アンダーソンはクラフトの価値に早くから着目していたし、ボッテガ・ヴェネタのマシュー・ブレイジーやエトロのマルコ・デ・ヴィンチェンツォもそう。今回のランウェイ後、マルコに何が自身の強みだと思うかと聞いたら、僕の頭の中にはイタリアの柄の産地マップが全部入っているという答えだったんです。花のプリントならあの工房のあの人、チェックならどのアトリエの誰というようにしっかり作り手の顔が浮かんでくると。グーグルで産地情報を探しても出てこない、人と人とのネットワークですよね。自分のやりたいことを実現するためのネットワークを持っていることが最近出てきているクリエイティブディレクターの強みかもしれません。
塚本 クワイエットからどんどん離れてしまいますが(笑)、アトリエとコミュニケーションできて自分のやりたいことを実現しているという点で、アンソニー・ヴァカレロのサンローラン(9)も毎シーズンそうだなと思います。今回もトレンドのテーラードエレガンスを提案しながらも、パワフルで攻撃的。
9 Saint Laurent
向 ミラノではディーゼル(10)のグレン・マーティンスかな。チャレンジしていてすごく掴まれました。
10 Diesel
塚本 私はいちばん掴まれたのはなんといってもミュウ ミュウ(11)です。ベーシックなツインニットを着て、でもパンストを見せている。ありえない着こなしだけれど、そのありえない感じがいい!
11 Miu Miu
向 ミュウ ミュウ、可愛いですよね。でも、どうしてそこまで気になったのか、そこを突き詰めて説明してほしいです。
塚本 う〜ん、そう言われると難しい。心がざわついたとしか言えないです。ツインニットをパンストにインするなんて普通はやらないですよね。それを普通のことのように感じさせるスタイリングが絶妙だし、全体のバランスがともかく新しい。これまではそうじゃなかった、常識的に考えるとおかしいことをやっているのに、それが変ではなくて逆に素敵と思わせてくれる、そのセンスというか。ちょっとした違和感はあるのだけれど、それが気持ちを高揚させる。
向 ファッションがおもしろいのはそういう瞬間ですよね。これまでと違っていて、でもそれがどう見ても変にしか見えないタイミングといいなと思えるタイミングがあって、ミュウ ミュウはベストなタイミングで出してきたということなのでしょうね。
塚本 ある意味、新しいファッションはそうして生まれてきたとも言えます。変に見えないタイミングというのは、社会の動きとも関係していて、そういうものを求める気分があるからこそ受け入れられた。
向 我らがフィービー・ファイロの話をしてもいいですか。以前バックステージの囲み取材で彼女が「タッキー」と言ったことがあるんです。「タッキー」って悪趣味という意味だけれども、彼女は変なものと変なものを組み合わせて悪趣味ギリギリなのが素敵に見えると言っていて、そういう感じですよね。
塚本 まさにそのとおり。悪趣味と悪趣味ギリギリなのは全然違う。ギリギリなのがモードなんです。
向 そのギリギリをミウッチャ・プラダも突こうとしているんでしょうね。
塚本 というところで、話がどんどんトレンドから離れてしまうので、一気に引き戻しますが(笑)、テーラードエレガンスがメインストリームなので、ジャケットは今シーズンのマストアイテムと言っていいと思うのですが、新しいジャケット、買いますか?
向 買います、買います。ミラノでもジャケットはめちゃめちゃ多かったです。特にスポーツマックス(12)とジルサンダー(13)が印象的でした。テーラリングのトレンドにのってというのもありますが、やっぱり冬が寒くないですから、12月までの日常着としてのジャケットはますます重要になる。もうひとつ、Z世代から、ジャケットは復活したのではなくすでに定番です!と言われて驚いたのですが、あの世代にとってジャケットは特別なものではなく、カジュアルに着る日常ワードローブのひとつ。確かにジャケットを着ている20代はすごく多い。ランジェリールックも大好きな世代ですが、彼らにとってのジャケットはそういうものに合わせるコーディネートアイテムなんだなと妙に納得しちゃいました。
12 Sportmax
13 Jil Sander
塚本 パワーウーマン的なジャケットではないということ? 向さんもパワーショルダーのジャケットは買わないですか?
向 いや、私がオーダーしたのはメンズライクなかっちり仕立てられたボクシーなテーラードジャケット。ランジェリーライクなアイテムも一緒にオーダーしているので、それを合わせるつもり。塚本さんは?
塚本 私は特別感のあるジャケットが欲しいので、サンローラン(14)で攻めます。でなければ、やっぱりザ・ロウ(15)かなあ。なんだかんだいって最後はクワイエットラグジュアリーに戻ってきました。
14 Saint Laurent
15 The Row
塚本 香
ファッションジャーナリスト
元「フィガロ ジャポン」編集長。その後「エル・ジャポン」編集長、「ハーパーズ バザー」編集長を経て、現在はフリーランスのファッションジャーナリスト&エディトリアルディレクターとして活動中。海外コレクションの取材歴は25年以上。 madameFIGARO.jpでも今回のパリコレのリポートを配信中。
向 千鶴
WWDJAPAN編集統括兼サステナビリティ・ディレクター
日本繊維新聞社記者を経て、INFASパブリケーションズに入社。「ファッションニュース」編集長、「WWDジャパン」編集長を経て2021年4月から現職。「毎日ファッション大賞」選考委員、「インターナショナル・ウールマーク・プライズ2020」のアドバイザリー・カウンシルを務める。
>>新時代のシックを考える、2023AWコレクション。
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*「フィガロジャポン」2023年8月号より抜粋
photography: Spotlight editing: Kaori Tsukamoto