プティ・パレの地下の会場で、まずはアンブロワーズ・ヴォラールのポートレートに迎えられる。左の絵画はポール・セザンヌ作(1899年)、その隣はピエール・ボナール作(1924年頃)だ。photo:Mariko Omura
いつも発見がある プティ・パレ。8月29日まで開催中の『Edition limitée, Vollard, Petiet et l’estampe de maîtres』はボナール、ピカソ、シャガールといったフランス絵画の巨匠たちの、あまり見かけたことのない版画作品との出合いが待つ展覧会だ。タイトルに謳われているVollardというのは19世紀末から20世紀初頭にかけて精力的に活動した画商アンブロワーズ・ヴォラール(1866~1939)である。影響力の大きな美術賞として彼以前にはポール・デュラン=リュエルがいて、彼の後にはダニエル=ヘンリー・カーンワイラーがいるが、ヴォラールが彼らと違ったのは出版に意欲的だったことだ。
版画家集に収められた作品。photo:Mariko Omura
版画家集に収められた複数の作品から。左:エドヴァルド・ムンク作のリトグラフィ『Le Soir Aungstefühl』。右:オーギュスト・ルノワール作『母と子(ジャン・ルノワール)』
1893年にラフィット街37番地に自分の画廊を構えた彼が次に手がけたのは、版画を専門にしない画家たちに版画を依頼して出版することだった。結果は、彼の表現によると「芸術として大成功をおさめた」そうだ。100部ずつ刷った1896年と97年の『Les Peintres-Graveurs(版画家)集』には、フォンタン・ラトゥール、ナビ派の複数の画家たちの版画を収めたものの、売り上げは芳しくなく第3集の出版は見合わせることに。その後も限定出版の基本を崩さず、彼はピカソの『Saltimbanques(曲芸師たち)』や、ボナール集、ヴュイヤール集などを出版した。
パブロ・ピカソの『ヴォラール・シリーズ』より。ヴォラールは『Minos et Pasibpaé』の出版のために購入したのだがプロジェクトは頓挫。プティエが彼の死後、これら版画を販売したそうだ。photo:Mariko Omura
左:アストリッド・マイヨールの木版画『La Vague』(1895〜98年)。©️Paris Musée/Petit Palais 右: マルク・シャガールによるファーブルの寓話集のためのグァッシュ。1927年ごろ。©️ADAGP, Paris 2021
版画集に続き、彼は版画を挿絵にした文学作品の出版へと活動を広げる。彼の試みが世間に認められるようになるのは、1920~30年代になってから。彼は紙の注文も自分で行い、また活字の種類も自分で選んでいたという。1925年に開催された装飾芸術博覧会で陶器の美しさに開眼した彼は、その後、ボナール、マティス、マイヨールたちに陶器の装飾を依頼……ヴォラールは1939年に交通事故で急死する。ヴォラールから作品を購入していた、Henri Marie Petiet(アンリ・マリー・プティエ)が版画の販売を後継。それゆえに、プティエの名前も展覧会のタイトルに含まれているのである。限定出版された巨匠たちの版画に着目したユニークな展覧会。企画力に長けたプティ・パレらしい展覧会だ。
ヴォラールが出版したオクターヴ・ミルボーの『Dingo』(1924年)には、ピエール・ボナールによるエッチングの挿絵。 Photo:Mariko Omura
画商ヴォラールの希望から、画家たちは装飾芸術分野にもチャレンジすることに。photo:Mariko Omura
展覧会、最後の部屋には印刷機も展示。ジョルジュ・ルオーの版画が壁を飾る。photo:Mariko Omura
会期:開催中~8月29日
Petit Palais
Avenue Winston Churchill
75008 Paris
開)10:00~18:00(火~木、土、日) 10:00~20:00(金)
休)月
料:11ユーロ
www.petitpalais.paris.fr
editing: Mariko Omura
この記事の元URL: https://madamefigaro.jp/paris/210723-petit-palais.html