【オニール八菜連載vol.8】クラシックはしばらくお預け。コンテンポラリー作品を踊る楽しさは?

Paris

パリ・オペラ座バレエ団のシーズン2025/26が終わりを迎える頃、オニール八菜はガルニエ宮での公演と並行して、東京のKバレエカンパニーの公演でゲストとして初役で踊ることになったローラン・プテイの『若者と死』の稽古に勤しんでいた。この作品がパリ・オペラ座バレエ団のレパートリーに入り、ファニー・ガイダ、マリー=クロード・ピエトラガラたちが踊った1990年に若者役を踊ったファビアン・ロックがコーチだ。

彼女のシーズン2025/26は『ジゼル』に始まり、トリッシャ・ブラウンの『If you couldn’t see me』、ダヴィッド・ドーソンの『Anima Animus』、アンジュラン・プレルジョカージュの『Le Parc』、ルドルフ・ヌレエフの『ロミオとジュリエット』と続き、締めくくりはマッツ・エクの『Solo for Two』だった。『椿姫』『ラ・バヤデール』は踊っていない。2024年の来日公演では『白鳥の湖』に配役され、また日本で参加するガラではクラシック作品を踊る八菜だが、パリ・オペラ座ではコンテンポラリー作品に配役されることが思いのほか多い。7月上旬発売のフランスの時事系週刊誌「Le Point」で、『Solo for Two』の写真とともに4ページで彼女が特集された。このマッツ・エクの作品はタイトルが示すようにふたりのダンサーによるデュオ。アマンディーヌ・アルビッソンとパブロ・ルガザ、そしてオニール八菜とミロ・アヴェックの2配役が15公演を交互で踊った。記事は「オニール八菜、南半球の星」というタイトルで、まるでこの作品で彼女を発見したかのように“新しいエトワール”として紹介されている。近頃パリ・オペラ座のコンテンポラリー作品に対する世間の関心の高さもあり、八菜の存在がクローズアップされることになったようだ。今回は主にコンテンポラリー作品について彼女に語ってもらうことにしよう。(取材・文/大村真理子)


『ジゼル』より。photography:Maria Helena Buckley/ OnP
ジェルマン ・ルーヴェと踊った『ル・パルク』より。photography:Maria Helena Buckley/ OnP

2013年に正団員として入団する前の契約団員の時代から、オニール八菜はネオクラシック作品、コンテンポラリー作品によく配されていた。昔を振り返って、彼女はこう語った。

「ちょっとだけソリスト的に私が初めて踊ったのも、ウィリアム・フォーサイスの『Pas Parts』だったんですよ。パリ・オペラ座がクラシック作品ばかりを踊るのではないことは、入団前から知っていました。というのも、オペラ座のDVDやビデオはもちろんヌレエフ作品もあるけれど、たとえばジョン・ノイマイヤーの『シルヴィア』だとか結構ネオクラシックの創作とかが多くて、ああ新たな創作がたくさんあるんだなあって。クラシックとそうした創作のバランスの良さもオペラ座の独特なところだなって思っていました」

コードがしっかりとあるクラシック作品と違って、コンテンポラリー作品を踊る時の達成感や喜びはどんなところにあるのだろうか。

「踊ってる作品にもよりますけど、いま踊っているマッツ・エクの『Solo for Two』で言えば、ひとつひとつのステップのコードがきちんとあるんです。テクニックのことを話せば、あ、今日はここで上手く止まれたとか、すごく深く行けた……ということが喜びとして挙げられます。この作品はひとつひとつのステップが繋がっていて、お話は抽象的なんですけど、身体の使い方によって動いている時にエモーションが身体の深いところから出てくることがあって……クラシック作品でも言えることですけど、それは楽しいですね。ああ、精一杯できた、と」

マッツ・エク『Solo for Two』より。photography:Julien Benhamou/ OnP
マッツ・エク『Solo for Two』より。photography:Julien Benhamou/ OnP

この『Solo for Two』はミックスプログラム「Vibrations」の中のひとつで、今回レパートリー入りした作品だ。これを含め、パリ・オペラ座バレエ団のレパートリーにはマッツ・エクの作品が9作品。この中の『カルメン』と『アパルトマン』を彼女はすでに踊っている。

「私は2019年に『カルメン』がレパートリー入りした時はコール・ド・バレエで、キャプテンの女も踊って……で、2回目の2022年の時はM役でした。みんながマッツ・エクは天才だっていうけれど、実は最初のときは“う~ん”みたいな感じだったんです。でも、この2回目の時は彼と一緒にスタジオにいる時間があって、直接コーチしてもらって、“そうなんだ、本当に天才だ”って思いました。彼の振り付けはとても知的にできていて、全部のステップに意味があるんですね。綺麗だからとかかっこいいというのは一切なくて、本当にお話をつくるためにこのステップが生まれて……と、それがやっぱりすごいなって思いました。たとえば私たち女性ダンサーって首ひとつかしげるにしても、それぞれちょっとした癖のようなものがありますけど、彼はちょっとでもそうした癖が出ると、『違う、普通に頭を振るだけでいい』と。とてもシンプル、でもそこにどれだけ大きな意味がこもっているか……。その通りにするとエモーションが観客に伝わるし、自分でもやっていて、ああという感じがあって……それが好きですね。これはクラシックバレエにも使えるスキルとも言えます。彼のテクニックは好きで、やってて難しいは難しいのだけれど、身体に合ってるという感じがあって楽しいです」

マッツ・エク『Solo for Two』より。パートナーはミロ・アヴェック(コリフェ)。彼とは『ロミオとジュリエット』を共に初役で踊っている。photography:Julien Benhamou/ OnP
マッツ・エク『Solo for Two』より。photography:Julien Benhamou/ OnP
マッツ・エク『Solo for Two』より。途中で、男女は衣装を交換。photography:Julien Benhamou/ OnP

マッツ・エクは毎回ダンサーをオーディションで選んでいる。過去に踊ったことがあり、知っているダンサーでもオーディションを受けなければならないそうだ。2025年4月に久しぶりにガルニエ宮で『アパルトマン』の公演があり、彼女はピンク役に選ばれた。「ドア」かビデのソロが踊りたいと思っていたのだが……。

「だからこの配役には、ちょっと“う~ん”という感じだったんです。でも、作品全体を見て彼はキャスティングをしていて、彼から聞いたのではないけれど、自分がどうしてピンクなのかが理解できたんです。ドアのパ・ド・ドゥも大事ですけど、たとえば掃除機の踊りの女の子たちのハーモニーとかこの作品はグループで踊る部分が結構あって、作品をトータルで見ると私に合ってるパートがピンクなんだって納得できたんです。マッツはやっぱり頭いいなあ、って思いました。この作品、配役に友だちが多かったこともあって、とても楽しかった思い出があります」

マッツ・エク振り付け『アパルトマン』より。パブロ・ルガザと。photography:Agathe Poupeney/OnP
マッツ・エク振り付け『アパルトマン』より。 左はヴァランティーヌ・コラサント、右はリュドミラ・パリエロ。photography:Agathe Poupeney/OnP

「いま踊っている『Solo for Two』は私が踊るマッツの3つ目の作品で、彼の振り付けをやり慣れてきたという感じがあります。20分、大変なんですけどひとつの作品の中にあらゆるエモーションが込められていて、グッとくる本当に素晴らしい作品なんです。彼からも説明がありましたけど、こういうお話ですというようなストーリーはないんです。こういう意味でもあり、こういう意味でもあって……というのが多くって。カップルのお話なんですけど、男性に対して、私はちっちゃい男の子の世話をする母親のような面もあれば、身体が効かなくなって赤ちゃんのようになった老人の面倒を見るということでもいい……というようにいろいろ意味があって。いちばん大切なのは男性の面倒をみる、ということなんです。ステージに壁があって、その前でひとりで踊っていても、それはもうひとりのダンサーが出てくるための踊りであるとか、常にもうひとりのことを考えている、という振付。言葉では難しいけれど、とにかく考えることがたくさんあるんです。考えていないけど考えていて……ひとつひとつのステップに意味があるので、それも考えてると結構忙しいです。でも、そういうほうが踊る意味が感じられて……ただ好きで踊ってるというだけじゃなくて、裏にメッセージがあって、とてもパワフルな作品。マッツ・エクの作品は何回も踊ってるということもあるし、私が彼の作品をすごく好きだからというのもあるし、毎回彼に教わることによって、ダンサーとしても女性としてもすごく成長するような感じがします」

コンテンポラリー作品では彼に限らず、振付家本人と一緒に仕事をすることがいちばん楽しいこと、と語る。過去にはホフェッシュ・シェクターと『The art of not looking back』、キャロリーヌ・カールソンと『Signes』、ソル・レオン&ポール・ライトフットと『Sleight of hands』……。

「12月に踊った『If you couldn’t see me』は創作したトリシャ・ブラウンがすでに亡くなってるので、いまのカンパニーのディレクターと一緒に仕事をしました。この作品はすごいおもしろい体験でした。ビデオを最初見た時にこれ、覚えられるのかな、と思ったんですけど……結局は身体に染み込むような振り付けでとてもおもしろかった。この作品はずっと後ろ向きに踊るので、観客が見えない。最初は変な感じがしましたけど、本当に誰も見えないから、まるで自分の部屋で楽しく踊っているという感じに、すごく自由に踊れました。音楽もそれに合わせて踊るというのではなく、自分のタイミングだったので毎回違って……。観客を気にしないで踊れた、というのは楽しい経験でした」

トリシャ・ブラウン『If you couldn’t see me』より。photography:Benoîte Fontan/ OnP
トリシャ・ブラウン『If you couldn’t see me』より。photography:Benoîte Fontan/ OnP

「オペラ座のレパートリーの中で踊りたいコンテンポラリー作品は、イリ・キリアンの『Kaguyahime』なんです。踊りも好きだし、太鼓とか音楽もいいじゃないですか。入団1年目くらいの時に、踊る機会はなかったけれど代役だったんです。その時の素敵なイメージが残っていて、いつかやってみたいなっと思ったんですね。キリアンの作品は『Stepping Stones』を踊ってますけど、この時彼はゲネプロか初日に来ただけだったので一緒にスタジオでの時間を過ごしてないんです。だから、いつかこの作品で彼と仕事をしたいって……。いつかピナ・バウシュの作品も踊りたいですね」

シーズン2026/27では12月にバスティーユでピナ・バウシュの『春の祭典』が踊られる。グループの仕事が好きという彼女はこの作品を踊りたいと願っているのだけれど、このためのオーディションが行われたのは生憎と彼女が英国ロイヤル・バレエに招かれてリース・クラークと『ジゼル』を踊っていてパリ不在時だったのだ。彼女の来シーズンは『マノン』ではなく、ミックスプログラム『Paysages intérieurs』でスタート。来シーズンは2027年3月の『天井桟敷の人々』までクラシック作品を踊らないそうだ。エトワールは踊る作品の希望を出せると聞いているが、これは八菜の希望に沿ってのことだろうか?

「たとえばこの『Solo for Two』については、『ラ・バヤデール』かどちらかと言われて。マッツ・エクが決まったらそれはそれでうれしいし、『ラ・バヤデール』でもうれしいしという感じでした。マッツに選ばれてからは、これは絶対にやりたい作品なんだ!って思うようになってゆきました。このほかについては私が希望したのは『マノン』。でも私は『Paysages intérieurs』の、ジャン・クリストフ・マイヨの『Vers un pays sage』とウィリアム・フォーサイスの『Rearray』を踊ることになって……あ、また『マノン』ができないのかって、これにはガッカリしました。でもフォーサイス本人が私にやって欲しいということで指名されたのだから、それはすごくうれしいことです。『マノン』は次の時に期待することに。パリ・オペラ座の12月はクラシック作品はオペラ・バスティーユのミックプロの中の『Suite en blanc』だけですね。私はオペラ・ガルニエの「Pulsations」で、ソル・レオン&ポール・ライトフットの『Schmetterling』を踊ります。振付家に選ばれるというのはうれしいし、直接一緒に仕事ができ良い経験になると思います」

「この「Pulsations」は3作品で構成されています。私は『Schmetterling』に先に決まっていて、その後、ルシンダ・チャイルズの創作にも選ばれて……ジョゼ(・マルティネス芸術監督)から、どちらがやりたいかと聞かれました。実はこの時点では、オペラ・バスティーユのミックスプロにモーリス・ベジャールの『ボレロ』がプログラムに入っていたんですね。これは絶対に!とジョゼのOKももらっていて、『マノン』がダメでも『ボレロ』が踊れるって、自分を慰めたのですが、『ボレロ』がプログラムから外れることになったという事情があるんです。ルシンダか『Schmetterling』か……後者を選びました」

このインタビューが行われたのは7回踊る『Solo for Two』が、ほぼ終わりに差し掛かった頃。マッツ・エク作品と毎朝のクラスレッスンでは使う筋肉が違うので、身体のあちこちがとても痛いと言う。この作品では大柄のパートナー、ミロ・アヴェックを子どもか老人かのように抱えて歩く場面もあって腰は痛く、それにエクの振り付けは脚をすごく使うので脚も痛い、と。さて、その脚なのだが、『If you couldn’t see me』では後ろ向きで踊る彼女の筋肉質の美しい脚が照明の効果もあってか実に印象的だった。この脚があって『ジゼル』のミルタのグラン・ジュテが素晴らしいのだ!と納得させる脚である。

「そうですね、脚の筋肉はしっかりついています。特にトレーニングとかはしてなくて、多分生まれつき……。脚はとにかく強くって、小さい時に弟たちと喧嘩した時、私はいつも脚で戦ってたんですよ(笑)」

今シーズン、初役で踊った『ロミオとジュリエット』より。photography:Julien Benhamou/ OnP

この夏、八菜は東京の後、上海へと。アニエス・ルテスチュがアーティスティック・ディレクターを務めるガラ「Under the Stars of Paris」に参加するためだ。久しぶりに『エスメラルダ』のパ・ド・ドゥをミロ・アヴェックをパートナーに踊る。そしてエロイーズ・ブルドン、マリーヌ・ガニオ、マルク・モローとジョージ・バランシンの『Who Cares』を。これまで踊っていないパートを初めて踊るそうだ。このガラはその後深圳市でも開催されるが、彼女はそれには参加せずロサンゼルスへ向かう。ユーゴ・マルシャンがオーガナイズするガラがあるのだ。

「こうして複数のガラが続く旅は、チュチュが5着とか毎回荷物が大変なんですよ。でも今回は2着だけなのでホッとしています」とにっこり。ロサンゼルスが終わったら、ようやくヴァカンスだ。この夏の行き先はどこだろうか?

大村 真理子

madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター

東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。2006年から「フィガロジャポン」パリ支局長を務めた後、フリーエディター活動を再開。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。