シャネルのプリーツのアトリエ、ロニオンを訪ねて。
Le cercle Chanel 2017.12.27
12月6日に発表された2017/18年メティエダール コレクション パリ-ハンブルク。 都市は異なれど、毎年12月初旬の開催が恒例となったこのショーでは、シャネルが傘下に収めたアトリエのクラフトマンシップによる仕事が存分に生かされた、魅力的なドレスや小物を堪能できる 。機械化、デジタル化の進む世の中で、人間の手が成し遂げる美しいこのメティエダール コレクション。卓越した技術を誇るアトリエの中から、ロニオン、ルマリエ、ルサージュを3回に分けて紹介しよう。
19世紀の創業以来受け継がれる、プリーツの遺産。
シャネルの傘下に収まるまで、ロニオンのアトリエはヴァンドーム広場の近くにあった。創業は1853年。1852年に帝位についたナポレオン1世の甥ルイ・ナポレオンによる第二帝政が始まり、贅沢文化が彼の治世下で花開いてゆく。フランスでオートクチュールが生まれたのも、この頃だ。メティエダールに関わる多くのアトリエが19世紀後半に創業しているのは、それゆえである。オートクチュールの創始者と呼ばれるシャルル=フレデリック・ウォルトのメゾンはラペ通りにあり、ほかのクチュールメゾンもその近くに集まっていたため、メティエダールのアトリエもその界隈に……ということで、この時代にロニオンもラペ通りにぶつかるダニエル・カサノヴァ通りに開かれたのである。
ファンタジー・プリーツの見本より。
同じプリーツでもプラスチック、モスリン……素材によって異なる表情を見せる。
現在アトリエがあるのは、パリ郊外のパンタン。天井の高い広々とした空間内では、女性たちが各々の場所で作業をしている。ここで折られるプリーツを大きく分けると2タイプ 。ひとつはアコーディオン、バトー、ボックスといったクラシックなプリーツ、そして、もうひとつはオリジナルのファンタジー・プリーツである。これはロニオンが、シャネルの傘下に収まる前から変わっていないことだ。
まずは、“メティエ”と呼ばれている大きな横長の厚紙から説明を始めよう。厚紙はどのプリーツでも2枚で1セットだ。厚紙にはプリーツのための図案がトレースされている。このトレースの作業だけは外部の専門会社に託されるが、プリーツの図案はもちろんロニオンのアトリエで作られる。
厚紙にトレースされた線に沿って折る。担当者マリオンは上向きの折りを山、下向きの折りを谷と呼ぶ。厚紙を折りあげる作業にかかる時間はプリーツの図案により異なるそうで、この「オーギュスティーヌ」と名付けられたファンタジー・プリーツの場合は1日で1枚のペースとか。
このファンタジー・プリーツは使用頻度が高く、過去の厚紙がそろそろ使えなくなりそう。こうして新しいものを準備して、貴重なアーカイブを守るのだ。
現在、この厚紙に関する作業を担当しているのはマリオン。新しいプリーツのための図案のリサーチも彼女に任せられている。マリオンの作業台は140×350cmサイズの横長のテーブル。ここにプリーツのための折り線がついた厚紙を広げて、1本ずつ線を凹凸に折ってゆくのだ。この作業は、毎回2枚の繰り返しとなる。プリーツの線に沿って折られた厚紙2枚は、元のサイズからは考えられないほど縮む。とりわけファンタジー・プリーツは折りが複雑なだけに、クラシック・プリーツに比べて作業後はとても小さくなる。
ロニオンのアーカイブには、1853年の創業からいまに至るまでの2,500近いメティエ(プリーツを付けられた厚紙)が保管されている。フランスでプリーツのアトリエはロニオンだけではないにしても、歴史とアーカイブという点においてロニオンは唯一無二の存在なのだ。この貴重な遺産はクリエイションの提案を可能にするだけでなく、これがベースとなって新しいクリエイションが生まれる。シャネルは傘下に収めたアトリエを独占せず、ほかのメゾンのためにもそのサヴォアフェールを提供。多くのクチュリエ、クリエイターの創造性を満足させるプリーツを求めることにより、職人技は失われるどころか、革新を続けることができるというわけだ。
>>アトリエのチーフ、クレールが感じるプリーツの仕事の魅力とは。
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アトリエのチーフ、クレールが感じるプリーツの仕事の魅力とは。
では、実際に布にプリーツを施す作業へと話を進めよう。この仕事を担当するのは、アトリエのチーフを務めるクレール・マルソーである。プリーツが付けられ小さくなった厚紙2枚のセットを、重しを置いて平らに戻してゆく作業から始まる。クレールとパートナーが呼吸を合わせて手と身体を動かし、とてもスピーディに進む。完全に平らになったら、次は厚紙2枚の間にプリーツを付ける布を配置する。縦糸に沿って布を歪みなく、真っすぐに。この段階で最も厄介なのは、モスリンのように軽くて動いてしまう素材だそうだ。プリーツを付けるのは布だけでなく、プラスチックや革ということもある。
プリーツの付いた厚紙を手際よく平らにしてゆくクレール(右)とパートナー。重しはひとつ5キロもある。このファンタジー・プリーツは2017/18年メティエダール コレクション パリ-ハンブルクのジャケットのための「リュバン・ビエ」。
2枚の厚紙が、完全に平らになったところ。
2枚の厚紙の間に、まっすぐに布を挟む。
布を置いたら、上の厚紙をかぶせる。そして布を挟んだ2枚の厚紙にプリーツを戻してゆくのだが、この時に2枚の厚紙の中で布が動いてしまっては失敗。布が厚紙と一緒に動いていなければならないのだ。再び上に重しを置いて、縦に横に、と厚紙を縮める作業をふたりは慎重に少しづつ進めてゆく。 プリーツ付けのこの作業は、機械には不可能なことで、100年以上前から同じ動作がいまも続けられているのだ。
プリーツが付いた状態で布とともに小さくなった厚紙を、次は別の厚紙の中に丸めてゆく。巻き上がったら筒におさめ、それを高温のスチーマーに入れて蒸し上げる。時間は1時間。蒸す温度は素材、プリーツの種類によって異なるそうだ。毎日、日中に仕上げたプリーツの筒を夕方まとめてスチーマーに入れる。乾燥がとても大切なので、それらは筒の中に置いたままに。厚紙を開くのは翌日の朝いちばんの仕事だそうだ。書くまでもないことだが、中から現れるのは、きれいにプリーツのついた布である。そして、それらはシャネルや、ほかのクチュールメゾンなど、クライアントのもとへと届けられる。
平らにした厚紙を徐々に締めつけて、厚紙のプリーツを復元させる作業。
厚紙を締めていく際に、 2枚の厚紙の間で布にもプリーツがついていかねばならない。緊張の一瞬だ。
蒸し器に入れる筒に入れられるよう、締めた厚紙を丸めてゆく。ふたりの動きは常にシンクロでなければならないので、呼吸の合うパートナーが必要とされる。忙しい時期は1日で10〜15本作り上げる。
歴史、アーカイブ、サヴォアフェールといった言葉には、何となく年配の男性職人の姿を思い浮かべがちだが、ロニオンはガールズ・ワールドである。このアトリエでチーフを務めるクレールも、ご覧のように若い。ルマリエで7年近く働いたのち、1年前に志願してロニオンに移ってきたそうだ。
「ルマリエではクチュール部門にいました。そこでロニオンで作られたプリーツの付いた布を何度も扱ううちに、プリーツに興味が湧いたのです。モード学校でデザインなどを学びましたが、私はメティエダールが大好き。ルマリエでも、たくさんのことが学べました。プリーツの仕事というものは、学校では絶対に学ぶことができず、またこれほど豊かなアーカイブをもつアトリエはほかにはありません。プリーツとはどのように機能する職人技なのかを学びたいと思って、ロニオンに来ました。
ロニオンでのキャリアはまだ1年ですから、経験豊富とは言い難いものです。どの仕事でも、30年のキャリアの人とは比べられませんね。学ぶには時間がかかります。でも、そのスピードは人によるのではないでしょうか。この仕事には論理的な面がたくさんあり、また瞬間の作業もあります。瞬間的な判断、これには経験が必要です。シャネルの傘下になったときロニオンは4代目ジェラールの時代だったのですが、私は彼と会ったことはなく、彼から指導を受けた前任者に養成されました。毎日10〜12時間。集中指導で大変でしたが、充実した1カ月でした。モチベーションがあると、人は早く学べるものですよね。あとは量をこなしていって……。
私がこの仕事で情熱を感じるときですか? それはファンタジー・プリーツの作業で布を挟んだ厚紙を締めてゆくときですね。 それから乾燥を終え、2枚の厚紙を開けてプリーツが付いた布を見るとき……この瞬間が、とても好きです」
「サヴォアフェールに興味を持っています。服のデザインより、素材を手に感じ、扱うことが好き」とクレール・マルソー。 棚に丸められて並んでいるのが “メティエ”と呼ばれるプリーツ作りのための厚紙だ。ロニオンの1853年からの貴重な財産、マリオンがクリエイトした新しいファンタジー・プリーツ、クラシック・プリーツも含め約2,500種のメティエをアトリエに保管し、活用。ファンタジー・プリーツには「ブリジット」、「オーギュスティーヌ」などと名前が付けられている。
アコーディオンなどクラシックなプリーツは、ファンタジー・プリーツとは厚紙の締め方が異なるそうだ。
プリーツの作業は、カール・ラガーフェルドのデッサンを受け取ることからスタートする。プリーツの必要があることを示すデッサンから、ロニオンのアトリエのスタッフ全員で、どのプリーツがよいかを検討。その際、シャネルのクリエイション・スタジオのチーフであるヴィルジニー・ヴィアールとの間に対話がある。
「カールは常に新しいものを好みます。プリーツのイノベーションへと私たちを駆り立てるんです。シャネルのために何か新しいもの、過去を追い越すものをクリエイトしたいと願っているんですね。最新のメティエダール コレクションのルック57のジャケットに使われたプリーツは、バイアスのリボンという意味を持つ「リュバン・ビエ」でした。これをシルクサテンで、と決まったとき、少々怖かったんですよ。小さな穴がプリーツの交差点にあって……。何度も何度も試し、うまくできるようになりました」
2017/18年メティエダール コレクション パリ-ハンブルクのルック57。プリーツ「リュバン・ビエ」が施された黒のシルクサテンのジャケットは、記録によると製作所要時間は90時間で、そのうちロニオンでのプリーツ作業は5時間。
photos : JULIE ANSIAU, réalisation : MARIKO OMURA, graphisme du titre : KAORU MASUI ( [tsukuru] )