リモートワークが一般的ではない時代からノートパソコンで仕事をしてきた。現在は5代目。「一台のノートパソコンが仕事の可能性を広げてくれました」
「働きたいのに働けない」から始まった。ママントレ須澤美佳が“まだ存在しない仕事”に輪郭を与えるまで。【女の生き方、働き方】
自らの感性を大切にしながら働き、暮らすことをとおして、より良い未来を築いていく──そんな女性たちが紡ぎ出す印象的な言葉とともに、さまざまな働き方と生き方の物語を紹介します。

育児や家庭の事情で、思うように働けない女性たち。そして、一時的な業務支援を必要としている企業。いまでこそ、フリーランスや副業といった柔軟な働き方は広く浸透しているが、その両者をつなぐプラットフォームを、リモートワークが一般化する前から作り続けてきた人がいる。株式会社ママントレの代表を務める須澤美佳だ。

「結婚して関西に引っ越し、システムエンジニアとして大阪支店に転勤できたのですが、ものすごい激務で。子どもを生んで育てる生活が想像できず、仕事を辞めました」
須澤は起業前についてそう振り返る。その後、自分のペースで仕事をしようと思っていた矢先に妊娠トラブルがあり、出産後にはリーマンショック、保育園の待機児童問題。働きたい思いとは裏腹に、結婚、出産、社会情勢──人生の節目ごとに、働き方は揺らぎ続けた。
そんな中で、兵庫県の芦屋市商工会が主催した女性向けの起業塾に参加したことが、須澤の転機に。
「昔の同僚が起業した話を聞いていたので、起業という言葉にピンときて、とりあえず参加してみようと思いました。そこで、会社勤めだけじゃない働き方もあるんだと知ったんです」
サラリーマン家庭で育ち、大学卒業後はシステムエンジニアとして自身も会社勤めをしていた須澤にとって、起業という選択肢は新鮮だった。
そして起業塾で出会った人たちからホームページや名刺の作成依頼が舞い込んだことが、起業への道をさらに後押しした。「人とのつながりで仕事が生まれる。そんな仕事の広げ方もあることを、私のように働き方で悩む女性に知ってほしい」と、起業を決めた。
ハローワークにない働き方なら、自分で作ればいい。
ママントレの事業の軸となる「エリアマイスター」は、フルタイムや出社で働くのは難しく、それでもスキルを生かして働きたい人と、企業とをつなぐマッチングサービスだ。「ハローワークに行っても見つからない仕事なら、自分で作ればいい」と、須澤自身の経験をもとに作り上げた。
「私自身がエンジニアだったので、ホームページ制作で中身を作るのは得意でしたが、デザインはそこまで得意ではない。そんな時、得意と不得意が私と逆の人に出会い、それなら組んでやったらいいんだよねって。桃太郎じゃないですけど、仲間をどんどん見つけていけばいいという発想になったんです」
「エリアマイスター」の原型が構築された2014年当時、同様の発想を持つサービスはまだ限られていた。「前例がなかったので、理解されなくて本当に大変でした」と当時の苦労を懐かしむ。「在宅で責任ある仕事なんてできるの?」「単価は安くていいんでしょ?」「女性活躍推進の貢献になるなら仕事をあげるよ」……そういった偏見とひたすら闘ってきた。それでも、須澤は歩みを止めなかった。
「働き方に悩みを持つ女性の相談会を、事業開始当初から行っているのですが、やっぱり悩んでいる人ってとても多い。必要としてくれる人がいるからやらなくちゃ、って思ってやっています。エリアマイスターの仕事をすることによって、多くの女性の目の輝きが変わっていくのも見てきました。『こういう働き方ができたなんて』と感謝の言葉をいただくことも。また、運営メンバーとして関わってくれる仲間もいた。もう、私ひとりのものじゃなくなっていたんですよね」

須澤の思い描いていることを理解してくれる人も少なからずいた。
「私のメンターである起業家の女性に相談をしたら、『しょうがないよ、あなたたちは5年先の働き方をしてるんだから』って言ってくれたんですよね。 ああ、私たちは未来の働き方をしているんだって、腑に落ちたんです。いずれその未来がくるから、それまでに着々と準備をしていこうという心待ちに変わりました」
メンターにもらった言葉が、さらに須澤を強くした。
そして2020年。世界を新型コロナウイルスが襲い、予期せず急速に、世の中の働き方が変化した。奇しくも、須澤が5年以上掲げてきた、リモートやスキマ時間でできるような柔軟な働き方が求められるようになった。
“名もない仕事”が、誰かの自信を取り戻していく。
須澤が作りたかったのは、単なる仕事のマッチングではない。働くことへの自信を失いかけていた女性たちが、もう一度社会と繋がり直せる場所だった。
「エリアマイスター」として活動する女性たちには、さまざまな仕事のチャンスがある。オフィスワークを中心に、請求書発行、ウェブサイトの更新業務、SNSの運用、ネットニュースの校閲……。中には “名のない仕事”まで。
「書籍を出すから、いわゆる校正担当者じゃなくても、ざっと読んでみて違和感がないか教えてほしいという案件がありました。書籍が一冊送られてきて、読者目線でチェックするといったもの。また、事務代行をご依頼いただくこともあるのですが、業務を見ていくと、ここはもっと効率化できるかも?と感じることも多く、その部分をカバーできることも。実際に、お客様が普段使っていたエクセルの管理表を見直し、計算式などを整えたことで、それまで2日かかっていた業務が15分ほどで終わるようになった事例もあります」
このように、企業側の一時的に発生する手が足りない業務や不得意な作業をピンポイントでサポートできるのは「エリアマイスター」の強みだろう。
直訳すると「地域の職人」である「エリアマイスター」。地域で必要とされる人になる、この仕事ならこの人に頼もうと思い出してもらえる人になる、そんな思いがその名前に込められている。
「たとえば、ピアノ教室。ピアノを習いたいと思った時に、一流のピアニストに頼むかといったらそうではなく、街で評判の良いピアノ教室に通うといったことが一般的ですよね。それと同じで、資格をたくさん持っている事務のスペシャリストじゃなくても、地域の中でこの仕事だったら私に任せてね、そう言える人を増やしたいと思いました」

エリアマイスターの登録者の多くは、こんなことが得意です!と自信があるわけではないという。これまでの仕事経験をどう生かせばいいのかわからない段階で、未来への一歩を踏み出している。
「中には、10年のブランクがある方もいましたが、単発でお仕事をお願いしたら完璧にこなしてくれて、お客様は大喜び。定期的に依頼がくるようになり、彼女自身も自信が付き、ほかの仕事にも挑戦するなど幅を広げていきました。やる気や気概があれば、意外とブランクは関係ないと感じています」
働き方に悩む多くの女性を見てきた須澤の言葉だからこそ心強く、励まされるのだろう。「エリアマイスター」の登録者数は全国で1,000人を超え、いまもなお増え続けている。
いまはまだ存在しない仕事に、輪郭を与える。
「エリアマイスター」を事業の主軸に、須澤のもとには行政からの講演依頼なども多く、仕事をしたい女性たちに向け今後も多角的なサービスを展開していきたいという。

そこで新たに作り上げたのが、「業務ディレクター養成講座」だ。いまはまだ存在しない「業務ディレクター」という仕事を、職種として定着させることを目指している。
組織の中には、誰かが担わなければスムーズに回らない仕事がある。スケジュール調整や進行管理だけではなく、関係者へのヒアリング、業務の優先順位付け、問題点の洗い出し、使用ツールの選定……そうした“誰かが何となく担ってきた役割”を、きちんと職能として定義しようとしているのが「業務ディレクター」だ。
須澤は、業務を設計し最適化するこの役割を、これからの時代に必要な専門職だと考えている。AIによって単純作業が代替されていくなか、求められるのは「人と仕事をつなぎ、整理できる力」ではないかという。
「頭の中がぐちゃぐちゃになっているときに、それを整理してくれる仕事があったらなってずっと思っていました。AIを使う前に業務設計ができるなど、組織内外の人を繋ぐ調整役のような、痒いところに手が届くような人が必要になってくる。そうした仕事は、営業活動等の中で暗黙的に無償提供されてきた領域になっていることも多いけれど、きちんと切り離してもっと価値ある仕事にしたいと思っています。『業務設計力』を日本の標準スキルにすることが、2030年までの夢ですね」
いまはまだ存在しない仕事に輪郭を与える──須澤はこれまでも、そんな働き方を少しずつ社会に実装してきた。その視線は、5年先、10年先の未来へと向いている。
私のお仕事道具。
MacBook
- text: Kaoru Ueno(Routusworks)