【レシピ】アペリティーヴォは自由でいい! 意外なおつまみが物語る、その真髄とは?
日々の生活を彩るワインを自分らしく楽しむフィガロワインクラブ。イタリア人ライター/エッセイストのマッシが、イタリア人とワインや食事の切っても切り離せない関係性について教えてくれる連載「マッシのアモーレ♡イタリアワイン」。今回は暑くなってくるこれからの季節、夕涼みに始めたいアペリティーヴォとその奥深さについて。マッシが提案した意外すぎるレシピとは?
本場イタリア流、スマートなアペリティーヴォとは?
季節が巡るのは早いもので、気が付けば初夏の風が街を吹き抜けるようになった。心なしか日差しも強まり、夕暮れ時の空がゆっくりと茜色から深い藍色へと移ろう時間が、一日の中で最も愛おしく感じられる。イタリア人にとって、この時間帯は特別な意味を持つ。そう、アペリティーヴォ(食前酒)の時間だ。
夕食の前に、軽い一杯とつまみを囲みながら、友人や家族と他愛のない会話に花を咲かせる。それはただの食前酒ではない。忙しない日常に句読点を打ち、心地よい夜へと身体と心を滑り込ませるための、人生を豊かにするための美しい儀式なのだ。日本に暮らして20年になる僕も、この習慣だけは片時も忘れたことがない。特に初夏のアペリティーヴォは、少し汗ばんだ肌に触れる夜風の冷たさも相まって、格別のエモーションを運んできてくれる。

アペリティーヴォの主役は、決して気取った高級料理である必要はない。むしろ、冷蔵庫にあるものや、仕事帰りに近所のスーパーマーケットでさっと手に入るもので仕上げるのが、本場イタリア流のスマートさだ。今回、僕が初夏の夕暮れに提案したいのは、日本の伝統的な家庭の味と、イタリアの豊かな大地の恵みが奇跡的に巡りあった、極上の即席皿である。
用意するのは、近年日本のスーパーでも手軽に購入できるようになった、みずみずしい「生モッツァレラ」。そして、日本の食卓でお馴染みの「めんたいなめ茸」だ。器に盛った真っ白で柔らかなモッツァレラの上に、とろりとしたなめ茸と、ピリッとした明太子のアクセントが効いためんたいなめ茸を惜しげもなく乗せる。仕上げに、良質なエキストラバージンオリーブオイルを回しかければ、それだけで準備は完了だ。

一見すると大胆な組み合わせに思えるかもしれないが、ひと口頬張れば、その完璧な調和に驚くはずだ。モッツァレラの持つクリーミーなミルクの甘みと、独特の弾力ある食感が、なめ茸の滋味深い旨味と醤油ベースの塩気、そして明太子の辛みを優しく包み込む。そこにオリーブオイルの青々としたフルーティーな香りと苦味が加わることで、全体の見事な架け橋となり、一気に味わいが地中海の風を纏う。これぞ、日本にいながらにして五感で味わう「イタリアの初夏」だといえる。
アペリティーヴォにふさわしいワインって?
そして、この至福の時間を完成させるために絶対に欠かせないのが、冷えたワインだ。初夏の夕暮れ、心地よい微風を感じながら楽しむなら、僕の生まれ故郷であるピエモンテ州が誇る「Asti(アスティ)」をおすすめしたい。中でも「Canti(カンティ)」のアスティ・スプマンテは、この季節の気分にこれ以上ないほど寄り添ってくれる。

ピエモンテの豊かな丘陵地帯で育まれたマスカットから造られるこのワインは、グラスに注いだ瞬間から、もぎたての白桃や、初夏に咲き誇る白い花々のような、圧倒的に華やかで甘美なアロマが立ち上る。きめ細やかな泡がパチパチと弾けるたびに、鼻腔をくすぐる爽やかな香りは、それだけで日中の疲れを綺麗に洗い流してくれるかのようだ。
口に含むと、マスカット由来の上質で優しい天然の甘みが広がり、続いてやわらかな酸味が全体をキリッと引き締める。アルコール度数も一般的なワインに比べて低めであるため、アペリティーヴォの一杯目として、あるいは、あまりお酒が強くないという人にとっても、非常に親しみやすいのが特徴だ。先ほど紹介した「めんたいなめ茸モッツァレラ」の塩気とピリ辛さに対して、アスティのまろやかな甘みが完璧なマリアージュを生み出し、無限のループへと誘われる。
さらに、このカンティのアスティを日常のアペリティーヴォに取り入れる上で強く推したいのが、「200mlのクォーターボトル(ミニボトル)」を選ぶという選択肢だ。ワイン好きにとって、750mlのフルボトルを空けるのは少しばかりの覚悟が必要なこともある。平日の夕暮れにちょっと一杯だけ飲みたいとき、フルボトルではどうしても飲みきれずに残ってしまう懸念があり躊躇してしまう。しかし、200mlであればその心配は一切無用だ。
グラスに注げばちょうど2杯分ほど。まさに、ひとり、またはパートナーとふたりで、アペリティーヴォの短い時間を愉しむのにジャストなサイズ感なのだ。コルクを抜く手間もなく、冷えたボトルをパッと開けて、気軽に、そして贅沢に新鮮な泡を味わい尽くすことができる。この「簡単に飲み切れる」という軽快さこそが、現代の忙しいライフスタイルにおいて、豊かな時間を手軽に確保するための鍵となる。
「アペリティーヴォ」=いまこの瞬間の心地よさを最大限に味わうこと。
ベランダの椅子に腰かけながら。リビングの窓を開け放って。片手にミニボトルとグラス、もう片方の手には、「めんたいなめ茸モッツァレラ」を。そんな自由で縛られないスタイルが、初夏の開放的な空気に見事にマッチする。大袈裟な準備はいらない。大切なのは、いまこの瞬間の心地よさを最大限に味わおうとする、心のアペリティーヴォなのだから。
イタリアの伝統的なスプマンテと、日本のスーパーで見つけた身近な食材たちの融合は、僕が日本で過ごしてきた20年という歳月の中で、自然と身につけた心地よい生き方の体現でもある。故郷ピエモンテの美しい風景をアスティの泡の中に重ね合わせながら、日本の初夏の味覚を噛み締める。これほど贅沢な時間の使い方が他にあるだろうか。
梅雨前の、奇跡のように美しい晴れ間の夕暮れ。もし読者のみなさんが、今週の終わりに少しの心の潤いを求めているなら、ぜひ近くのスーパーに立ち寄り、生モッツァレラとめんたいなめ茸、そして冷えたカンティのアスティを手に取ってみてほしい。グラスに注がれた黄金色の泡と、日伊の感性が交差するひと皿が、あなたの日常を瞬時に特別なイタリアのバカンスへと変えてくれるはずだ。さあ、今宵も素晴らしい初夏に乾杯しよう。