ドイツのスパークリングワイン「ゼクト」を手がける、ふたつのワイナリーへ!
写真/文:田村 亮(ワイン/フード/トラベルジャーナリスト)
ゼクトが生まれる場所へ。ワイナリーを訪問!
>>前編:「ドイツのスパークリングワイン「ゼクト」を巡る、ラインヘッセンの旅。」
「ゼクトマッハー・ベルゼ」でおおよその全体像を掴んだ翌日、ゼクトを生産する近年注目されるワイナリーの訪問に出かけた。ラインヘッセン地方はライン川左岸の起伏の多い土地ではあるが、それでも実際に訪れてみると、なだらかな起伏がある農地が見渡す限り広がっていた。グリーンのアスパラガスの畑、思わず目を奪われる鮮やかな黄一色の菜の花畑。そこにブドウ畑が入り交じり、パッチワークのように連なっている。

30代女性醸造家がひとりで手がける、「泡だけ」の醸造所。|ゼクトハウス・ジンガー=フィッシャー(Sekthaus Singer-Fischer)
マインツの中心部から南西方向へ車で15キロほど走ったインゲルハイムの街道沿いに、ひっそりと小さな門戸を開いている「ゼクトハウス・ジンガー=フィッシャー」。1991年にレナ・ジンガー=フィッシャーさんの父が創業したワイナリーで、2023年からはレナさんが“ゼクトだけ”を造るワイナリーブランドを立ち上げた。

「ほんとうに小さなワイナリーなので、そんなにお見せできるものもないんですが」と笑うレナさん。雰囲気的にはまさにガレージワイナリーといった趣で、ステンレスタンクの並ぶ小さな醸造室の奥に、扉に閉ざされたこれまた小さな熟成庫が。 ゼクトになるベースワインを湛えた年季の入ったいくつもの木樽には、家族それぞれの名前と肖像と、野菜や動物など好きなもの・嫌いなもの、当時の社会的事象に家族の身近な出来事を重ね合わせた絵柄など、さまざまなストーリーが彫り込まれていて、まるで一家の歴史を物語る絵巻物のよう。

レナさんは1993年生まれ、まだ30代前半の若い注目の醸造家だ。彼女の祖父母がこのインゲルハイムの地で農業ビジネスを始め、家業は父親の代にワイン専業へと転換。現在もレナさんのワイナリーのすぐ近くで「ヴィアングート・ジンガー=フィッシャー」を営んでいる。ふたりの弟がいる長女のレナさんが父親のワイナリーからスピンオフする形で、自身の名を冠したゼクトブランド「レナ・マハト・ゼクト」を立ち上げた。
「どうしてゼクトだけを造っているかといえば、私自身がスパークリングワイン大好きだから。スパークリングワインは、お祝いでも気軽な乾杯でも、どんなシチュエーションでもお祭り気分でポジティブな気持ちにさせてくれでしょう? 食事のおともとして楽しむのにもぴったりだから、もっともっと食卓でもゼクトを楽しんでほしい!」
ニコニコしながら快活に話すレナさんは、グラスの中でピチピチとクリスピーな泡音を立てているゼクトそのものを体現した人のようだ。

家族で所有する12ヘクタールのブドウ畑から造るゼクトは4アイテムで、現在のところ年間生産本数はわずか計1万2000本。栽培するブドウ品種はシャルドネ、ピノ・ブラン、ピノ・ノワールが主で、ドイツで非常に珍しいのはシャンパーニュ造りでよく用いられる黒ブドウ、ピノ・ムニエを栽培していることだ(やんちゃで非常に栽培困難品種であるとのこと)。 「個人的にリースリングの味があまり好きじゃない」との理由から、ドイツを代表する白ブドウ品種リースリングの栽培、および醸造はいっさい行っていないというこだわりも。にこやかな笑顔の奥に秘めた、レナさんの強い意志を感じる。

とはいえ、シャンパーニュを意識してゼクトを造っているわけではないと、レナさんは話す。
「私が造るゼクトを飲んで、『シャンパーニュのようだ』と言ってもらうことは嫌ではありません。たしかに、ゼクトの醸造の工程はシャンパーニュととてもよく似ています。けれど、そもそものブドウが育つ土壌はまったく違う。時に比較が生じることはわかるけれど、私は何かのコピーを造りたいわけではない。ゼクトにもシャンパーニュにも、それぞれにアイデンティティがあるのですから。カバもクレマンもフランチャコルタも、シャンパーニュと同じ方法で造られるけれど、生まれる味は、結局のところ土壌と造り手に行き着くのです」

ここインゲルハイムで、レナさんでしか造れないゼクト。ラベルの端に刻印された、まるで印鑑のような「LENA」の朱印は、その証しである。

Sekthaus Singer-Fischer
Obentrautstraße 56, D-55218 Ingelheim
Tel +49 1522 5966992
「ゼクトでしか味わえない」味わいを目指して。|ヴァイン・ウント・ゼクトグート・バルト(Wein-und Sektgut Barth)
続いて、インゲルハイムからライン川を挟んでちょうど北の対岸、ハッテンハイムへ……といきたいところなのだが、直線距離はせいぜい6キロ程度でも、川を渡るための橋が近くになく、対岸へ行き着くためには高速でずっと上流方面まで遡り、ようやく橋を渡って再び下流方面へと車を走らせなくてはならない(直線距離の5倍くらいの走行距離だ)。 対岸のこちらは地方変わって、ラインガウ地方。ライン川は人々の生活圏もワイン生産地域をも分断している。右岸は、左岸のラインヘッセン地方に比べて山が川の付近まで迫ってきている土地がどうやら多そうだ。

ここハッテンハイムでヨハン・バルトが1948年に創業した「ヴァイン・ウント・ゼクトグート・バルト」は、ドイツ最高峰のワイン生産者団体「VDP(ドイツプレディカーツワイン生産者協会)」の加盟ワイナリーである。スティルワインはもとより、最高品質のゼクト生産者としてドイツでもトップを競い合う名高いワイナリーだ。2代目ノルベルト・バースがシャンパーニュと同じメトッド・トラディショナルによる高品質なヴィンツァー・ゼクト造りを確立。現在は3代目のマーク&クリスティーネ・バース夫妻が、すべての畑で有機認証を獲得し、テロワールを重視した環境配慮型ワイン造りを行っている。

その夫妻から全幅の信頼を寄せられている現セラーマスターのデニス・セルベスさんは、北ドイツ・ハノーバー出身。「完全にビールエリアからやってきた北ドイツ出身の男だけどね」と、おどけながら話す。
「ブドウ栽培からベースワイン造り、ティラージュ、デゴルジュマンまで全部ここでやっている。畑は23ヘクタールだから、ミディアムサイズワイナリーといったところかな」
栽培品種はリースリングを主軸に、ピノ・ノワール、ピノ・ブラン、シャルドネ、ショイレーベなど。生産するワインは、60%がスティルワインで、40%がゼクトとなる。 デニスさんがルミュアージュ(動瓶)の過程を見せてくれた。デゴルジュマン(澱引き)の作業に向けて、ボトルをパレットに立てかける角度を日々徐々に急にしながら、ネックに澱を集めるため、ボトルを両手で1/4回転ずつコトンコトンと回していくのである。

「ヴァイン・ウント・ゼクトグート・バルト」では、これまでのところデゴルジュマンは手作業で行ってきた。現在年間7万本のゼクトを生産しているが、来年は全自動のデゴルジュマンの機械を導入予定だという。「これまで大変な忍耐を強いられてきたけど、来年からはぐっと楽になるだろうね」と、デニスさんは苦笑い。

まずは看板商品の『リースリング ブリュット 2019年』から試飲させてもらう。残糖は8g/Lで、ほどよい甘味をしっかりとした酸が補い、ドイツ人がよく口にする“イージー・トゥー・ドリンク(気軽に飲める)”を地でゆく感じの一本だ。36カ月、つまりはこの定番レンジでも3年間の瓶内熟成を経てから出荷されるため、適度な飲み応えを感じる。乾杯だけにとどまらず、デイリーな食卓での食中酒としても充分に活躍してくれそうだ。年間生産本数は2万〜3万本とのこと。
ちなみに、デニスさん自身は大半のドイツ人と等しく「リースリングが大好き」だそう。

他にも、リースリングで造るエクストラ・ブリュット、ピノ・ブランのブリュット、ピノ・ノワールのブリュット・ナチュールなどさまざまなゼクトを試飲させてもらったが、デニスさんの肝いりは、やはりリースリングのスペシャルな一本だった。

「ラストワン!」と、誇らしげに差し出された『グラン・クリュ ハッセル リースリング ブリュット・ナチュール 2018年』。「これがベスト・スパークリング・リースリングだからね」と、冗談とも本気ともつかないフレーズとともにグラスに注がれた液体は、ゼクトを「爽やか」「軽快」といった枕詞で形容するのはあくまで一元的な見方に過ぎない、ということを深く気づかせてくれるに充分だった。 ライン川に向かったなだらかな南向きの斜面の特級畑ハッセルのリースリングを100%使い、60カ月以上の瓶内熟成期間を経て無補糖で造られたそれは、非常に繊細なやさしい泡をグラスの底からゆっくりと立ち上らせ、リースリング特有の酸は熟成の過程ですっかり丸みを帯び、ピーチやアプリコット、紅茶のような複雑な味わいが、口中に長い余韻となっていつまでも続いていく。“ゼクトでしか味わえない”ドイツの最高峰の熟成スパークリングワインの何たるかを教えてくれるようだった。

Wein-und Sektgut Barth
Bergweg 20, 65347 Eltville am Rhein
Tel +49 6723 2514
https://www.weingut-barth.de/
取材協力/Wines of Germany