ヴァレンティノのオートクチュール、その物語と世界観に浸る一冊『スペキュラ ムンディ』。
アレッサンドロ・ミケーレによる2026年春夏 オートクチュール コレクション『スペキュラ ムンディ』(世界の鏡)を1月28日にパリで発表したメゾン ヴァレンティノ。そのコレクションを視覚的なナラティブにより再解釈した作品として、マーク・ボスウィックによる書籍『スペキュラ ムンディ(Specula Mundi)』を制作した。ショーの本質を永続的に体現する存在となるこの本はスペシャルパッケージに収められ、厳選された世界各地のヴァレンティノ ストアで5月15日から販売されている。

この機会に、ショーを振り返ってみよう。当日の会場内はとても暗く、そこにあったのはランウェイに向かって椅子が並ぶという見慣れたショーの空間とは一線を画す不思議な光景だった。会場内に並べられていたのは、複数の円筒状の小屋のような構造物だ。小屋には中を覗きこむ穴のような窓がいくつも設けられていて、それぞれの窓の下にシート番号をつけた椅子が置かれて……。ショーの招待客はその椅子に座って、窓から小屋の中で展開するショーを見るという趣向である。

これは“カイザーパノラマ”といって19世紀末にヨーロッパ諸国に存在した装置を模したものだという。カイザーパノラマでは穴にレンズがはめ込まれていて、人々は内部でスクロールする立体画像を鑑賞。映画の前身的な視覚装置である。このクチュールショーでは、モデルたちがミケーレによるオートクチュールのクリエイションを纏って、ひとりずつ小屋の中に姿を現す。女優のようにポーズをとり、ぐるりと円筒の中を一周して去ると、次のルックのモデルが現れて……とショーは展開した。

狭められた視界の中で、一着ずつ時間をかけてオートクチュールピースを鑑賞させるというミケーレの実験的な試みだ。彼はこう語っている。
「カイザーパノラマは、現代の祭壇のような形で登場します。それは象徴的な集中を生み出し、儀式性を確立し、視線の方向を定め、アクセスを制限します。現れるものは日常的な用途から切り離され、隔離され、強調され、熟考する価値のあるものになります」
「神聖さに包まれた啓示のように衣服が登場することは偶然ではありません。それらはハリウッド的なイメージを考古学的に掘り起こす過程で生まれた、古代的でありながらも現代的な存在なのです」



手を出せば触れられそうな距離にあるドレス。プリーツ、刺繍、羽根装飾、ラインストーン、ラッフル、ラメ、上質な素材、見事な仕立て……メゾンが誇る卓越の技は否応なしに視線を集中させる。ショーはその直前1月19日に亡くなったメゾン創業者ヴァレンティノ・ガラヴァーニがドキュメンタリー映画の中で語ったハリウッド映画への思いから始まった。それに続いて披露されたコレクション「スペキュラ ムンディ」は1930~40年代にタイクーンと呼ばれたデヴィッド・O・セルズニックのような大物プロデューサーたちが、予算をかけた超大作映画を生み出していた時代のコスチュームのように、ゴージャスで華やかなコレクション。トラヴィス・バントンやエイドリアンなどパラマウント、MGM、RKOといった映画会社の専属コスチュームデザイナーたちがクチュリエのように腕をふるっていた時代を思い出させるものだった。女優たちは神聖な女神で手の届かない存在。映画の中で纏うコスチュームが彼女たちを輝かせ、栄光とグラムールのシンボルと化していたそんな時代……。
女神たちを想起させるモデルたちを装った美しいオートクチュールピースの数々。壁に阻まれて触れることができない現実により、小さな窓を介して見る者たちにはオートクチュールへの幻想がよりかき立てられることとなった。


