なぜ歌姫の歌声は心を揺さぶるのか? 音響心理学、認知心理学をベースに読み解く4つのタイプ。

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私たちはなぜ歌姫たちの歌声に心揺さぶられるのか。音楽と音声のスペシャリスト、山﨑広子が、音響心理学や認知心理学の観点から、その理由を明らかにする。


いつの時代にも歌姫と呼ばれる天性の歌声を持つボーカリストが存在する。なぜ私たちは彼女たちの歌声に心を揺さぶられるのか。音響心理学、認知心理学をベースに音が心身に与える影響について研究する山﨑広子に、歌声に秘められた謎を解説してもらった。


聞き手の脳に作用する、歌声の4つの要素とは?

国内外の著名な女性ボーカリストたちの一般的な歌声を、4つの特性に分類。重なりがあるほど複合的な要素をはらんだ歌声であることを示す。ただし歌声の特徴は、「時代や状況によって変わるので、どの歌手も各カテゴリーを行き来し、変動することが予想されます」(山﨑)。ベン図の監修:山﨑広子

そもそも音響心理学、認知心理学とは何なのか把握しておきたい。音響心理学とは、音圧や周波数といった物理的な数値に対し、人間がどう感じるかを扱う学問である。一方、認知心理学は、脳が外部から受け取った刺激をどのように解釈して認識するかを解明する学問だという。山﨑は歌声を当てはめた場合に、声という“音”を受け取った「聞き手の脳」で何が起きているかに焦点を当てることで類型化できると説明する。つまり、ある特定の歌声を聞いた瞬間に、私たちの脳内でドーパミン(快感)が出ているのか、オキシトシン(共感)が出ているのか、あるいは扁桃体(感情)が揺さぶられているのか、といった受け取り側の反応によって歌声の特徴を4つのタイプに分類できるというのだ。

エネルギー型Ⓐ

ひとつ目は圧倒的な声量と技術で聞き手を鼓舞する、生命力あふれるエネルギー型Ⓐだ。

「強い呼吸のエネルギーが効率よく声に変換されると、倍音成分が豊かになります。これが脳の報酬系を刺激してドーパミンを放出させます。圧倒的な声量や伸びやかな高音を聞いた時にゾクゾクするのは、脳が覚醒状態に陥っているから」(山﨑)

存在感あふれる強さが顕著な歌声は、ホイットニー・ヒューストン、セリーヌ・ディオン、ビヨンセ、アデルが代表格。

「ホイットニーは地声の力強さを支える甲状披裂筋(TA筋)が発達しており、高音域でも豊かな響きを持ったまま発声できるベルティング技術が卓越しています。生きる力そのものの伸びやかな歌声は聞き手にやる気や快感をもたらします」(山﨑)

親密型Ⓑ

Ⓐとは対極の親密型Ⓑは、心にそっと寄り添う安心感をもたらす温かみのある歌声である。

「吐息や独特の揺らぎが含まれるような声には、心の中に入り込んでくる親密性があり、脳に“安心できる距離感”だと認識させます。これにより、絆を司るホルモンのオキシトシンや鎮静作用のあるセロトニン、脳内麻薬といわれるβ-エンドルフィンといった神経伝達物質が分泌されます。一対一で語りかけられているように脳が処理するため、守られているような感覚が生まれます」(山﨑)

代表例は、テイラー・スウィフト、シャーデー、エンヤ、宇多田ヒカルなど。

「テイラーは喉のTA筋を強く使わない、裏声に近い透明感のある癒やしの歌声タイプですが、物語を伝える“語り”(Ⓓ後述)の要素も強い」(山﨑)

感情露呈型Ⓒ

一方で、感情露呈型Ⓒの歌声には、歌手の生き様や弱さが滲み出ることで、聞き手の心を揺さぶる作用がある。

「感情がそのまま出る歌声には、本心や人間らしさが表れます。揺らぎが出たり、ピッチがずれるなど、コントロールが不完全な声に私たちの脳はリアリティを感じます。そうして脳の感情中枢である扁桃体が刺激され、自律神経系が揺り動かされると、歌い手に共感するあまり胸が詰まるとか、涙が出るといったことも起きます」(山﨑)

代表する歌手は、ジャニス・ジョプリン、エイミー・ワインハウス、鬼束ちひろら。

「感情をむき出しで歌うエイミーはピッチのズレや不安定さをあえて出しますが、これが扁桃体を強く刺激します」(山﨑)

メッセージ型Ⓓ

また、語り口調で歌い上げるメッセージ型Ⓓは歌詞が聞き手の脳に突き刺さり、人生観に影響を及ぼすこともあるという。

「メロディより歌詞の言葉が先行するので、脳の言語ネットワークが働きます。言葉を深く受け止めることで自己理解を深めたり内省を促されるなど、歌い手から影響を強く受ける傾向にあります。代表的な歌手は中島みゆきやジョニ・ミッチェル。歌によって人生観が変わったり、歌詞の言葉に救われるといったことも」(山﨑)

優れた歌い手は、複数の要素を行き来する。

もちろん、歌声はひとつの要素に留まることはなく、歌い方によって複数の領域を兼ね備えることになる。実際、本当に優れた歌手は単に歌が上手なだけでなく、4つの特性を行き来すると山﨑は強調する

「たとえば、アデルの高い倍音が響く硬めの歌声は、エネルギーで圧倒して脳を覚醒させた直後に、親密性で寄り添ってオキシトシンを出させ、最後に感情を吐露して扁桃体を揺さぶるという、高度なスイッチングを無意識に行っています。ただ強いだけでなく、包容力がある歌声だからこれほどまで人を惹きつけるのかもしれません」(山﨑)

Hiroko Yamazaki
音楽・音声ジャーナリスト。一般社団法人「声・脳・教育研究所」代表理事。音響心理学、認知心理学を軸に、音声が心や身体、対人関係に与える影響を研究。著書に『声のサイエンス』(NHK出版新書)、『8割の人は自分の声が嫌い―心に届く声、伝わる声』(角川新書)など、多数執筆。

  • collaboration: Hiroko Yamazaki
  • illustration: Romi Watanabe
  • text: Eri Arimoto

*「フィガロジャポン」2026年6月号より抜粋