パリジェンヌを体現する、イネス・ド・ラ・フレサンジュの名ルック。
フレンチシックの象徴、イネス・ド・フレサンジュ。そのスタイルを通じて、今日まで続く「パリジェンヌ」という神話を築き上げてきた。

「パリジェンヌ」という神話を、自らの代名詞にした女性。クチュール界を代表するミューズであり、ファッションデザイナー、そしてフランス人女性に宿る「気取らないエレガンス」の象徴でもあるイネス・ド・ラ・フレサンジュが、モード界に消えることのない足跡を刻むまでに、そう時間はかからなかった。
ショートヘアにくっきりとした頬骨、すらりとしたシルエット。当時のイネスは、1980年代を席巻したカリフォルニア風のモデル像とは一線を画していた。そのため当初は大手メゾンから敬遠されたものの、ティエリー・ミュグレーのランウェイに初登場すると、一気に注目を浴びた。

1982年には、当時シャネルのアーティスティック ディレクターを務めていたカール・ラガーフェルドと専属契約を結ぶ。こうして彼女のキャリアは動き出し、「パリジェンヌ」の神話もまた形づくられていった。
当初はシャネルのランウェイにのみ登場していたイネスだが、次第にショーの外でもそのセンスを発揮し、独自のスタイルを確立していく。彼女の定番は、白を基調としたシャツに、ベルトでウエストマークしたシルエット、シガレットパンツ、そしてバレエシューズ。長年ほとんど変わることなく貫いてきたこの組み合わせは、現在の彼女の装いにも息づいている。

そのことを物語るのが、シャネルの2026/27年秋冬オートクチュールコレクションに姿を見せた際の装いだ。オフホワイトのエレガントなスーツに、ハイウエストのワイドパンツと白いシャツ、シルバーのメタリックなトングサンダルをコーディネート。自身の定番スタイルを極めてモダンに再解釈し、「フランス人女性」という神話が、彼女とともに進化し続けていることを改めて印象づけた。

photography: Stephane Cardinale – Corbis / Corbis via Getty Images
何よりの証拠は、1989年、彼女が文字どおり「フランスの顔」に選ばれ、フランス共和国を象徴する女性像「マリアンヌ」のモデルを務めたことだろう。2010年には、ジャーナリストのソフィー・ガシェの協力のもと、『大人のパリ イネスのおしゃれガイド 私のルールと行きつけのアドレス』(集英社刊、原題『La Parisienne』)を出版。「パリジェンヌ」を知り尽くした存在としての地位を確立するとともに、ファッション界における自身の影響力を鮮明に示した。世界的なヒットとなった同書に続き、2015年には『Mon Paris』、2016年には『もう、今日着る服で悩まない パリジェンヌ流おしゃれのレシピ』(CEメディアハウス刊、原題『Comment je m’habille aujourd’hui ?』)を発表している。
- text: Axelle Dusart (madame.lefigaro.fr) translation: Amane.F
From madameFIGARO.fr ※この記事は、フランスの新聞社「Le Figaro」グループが発行する「madame.lefigaro.fr」で掲載されたものの翻訳版です。データや研究結果はすべてオリジナル記事によるものです。