イタリアデザインの巨匠の哲学に触れる、『エットレ・ソットサス』展特別鑑賞イベントをレポート。

Culture

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8月7日には、東京・京橋のアーティゾン美術館で開催中の『エットレ・ソットサス —魔法がはじまるとき、デザインは生まれる』展で特別鑑賞イベントを実施しました。本展を担当する学芸員・杉本渚さんによるトークの後、展示をゆっくり鑑賞する約2時間。イタリアを代表する20世紀のデザイナーであり建築家、ソットサスの思想に触れる時間となりました。

アーティゾン美術館『エットレ・ソットサス —魔法がはじまるとき、デザインは生まれる』展の入口。

日本初の大規模な回顧展であり、アーティゾン美術館にとって初のデザイン展でもある本展。初期から晩年までの100点を超える作品を、全5章で時系列にたどる構成だ。杉本さんのトークも、この章立てに沿って進行。各章のテーマと代表作を、会場の壁に掲げられたソットサス自身の言葉とともに解説してくれた。ここからは、その5章の流れに沿って、トークの言葉とともに展覧会を紹介したい。

本展を企画・担当した学芸員・杉本渚さん。展覧会の章立てに沿って、各章の見どころを解説してくれた。
美術館内のレクチャールームで開かれたスペシャルトーク。約30名の読者が参加。

第1章|イタリア企業との共同

第1章は、家具メーカーのポルトロノーヴァや、タイプライターで知られるオリベッティとの協働。
「ポルトロノーヴァは実験的だった」とソットサスが語るように、彼のカラフルで大胆なデザインを面白がり、実際に製品化した理解ある企業家たちが彼のクリエーションの中で重要な存在であった。
「ただ面白いと思うだけでなく、実際に製品化して販売した——そこがすごい」と杉本さんも力を込める。

家具メーカー、ポルトロノーヴァのための作品。鮮やかなストライプが当時は斬新だった。
オフィス用品の常識を覆した名作。

なかでも、オリベッティの鮮やかな赤いタイプライター「ヴァレンタイン」は、仕事の道具という常識を覆した一台。ソットサス自身は「詩人が休日に詩作するときに使うもの」と語ったそう。

第2章|実験的なデザイン——“魔法のプロセス”

サブタイトルの由来は、この一節。「デザインが始まるのは、合理的なプロセスによる改良が終わり、魔法のプロセスによる改良が始まるときである」。モダンデザインの合理性に対し、理性では捉えきれない人間の感性を取り込もうとしたソットサス。陶器の輪を積み上げた神殿のような柱は、その象徴と言える。

「この時代の人々に必要なのは、心を癒すもの——そう考えたソットサスが、儀式のように積み上げた作品です」と杉本さん。

陶器の輪を積み上げた高さ2〜3メートルの作品。「デザインが始まるのは、魔法のプロセスによる改良が始まるときである」の言葉とともに。

第3章|デザインをめぐるフォトワーク

第3章は、70年代に自然へと向かった時期の写真作品。カタルーニャの風景に簡素なインスタレーションを組み、イメージと言葉を重ねることで、彼の思索がメタファーのように立ち上がる。
「ソットサスはこの写真を通して、建築やデザインについて何を考えていたのか——想像しながら見てほしい」と杉本さんは話す。

1970年代前半、スペイン・カタルーニャ地方で撮影された写真作品。写真に添えられた意味深な言葉も必見だ。

第4章|1980年代 メンフィスの時代

第4章は、1981年に結成したデザイナー集団「メンフィス」の時代。色も形も素材も自由奔放な家具を前に、杉本さんが紹介したのは「メンフィスの機能は、存在することだ」という言葉。機能を根本から問い直し、「強く主張するのではなく、常に問いかけるように、人々の幸福な生活を思ってデザインに向き合った人」だと語る。

本棚「カールトン」など、メンフィスを象徴する家具たち。少しずつ変化するライティングで、家具の表情も変わる。

第5章|好奇心は革新的だ

最終章の言葉は「好奇心は革新的だ」。最晩年まで世界を旅し、人と交わり、吸収したものをデザインへ昇華させたソットサス。フィナーレを飾るのは、繊細なガラスを紐や張り金で組み上げた2006年の作品群だ。
じつはこれは18点から成り立つ一つのシリーズで、大きなものは高さ80〜90㎝にもなる。「全18点を一堂に展示できるのは、回顧展だからこそ」と杉本さん。

細かなパーツを一つひとつ組み上げ、ケースの下から照らす光が、ガラスの繊細な美しさを際立たせる。ビビッドで大胆なバランスに、尽きることのない探究心が宿る。

フィナーレを飾るガラスの作品群。中から光が当てられ、繊細な美しさが際立つ。

会場デザインにも注目を

会場デザインも見どころのひとつ。デザイナー・五十嵐久枝さんによる空間は、家具を床の高さに配置。作品に近づきすぎないよう、パーテーションを立てる代わりに、グレーの紙片を敷き詰めて“結界”の役割をもたせている。この紙片は、ソットサスがデザインした白黒の有機的な模様「バクテリオ」——うねりながら増殖する細菌のような柄——を思わせ、床そのものが作品世界へのオマージュになっている。

グレーの紙片は、ソットサスの「バクテリオ」パターンへのオマージュとのこと。

壁の代わりに立つシルバーの円柱を光が抜け、ガラス作品に反射する——「魔法がはじまるとき」の名にふさわしい、ファンタジーな空間だ。

通常の壁をなくし、シルバーのポールで緩やかに仕切られた展示空間。反射する光が、ガラス作品の繊細な色彩を引き立てる。

参加者との質疑応答も

トーク後の質疑応答にも、熱心な問いが続いた。戦後イタリアに芸術を解する企業家が多かった背景や、メンフィスに参加した倉俣史朗との交流など、話は多岐にわたった。

トーク後の質疑応答では、参加者から次々と手が挙がった。
トーク後、参加者は思い思いに展示を鑑賞。色と形が奏でる“魔法”を味わった。

得た鑑賞の手がかりを胸に、参加者は「私はなぜこの作品に惹かれるのだろう」という視点で、思い思いに展示へと向かった。色と形が奏でるソットサスの“魔法”。そして、詩的な空間とともに味わう時間は、会場を出た後にも解けることはない感性を育てる。それは、デザインを通した“魔法”なのだと言えるかもしれない。

『エットレ・ソットサス —魔法がはじまるとき、デザインは生まれる』
会場:アーティゾン美術館
東京都中央区京橋1-7-2
会期:〜2026年10月4日(日)
主催:公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館
後援:駐日イタリア大使館/ 日伊160
同時開催『瀧口修造 書くことと描くこと』
https://www.artizon.museum/exhibition_sp/sottsass2026/

  • photography: Mari Hamada text: Izumi Akamatsu