くだものの里 山梨・塩山へ、果実たちを求めて。

Lifestyle

写真家の在本彌生が世界中を旅して、そこで出会った人々の暮らしや営み、町の風景を写真とエッセイで綴る連載。今回は山梨の旅。

原田桃園で木なり完熟の桃の収穫を少しだけお手伝いした。桃の果実がいかに繊細なものなのかがよくわかる体験だった。枝から実をもぎ取る時に傷をつけてしまわないようにそっとひねり取る。紅に染まったその実を手に取ると、ごく小さな点々がありまるで少女のそばかすのようだった。産毛の感触に生命力を感じた。作物の「定形」に日本はこだわりすぎなのではないか。これほど丹念に育てられている果実たちを目の当たりにすると、多少の日焼けや傷も個性、唯一の尊い形だと心底思う。究極の形とはどんなものなのかと果実たちを撮影しながら考えた。

くだものの里へ、果実たちを求めて。

vol.44 @ 山梨

山梨県塩山にラボを構え菓子を作るfoodremediesの長田佳子さんからお声がかかり、山梨県内外の果実農家の仕事を季節を追って撮影することになった。私は無類の果物好きなので果樹の農業にもかねてから関心があった。それを季節ごとに撮影できるのだからこんなにうれしいことはない、果実の佇まいには撮らずにはいられない魅力がある。

塩山界隈には減農薬、無農薬で果樹を育てる農家が多くいらっしゃる。夏の始まりの時期はたくさんの品種の桃の最盛期で、熱中症と戦いながらの作業だ。原田桃園では、濃い緑の葉を豊かにたたえた桃の木々が悠然み、濃い紅色、黄金色、乳白色の丸い実が、うっとりするほど魅惑的な香りを放っていた。ひとつひとつ傷がつかないよう丁寧に枝からもぎ取る原田さんの優しい手を見ていると、この果実たちがいかに大事に育まれてきたかが伝わってくる。もぎたての桃は一口頰張ると思わず跳び上がりそうだった。

果実と対峙して写真を撮りたいと以前から願っていた。中世絵画の中で描かれている豊穣やエロス、タナトスの象徴となった果実たちの佇まいに惹かれるカラヴァッジョが度々描いた葡萄のイメージは、私にとっての果実の表現の決定版のひとつ。少し萎れていたり虫に喰われた葉の様子は葡萄を生の切なさの象徴たらしめている。葡萄農園あめとひかりでは、葡萄のふくよかさにしばし見惚れた。果実はそこに実っているだけですでにほぼ完璧な存在なのではないか。

葡萄園あめとひかりで、減農薬で丹念に育てられている葡萄。わずかに色づきはじめたその果実の姿は豊かさそのものに見える。西洋絵画のおもしろさを惜しみなく我々に伝えてくださった山田五郎さんが天に旅立たれ非常に寂しい。カラヴァッジョが描いた果物や少年についての山田さんの解説を振り返りたくなった。 
原田桃園にて、桃の木々の瑞々しい様子。

『山田五郎 オトナの教養講座 世界一やばい西洋絵画の見方入門』
山田五郎著 宝島社刊 ¥1,760

Yayoi Arimoto
東京生まれ、写真家。
自作のアイスクリームが思いのほか美味で、なくなる前に作っては冷凍庫にストックしているこの夏。

Yayoi Arimoto
東京生まれ、写真家。アリタリア航空で乗務員として勤務する中で写真と出会う。2006年よりフリーランスの写真家として本格的に活動を開始。

  • photography & text: Yayoi Arimoto

*「フィガロジャポン」2026年10月号より抜粋