溺れるほどの背徳を。飲兵衛エディターの「bar hotel箱根香山」滞在記

Lifestyle

ほろ酔いの夜。もし、最後の一杯を飲み干した数歩先に、ベッドがあったなら——。

箱根の山あいにひっそりと佇む「bar hotel箱根香山」は、その名のとおり、“バーに泊まる”ためのホテル。普通のホテルなら、バーは夜を彩るひとつの場所にすぎない。けれど、ここでは違う。
主役はあくまでバーであり、カクテルであり、酔いゆく時間そのもの。

ビールにワイン、ウイスキー、そして数百種類ものカクテルまでがフリーフロー(一部有料)。グラスを重ねることに、理由も遠慮もいらない。なにより贅沢なのは、帰らなくていいことだ。

終電も、タクシーも、明日のことさえ、今夜ばかりは考えなくていい。理性を少しずつ脱ぎ捨てていくような時間こそ、この宿が用意するもっとも甘美なおもてなし。それを拒否することはお宿に失礼というもの。

チェックインと同時に手渡される、ウェルカムのシャンパーニュ。この一杯から、背徳の夜が幕を開ける。

チェックインは、乾杯から

案内されるより先に、冷えたグラスが差し出される。18時のチェックインから、14時まで、私はただ「飲む人」へと集中する。旅の荷ほどきもそこそこに、体はもうバーカウンターへと吸い寄せられていた。

――と、その前に。じつはこの宿、客室のチェックイン(18時)を待たずとも楽しめる。1名3,000円で、15時からラウンジでアペリティーボができる期間限定のサービスがあるのだ。客室にはまだ入れないが、夕暮れの紅葉を眺めながらのウェルカムドリンクと思えば、これがなかなかいい。ラウンジには、お酒も揃う。

今宵の部屋は、85㎡のシャンパンスイート

チェックインを済ませ、まずは今宵の寝床へ。

身を委ねるのは、シャンパーニュが花開いた近代ヨーロッパの気配をまとわせた「シャンパンスイート」。85㎡というゆとりある空間の向こうには、箱根の山並みが静かに横たわる。

そして、部屋にはバーキャビネット。眠る前の一杯も、目覚めの一杯も、気が向けばいつだって注げる。ここまで徹底されると、「飲みすぎないように」という良識のほうが、むしろ野暮に思えてくる。 チェックインからチェックアウトまで、グラスを手放す理由は、どうやらどこにもない様子。

シャンパーニュのための、85㎡のシャンパンスイート。夜を彩るバーキャビネットも備わる。
部屋に備わるバーキャビネット。好みの一杯を、いつでも手の届くところに。

夜のカウンターで、この日限りの特別な一杯を。

この日のカウンターには、CAMPARIと、クラフトジン LUOから生まれた特別なカクテルが並んでいた。

じつはこの夜、当館では「Feel Shibuya in Hakone」という一夜限りのイベントが開かれていた。6月に渋谷・Uninで催された「Feel Hakone in Shibuya」の第二章として、舞台を箱根へと移した特別な催しだ。

渋谷のバー・Uninの大倉健太と、当館のバーテンダー・長濱友太郎がタッグを組み、渋谷のカルチャーを一杯に封じ込める。ゆえに、当日は特別な雰囲気がカウンターに流れていた。

五感をテーマにした”THE ONE CAMPARI SOUR”は、紫蘇の爽やかさに薔薇の華やぎが立ちのぼるサワー。渋谷で見かける”ワンカン”カルチャーをカクテルに落とし込んだという。

紫蘇と薔薇が薫る”THE ONE CAMPARI SOUR”。

ピートが効いたオリーブが沈む”SHIBUYA DIRTY MARTINI”は、ごちゃついてる、けれども華やかな渋谷をイメージしたそう。

ピートの薫るオリーブを沈めた”SHIBUYA DIRTY MARTINI”
ネオンをブラックライトで再現した二層仕立ての”N.H.K.”、
そして忠犬ハチ公から名を取った”Hachi-Presso Martini”——ラムとコーヒーの香ばしさが、二杯目の背徳を甘く後押しする。

一杯ごとに、バーテンダーがシェイカーを振る音が心地よい。都会の躍動と、箱根の静寂。相反するふたつが、グラスの中で溶け合っていく。この辺りから、私の記憶は曖昧に……。

ショートカクテルに疲れたころ、なぜだかピニャコラーダをオーダー。
甘く、南国めいて、どこか無責任な味、とも言えるような……。そうして一杯、また一杯。
この辺りから、時計を見ることも意図せずやめていた。

ティキマグで供される、南国気分のピニャコラーダ。

火照りを冷ます、貸切スパという幕間

ひとしきりグラスを重ねたら、ほろ酔いの体を貸切スパへと運ぶ。緑を映す湯にそっと身を沈めれば、アルコールでゆるんだ肌に、夜風がやさしい。

この貸切スパ、正式には「private spa & bar」という。温泉にサウナ、水風呂を、文字どおり独り占めできる90分(15,000円)。しかもバースペースにはお酒も。オリジナルのサウナハットに、整い椅子。”ととのう”ための道具まで抜かりなく揃うから、湯とサウナを行き来しながら、やっぱりグラスは手放さない(手放せない)。

緑を映す湯に身を沈める、貸切のプライベートスパ。
「bar hotel」ロゴ入りのオリジナルサウナハット。

そして湯上がりの一本は、スパークリングワイン……ではなく、ポカリスエット。飲兵衛の夜に、これほど正直で頼もしい相棒はいない。火照った体に、水分が素直に沁みわたっていく。

湯上がりの水分補給は、スパークリングワインではなくポカリスエットで(次回はシュワリと飲みたいところ)。

汗ばむ夜に、〆のカレー

ひと風呂浴びれば、じんわりと汗が滲む。すると不思議なもので、火照りが引くのと入れ替わるように、小腹がすいてきてしまう。カウンターへ戻り、スパイスの効いたカレーをひと皿お願いする。とろりとルウをまとった米を頬張れば、湯上がりの体の芯から、満たされていく。

カレーに合う一杯で、夢の中へ

「今ちょうど、とびきりおいしいマンゴーが入っているんです」。カウンター越しのそのひと言に、頷かない理由がどこにあるだろうか。旬の果実をたっぷりと使い、ラッシーのようにまろやかに仕立てた一杯。蘭の花とミントをあしらったそれは、まるで飲むデザート。

強い一杯も、甘い一杯も、締めのフルーツカクテルも、思うがまま。満たされた胃と、ほどけきった理性。最後の一滴を飲み干す頃には、もう瞼が重い。飲みすぎても、誰にも咎められない。

帰らなくていいのだから——私はそのまま、満ち足りた眠りへと落ちていった。

朝は、また泡から

目覚めれば、罪悪感の代わりに、清々しい空腹が待っていた。朝食には、なんとシャンパーニュがフリーフローで楽しめるビュッフェが付く。朝から泡を注ぐ背徳を、ここでは堂々と「正解」と呼ぶ。

朝はシャンパーニュのビュッフェで。前菜のプレートを、泡で流し込む。

彩り豊かな前菜の皿を泡で流し込んだあとは、香ばしい鮭ののった出汁茶漬けを。さらりと喉を通っていくひと椀が、昨夜の余韻をやわらかくほどいてくれる。

締めは、香ばしい鮭をのせた出汁茶漬け。

チェックアウトの、その一杯まで

昼の光が差し込むカウンターは、夜とはまるで別の顔を見せる。

山の緑を望む、昼のバーカウンター。夜とは別の表情を見せる。

グラス越しに山を眺めながら思う。

酒を飲むことが贅沢なのではない。酔ったあと、帰らなくていいこと。
そして翌朝になっても、まだその夜の続きを生きていられること。

チェックアウト前の一杯は、冷たいコーヒーで。

「バーに泊まる」とは、つまりそういう贅沢なのかもしれない。最後の一口を飲み干して、ようやく席を立つ。昨夜からずっと続いていた長いバータイムが、ここでようやく終わった。

問い合わせ先

bar hotel箱根香山
住所:神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷507-4
TEL:0460-82-0111

チェックイン18:00、チェックアウト14:00
※バータイム18:00〜24:00(L.O.23:30)
www.barhotel.com

  • text: Izumi Akamatsu