「風に乗ってラサに飛んでいきたくなる」ノンフィクション作家星野博美、映画『リンカリンカ~あの夏の先』をレビュー。

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吹き渡る風に誘われ、ほどけていく記憶の奥底……。曖昧な記憶の先にある真実と再生をたどる、映画『リンカリンカ~あの夏の先』が公開中。みずみずしく美しい物語を星野博美がレビュー。


『リンカリンカ~あの夏の先』

親友ラモとの輝かしい日々や、かけがえのない時間が不意に断ち切られる胸のざわめきが、その少女時代の記憶をモチーフに映画を撮るサムキの現在に重なり、多層的に紡がれる。サムキはチベット人女性監督のパイオニア、カンドゥンの分身的存在。© TIBETAN ANTELOPE FILMS CO., Ltd. ALL Rights Reserved

吹き渡る風とともに、記憶が指し示す次の道。

文:星野博美 ノンフィクション作家

短い夏、ラサの人々は友や家族と屋外に集い、歌って踊り、物語を語る。それが「リンカ」だ。それは楽園のような時間である反面、遠い昔、指先に刺さったトゲの痛みを思い出す契機にもなる。

ほんの小さな出来心がきっかけで、大切な友達ラモと疎遠になってしまったサムキ。それからほどなくサムキは上海に「国内留学」し、現在は北京に暮らす異邦人である。彼女はラモとの一件を映画にしようと決意する。これからどう生きていくにせよ、このトゲと向き合わなければ、一歩も前に進めないのだった。

物語はサムキの現在と回想が折り重なって進む。観客は途中で回想部分が映画だったことに気づかされ、現実と虚構、記憶と真実の境界線が揺らいでいく。さらに大人になったサムキとラモが偶然出会い、互いの記憶までが異なっていた……。

私にも同じような経験があった。それは癌で闘病していた祖父が亡くなった日。私はあることを理由に自分が祖父を死に至らしめたと思いこんでいた。一方姉もまた、まったく違う理由で自分が祖父を死に追いやったと思いこんでいた。それが判明したのは、ほんの数年前のことだ。

人は、自分が生きる上で不可欠なもの、忘れてはいけないものを無意識に取捨選択して記憶する。さらに記憶そのものも、時の流れに沿って生き物のように変容していく。真実は曖昧だ。でも多分、それでいいのだ。直視しさえすれば、記憶は次の道を示してくれる。

「安堵感はない、でも気分が晴れた」

サムキがそう言って空を見上げた時、私もラサの心地よい一陣の風に吹かれたような気がした。

見終えたら、風に乗ってラサに飛んでいきたくなること間違いなしのみずみずしい作品。


『リンカリンカ~あの夏の先』
●監督・脚本/カンドゥン
●出演/ツェリンヤンチェン、ツェキメトほか
●2025年、中国映画 ●100分
●配給/ムヴィオラ
●ヒューマントラス トシネマ有楽町ほか 全国にて公開中
https://moviola.jp/linkalinka/#

星野博美/Hiromi Hoshino
2022年『世界は五反田から始まった』(ゲンロン刊)が大佛次郎賞の受賞など大反響を呼ぶ。『転がる香港に苔は生えない』『コンニャク屋漂流記』(ともに文春文庫)ほか著書多数。

*「フィガロジャポン」2026年11月号より抜粋