齊藤工とシネマバード in 北海道。前編
「齊藤工 活動寫眞館」について
2019年9月15日、齊藤工さんが北海道南部の町、むかわ町に降り立った。
俳優、映画監督、写真家……ひと言では言い表せないほど多彩な活躍をする齊藤さんが、ライフワークとして続けている活動、「シネマバード(cinéma bird 移動映画館)」。その開催地がむかわ町だ。
会場は「むかわ温泉 四季の館」内のたんぽぽホール。昨年の北海道胆振東部地震の影響によりしばらく利用できなかったが、今年6月に再開。この日が復旧後初めての大規模なイベント開催だったという。
フィガロジャポンでの齊藤さんの連載「活動寫眞館」の担当、編集KIM&編集YUKIが、今回初めてシネマバードの会場を訪れた。ずっと注目してきた移動映画館という齊藤さんのチャレンジを体感できた感激、そして現地の空気を少しでもお伝えできたらと思う。
開場時間が迫るホールで、キャスト・スタッフが準備中。舞台近くには、座布団の席が用意されていた。
ウェルカムライブで来場者を歓迎。
シネマバードに参加するための条件は、北海道在住であること。入場無料で、のべ約800名の当選者たちが来場した。2部に分かれており、第1部は小・中学生以下の子どもたちとその保護者が対象だ。まもなく開場というタイミングで、齊藤さんとシンガーソングライターの古賀小由実さんが舞台に上がる。齊藤さんはアコースティックギター、古賀さんはキーボードを奏でながら、歌い始める。
齊藤さんもギター&ボーカルとして参加する「シネマバーズ(cinéma birds)」は、いつもこうしてウェルカムライブで来場者を迎えているそう。
ホールの外には長蛇の列ができていた。待ちかねた子どもたちが開場とともに元気に中へ入ってくると、ふたりの弾き語りの演奏が彼らを迎える。「to U」や「八月のテクニカラー」など、優しい旋律と歌声が会場を包み込むように響き渡っている。
参加券を持った来場者で受付が賑わう。スタッフが着ているTシャツは、今回初めて導入したクラウドファンディングのサポーターが支給してくれたそう。観客も一体になって作っているシネマイベントなのだ。 ©cinéma bird official
「『シネマバーズ』は、毎回メンバーが変わるんです。みなさんをお迎えするBGMと思って、こちらのことを気にせずお席を確保してください」
齊藤さんが来場者に向かってそう呼びかける。メンバーが変わる、とは、毎回地元のアーティストにも参加してもらっているから。今回加わったのは、今回のMCも務めるUHB北海道文化放送のアナウンサー、千須和侑里子(ちすわゆりこ)さんだった。前日の打ち合わせで千須和さんがバイオリンを弾けることを知り、齊藤さんが急きょ彼女に依頼したのだという。
中央がUHBの千須和侑里子アナウンサー。MCだけでなく、シネマバーズの一員に。
演奏すると決まってから1日も経っていないんです、と笑う千須和さんだが、まるでプロなみで、3人の息がぴったり合っていた。皆が着席した頃に、これはさまざまな人にとっての“故郷”で行われるイベントだから、と「カントリーロード」を演奏。俳優/シンガーソングライターの豪起さんが歌詞を付けた曲だという。
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サプライズゲストも登場!
ライブの後は、短編映画『映画の妖精 フィルとムー』の上映。齊藤さんが企画・ストーリー原案・脚本・声の出演をしたクレイアニメーションだ。
『映画の妖精 フィルとムー』は、フィルム柄の帽子をかぶった映画の妖精フィルと、夢の種であるムーが主人公。“映画の父”リュミエール兄弟や『カイロの紫のバラ』(1985年)、『ローマの休日』(54年)など、過去の名作の数々へのオマージュが込められた作品。
上映が終わって会場が明るくなると、何と齊藤さんが下手側の客席に登場。そして反対の上手側からは、サプライズゲストである女優の板谷由夏さんが!
フィガロの美のアンバサダー、ボーテスターも務めてくださっている板谷さん。『映画の妖精 フィルとムー』では、齊藤さんとともに声を担当している。
板谷さんは今回、齊藤さんとともに司会を務めるWOWOWの番組「映画工房」で、齊藤さんのシネマバードを取材するために来たのだと話す。
子どもたちがたくさんいる会場で、ふたりともリラックスした雰囲気。齊藤さんと板谷さんが司会を務めるWOWOW「映画工房」は先日、放送400回を突破。 ©cinéma bird official
千須和さんが今度はMCとして登場。
千須和アナも登壇し、ゲストたちを舞台に呼んだ。女優・モデルの大政絢さんと、お笑い芸人のトム・ブラウン。大政さんは北海道滝川市出身。トム・ブラウンのふたりは札幌市出身で、同じ高校に通う先輩と後輩だった。トム・ブラウンと齊藤さんは、今年の夏にフィガロジャポン「活動寫眞館」の撮影ですでに出会っている。出身地を聞かれたトム・ブラウンの布川ひろきさんは住所まで披露!? 土地勘のある来場者の笑いを誘った。
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“笑い”がもたらすもの。
その後は、トム・ブラウンによるお笑いライブ。合体ネタに一休さんが登場したのは、きっと客席に子どもが多いことを考慮したのだろう。一休さんにIKKOさんが混じったりして子どもも大人も楽しませてくれた後、「北海道で漫才できるって最高です!」と締めくくった。
トム・ブラウンの布川さん(左)とみちおさん(右)。
続いて、昨年の沖縄県うるま市でのシネマバードにも出演したカミナリのふたりが登場。トム・ブラウンのネタを受けながらスタートし、会場を盛り上げる。テンポのよい掛け合いに子どもたちも大笑いしている。
カミナリの竹内まなぶさん(左)と石田たくみさん(右)。 ©cinéma bird official
ピン芸人の永野さんは、僕、持ち時間6分しかないんです!と登場するなりハイテンション。(後で確認したら全員6分だった)“ラッセンが好き〜”でおなじみの「ゴッホとピカソに捧げる歌」を披露した後、これからパラパラを踊りながら会場を一周するので、その間は撮影してもオーケー、と宣言し、『映画の妖精 フィルとムー』のフィルがかぶっている冠のようなものが付いたサングラスを装着して客席へ。ハイタッチとスマートフォン撮影の嵐に!
客席の最後列まで来てくれた永野さん。
「シネマバードにおける“笑い”は、実は最も大切なもの。(中略)お客さんの感情・心の解放を担ってくださっています」
以前、齊藤さんはこう語っていた。実際に、お笑いライブの後には会場全体の緊張がすっかりほぐれて熱気を帯びたようだった。その後にライブをする古賀小由実さんは、「この順番でよかったのかな……」とちょっと戸惑い気味だったけれど、クールダウンの時間としてゆったりしてください、と客席に優しく語りかけた。そして、豪起さんとともにシネマバードをイメージして作ったという曲「この街のマーチ」を披露してくれた。
「この街のマーチ」は古賀さんと豪起さんによるファーストシングル「月と太陽」に収められている。表題曲には齊藤さんもコーラスで参加。
彼女の歌声には透明感があり、心の奥深くまで染みわたるようだった。なかでも「ヒカリ」の詞に表現される世界観と優しい旋律は、お笑いとはまた違った意味で心を浄化してくれた。その後、齊藤さんと大政絢さん、トム・ブラウンさんが登壇。齊藤さんは、永野さんが古賀さんのことを、小柄で勢いがある点が自分と同じ、と言っていた、とコメント。
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映画体験を、みんなで共有する。
そしてこの後はいよいよ本編の上映。子どもたちが観客である第1部のために齊藤さんが選んだ作品は、ミッシェル・オスロ監督・脚本『夜のとばりの物語』(11年)。5つの短編作品からなる影絵アニメーションだ。
オスロ監督について、「コートダジュールで生まれてギニアで育ち、アンジェに住んでいたこともある、心にいろんな国籍を持っている人」と齊藤さんは表現する。日本の葛飾北斎にも興味を抱いていたのだとか。いろんな要素が入った作品なので、お弁当のおかずを楽しむように楽しんでほしい、と子どもたちに伝えた。
齊藤さんは、こうして自分たちが話している時も、映画の途中でも、お手洗いに行きたくなったら気にせずに席を立ってください、と呼びかける。映画愛が強い齊藤さんは、家で作品を観るだけでなく、劇場での映画体験の素晴らしさを少しでも多くの人々に味わってもらうのに、リラックスできるムード作りをしているのだな、と感じた。
この日は「めざましテレビ」をはじめ、多くの報道関係者が取材に訪れていた。映画の上映中も、齊藤さんたち出演者はさまざまな取材を受けていたようだ。
再び登壇した齊藤さんと千須和さん。
上演後に齊藤さん、大政さん、トム・ブラウンさん、千須和さんが舞台に戻ってきた。ずっと座っていて疲れたと思うから身体を伸ばしてリフレッシュしましょう、と呼びかけ、来場者も立ち上がってみんなで体操タイム。
客席に映画の感想を尋ねる。大政さんやトム・ブラウンのふたりが、子どもたちの目線に近づこうとするように、かがみ込みながら話しかけていたのが印象的だった。
ゲストも自身の映画体験について語った。大政さんは、スタジオジブリの『千と千尋の神隠し』(01年)の物語が、記憶の中で鮮烈なイメージが残っています、とコメント。トム・ブラウンの布川さんとみちおさんは、ともに8歳か9歳の頃に観た「ドラゴンボール」の映画。同じ札幌市出身で年齢も近いふたりは、同じ映画館だったのかも?と。
今回、スタッフパスには、名前だけでなく「初めて観た映画」「いちばん好きな映画」を書いてもらっているという。そこで働く人たちにも自身の心に留めている映画を表現してもらうとは、シネマバードらしい素敵なアイデア。
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言葉で説明できないくらい大好きなアーティスト。
そして齊藤さんが、この後は、言葉で説明できないくらい大好きなアーティスト、MOROHAさんです、と紹介して降壇。まもなくMOROHAのMCアフロさん、ギターのUKさんが舞台に上がった。
MOROHAのアフロさん(左)とUKさん(右)。彼らのパフォーマンスに、子どもも大人も集中する濃密な時間。
ふたりが使うのはマイクとギターのみ。ステージ上はとてもシンプルなのにそれまでとは空気がガラリと変わる。UKさんのギター1本とは思えない豊かで超絶技巧な旋律とリズム、親しい人に語りかけるように始まるアフロさんのラップが、瞬く間に彼らの世界を作り上げた。パフォーマンスが始まると、子どもたちは1曲目からのめりこんでいるように見えた。
齊藤さんはMOROHAに、「革命」と「米」をリクエストしたと後で聞いた。
アルバム『MOROHA IV』に収録されている「米」。
「次が最後の曲だけど、僕たちのライブでは、必ず子どもが途中で泣き出します。小さな子が泣かないで終われるわけがない。でも、そんな時こそ音楽の真価が試されている気がする。それは音楽に力がないせいだと思うから」(アフロ)
MOROHAが最後の曲に選んだのは「うぬぼれ」。
「『ありがとう』くれて『ありがとう』
『ごめんね』なんて言わせて『ごめんね』
あなたと向き合う事で私は私を好きになれたのです」
「響きじゃなくて気持ちを聴く事
言葉じゃなくて心を知る事
『あなたに会えてよかった』
そんな『あなた』にいつかなれるかな」−−
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ひとりひとりを送り出す。
最後に出演者たちがステージに上がって挨拶をしたら、全員で来場者をお見送り。かなり前からシネマバードの恒例となっているという。その際に手渡される来場者へのお土産は、鵡川高校の野球部員が、試合後に駆けつけて詰めるのを手伝ってくれたのだという。シネマバードは地元の方たちとともに作り上げるイベントであることが、そんなエピソードからも伝わる。
出演者たちもイベントを通してすっかり打ち解けあったような雰囲気。
ひとつひとつラッピングされたお土産。手伝ってくれたという鵡川高校の野球部は甲子園への出場経験も持つ。昨年の北海道胆振東部地震で野球部寮が全壊するなどの苦難を乗り越えて、今年10年ぶりに南北海道大会に進出して地元の人々を力づけた。
ホールの出入口前で、ライブを終えた直後のMOROHAも含めた出演者全員がハイタッチでお見送り。ひとりひとりを笑顔で丁寧に送り出していた。 ©cinéma bird official
かがみ込んで子どもとハグする大政さん。
建物の外で、何人かの来場者に感想を尋ねてみた。
お嬢さんふたりと訪れていた、齊藤さんのファンだという女性は、前方の座布団席に座っていたそう。ひとりの女の子がMOROHAの音楽について「ことばのうた」と表現していたのが素敵だった。普段、映画を観たい時には札幌に行くという。
同じく座布団席の、出入口に近い場所に、赤ちゃんと座っていたふたりの女性。何かあったらすぐに出られるようにと、スタッフがその席に案内してくれたのだそう。その赤ちゃんは泣き出すことなく、終始とてもいい子にしていた。齊藤さんのファンである女性は、この子のおかげで近くで見ることができてラッキーでした、と笑った。
第1部の終了後、第2部の開場までは30分もなかった。出演者もスタッフも、皆慌ただしく次のステージの準備に取りかかっていた。
cinéma bird(移動映画館)
http://cinemabird.com
北海道勇払郡むかわ町美幸3-3-1
tel:0145-42-4171
※営業時間は館内の施設により異なります。詳細は下記公式サイトをご参照ください。
www.shikinoyakata.com
〈むかわ町へのアクセス〉
東京・羽田空港から新千歳空港まで約1時間30分、新千歳空港からJR快速エアポートで南千歳駅まで約3分、南千歳駅から北斗で苫小牧駅まで約20分、苫小牧駅から日高本線で鵡川駅まで約30分。
または、東京・羽田空港から新千歳空港まで約1時間30分、新千歳空港からリムジンバスで大谷地駅まで約35分、大谷地駅から浦河ターミナル行きバスで鵡川四季の館前まで約1時間5分。
TAKUMI SAITOH
移動映画館cinéma bird主宰。長編初監督作『blank13』(18年)が国内外の映画祭で8冠獲得。台湾、韓国でも公開された。昨年末、パリ・ルーヴル美術館のアート展にて白黒写真作品が銅賞受賞。日本代表として監督を務めたHBO Asia “Folklore” 『TATAMI』が10月30日、11月2日に東京国際映画祭にて上映。同企画第2弾“Foodlore”にも参加。企画・制作・主演を務める『MANRIKI』が11月29日に公開。企画・脚本・監督・撮影の『コンプライアンス』が来年2月公開予定。21年公開予定の『シン・ウルトラマン』では主演を務める。
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