【立田敦子のカンヌ映画祭2025 #10】ケリング「ウーマン・イン・モーション」に 是枝裕和×早川千絵、カルラ・シモンが登場!

Culture 2025.05.24

映画業界におけるジェンダー平等と多様性の推進を掲げるケリングのプログラム「ウーマン・イン・モーション」が今年で10周年を迎えた。記念すべき2025年のカンヌ国際映画祭で注目を集めたふたつのトークセッションを紹介したい。 

まずひとつ目は、日本人として初めてこのイベントに登場した、是枝裕和監督と早川千絵監督による対談である。『万引き家族』(2018年)でカンヌ映画祭の最高賞パルムドールを受賞し、名実ともに日本を代表する監督となった是枝監督と、今年のコンペティション部門に新作『ルノワール』が選出された早川監督である。

早川監督は、ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアル・アーツ(School of Visual Arts, SVA)の卒業制作として制作した短編映画『ナイアガラ』が2014年のカンヌ映画祭学生映画部門「シネフォンダシオン」に入選。2022年には初の長編作品『PLAN 75』が「ある視点」部門に選出され、新人監督に贈られるカメラドールに特別表彰(スペシャル・メンション)された。ちなみに『PLAN 75』は、2018年に是枝監督が総合監修を務めたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の一編として制作された短編をもとに長編化された作品だ。 

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早川監督。Photo: Vittorio Zunino Celotto / Getty

映画という表現との出会いについて、ふたりは次のように語った。「映画を観て"この人は私の気持ちをわかってくれている"と感じた瞬間が、子どもの頃の私には人生を変える体験だったんです」と早川監督。自分の中で言葉にできなかった感情が映像として表現されていたことで、「映画によって場所も時間も超えて誰かと気持ちが繋がるような、ソウルメイトに会うような体験が得られた」という。是枝監督は「映画館に通う習慣のない家庭で育ちましたが、日常的に身近にあったテレビで観た映画やドラマが結果的に自分の思考を育てた。映像の世界で生きていこうと決めたのは、大学で"物書きになろう"と思った直後のことでした」と、自身の出発点を振り返った。

『ルノワール』が子ども時代の痛みを描いている点について、是枝監督は「僕も初期から、子どもを通して大人の社会を批評してきた。『ルノワール』の少女の視点には、ユーモアと批評性、そして哀しみがあって本当に素晴らしかった」と賛辞を送った。これに対して早川監督は「実はこの映画を撮る前に、是枝監督の『幻の光』『誰も知らない』『万引き家族』を観直したんです。自分がどれほど影響を受けてきたかを再確認しました」と語り、子役の演出における是枝作品からの影響を明かした。

また、キャリア形成にまつわる家庭や育児の影響についても言及があった。「僕の母親は『映像の仕事は趣味でいい』と言っていました。公務員になれと、ずっと言われていた。でも僕は『映像で飯を食う』と決めた。自分ではアーティストというより職人に近い感覚です」(是枝)「20代はどんなに貧しくても、芸術に没頭できればいいと思っていました。でも子どもを持ってからは、自分だけの時間が持てず自由に没頭できない。母親でありながら映画を撮るということの難しさにぶつかりました」(早川)

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是枝監督。Photo: Vittorio Zunino Celotto / Getty

女性監督としてキャリアを築くことについても、早川監督は次のように語った。「『女性でも監督になれますか』って、昔は私自身が周囲に尋ねていたんです。でもいまの若い世代はそんな疑問を持たずに映画を撮っている。それがすごく希望です」

一方で、日本映画界における労働環境の改革に尽力し、東京国際映画祭で開催されている「ウーマン・イン・モーション」のトークイベントも支援している是枝監督は「変化は確実に起きていると思うが、子育ての段階でキャリアが中断されるという課題はまだ残っている。現場にベビーシッターを入れる費用をどう確保するか、保育施設をどう設置できるかなど、制度的な改善が必要だと感じています」と現状を語った。

また「ジェンダーのステレオタイプを乗り越えるために、作品にどう反映しているか」という問いに対し、是枝監督はこう答えた。「脚本を書く時、必ず周囲の女性スタッフに読んでもらい、視点の偏りがないか確認してもらっています。『そして父になる』の時、"女性は出産したらすぐ母親になる"という前提が偏見だと指摘されて、大きな衝撃を受けました。そうやって反省を繰り返しながら作り続けています」

早川監督も、こうした無意識の刷り込みに敏感だ。「昔観ていた映画やドラマの多くが、女性を"助けられる存在"として描いていました。それを疑い始めた時、自分の中にもそうしたイメージが刷り込まれていたことに気づいた。作り手としてステレオタイプに抗う責任を感じています」

映画祭の後半では、今年の早川監督と同様にコンペティション部門に最新作『Romeria』が選出され、注目を集めたスペインのカルラ・シモン監督が登壇した。シモン監督は2017年、『悲しみに、こんにちは』で鮮烈なデビューを果たし、続く『太陽と桃の歌』(2022年)ではベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞を受賞。そして満を持して、今回カンヌのコンペに初めて挑んだ。彼女は2018年に「ウーマン・イン・モーション」エマージング・タレント・アワードを受賞しており、今年はその"卒業生"としての凱旋登場となった。

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カルラ・シモン監督。Photo: Vittorio Zunino Celotto / Getty

6歳の時にエイズで両親を亡くしたというシモン監督の個人的体験は、彼女の作品に深く反映されている。80年代のスペインを舞台にした『Romeria』も、両親の記憶を手繰り寄せるように描かれた私小説的な作品であり、"家族三部作"の最終章である。「家族は私にはっきりとしたことを話してくれませんでした。だからこそ、私は映画という"物語"を作り上げないといけませんでした」

フィクションの形をとりながらも、背景には80年代スペインの政治・社会的変化や、ドラッグの蔓延といった時代の記憶が織り込まれている。舞台となるガリシア州は亡き父の故郷であり、かつてヘロインの密輸ルートでもあったという。「この場所に立つことで、かつてここにいた人々と繋がる感覚がありました」

キャスティングされた主人公を演じたルチア・ガルシアを監督が道端で見つけたというエピソードも印象的だ。「俳優とのリハーサルでは、映画の"前日譚"を即興で演じさせるんです。そうすることで、彼らに"本当の家族"のような記憶ができあがるのです。これがセットに入った時に俳優を自由にさせることができ、予想していなかったことが生まれるんです」

今後の展望を問われると、「次はフラメンコ・ミュージカルを撮りたい」と語るシモン監督。かつてスペイン映画界で主流だったこのジャンルを、現代的な視点で再構築したいという。

妊娠8ヶ月だが、カンヌ映画祭に参加することを決断し、公式上映のレッドカーペットに登場した。「家族を描いた映画といういままでのサイクルに終止符を打つという意味でも、この作品は特別でした。私の映画はフィクションですが、映画を通して子どもたちに家族の記憶を伝えたいと思っています」と語った。 

カンヌの公式セレクションにおける女性監督の比率が過去最高を記録した今年。表現者たちの力強い言葉は、"次の10年"に向けての確かな足がかりになるだろう。

映画ジャーナリスト 立田敦子

大学在学中に編集・ライターとして活動し、『フィガロジャポン』の他、『GQ JAPAN』『すばる』『キネマ旬報』など、さまざまなジャンルの媒体で活躍。セレブリティへのインタビュー取材も多く、その数は年間200人以上とか。カンヌ映画祭には毎年出席し、独自の視点でレポートを発信している。

text: Atsuko Tatsuta editing: Momoko Suzuki

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