「鼻に対する強い嫌悪感」マイケル・ジャクソンはなぜ何度も整形手術を受けたのか?

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キング・オブ・ポップは、歳月とともに姿を大きく変え、ついには見分けがつかないほどになった。その背景にあったのがコンプレックス、とりわけ鼻に対する強い嫌悪感だった。父親からの辛辣な言葉をきっかけに、彼はそれを受け入れられなくなっていた。

記者会見に出席したマイケル・ジャクソン。(ニューヨーク、1992年2月3日)photography: TPLP / Getty Images

彼は外見を大きく変え、ついにはまったく見分けがつかないほどになった。マイケル・ジャクソンは誰もが知る「キング・オブ・ポップ」であり、「ビリー・ジーン」「スリラー」「ビート・イット」などの名曲を生み出したアーティストだが、同時に、黒人として生まれながら徐々に白くなっていった人物としても知られている。その肌の色の変化は、1980年代半ばに医師によって診断された、色素が失われる皮膚の病気である白斑(尋常性白斑)によるものだった。

しかし一方で、顔立ちを細く整えるために美容整形手術を繰り返したのは本人の選択であり、やがてそれにのめり込んでいった。 すべては1979年、最初の鼻の手術から始まる。マイケル・ジャクソンはダンスのリハーサル中に転倒し、鼻を骨折してしまったのだ。当時21歳で、初のソロアルバム「オフ・ザ・ウォールl」のリリースを控えていた。このけがにより痛みが続き、呼吸もしづらくなったことから、矯正手術を受ける決断をしたという。このことは、アメリカ人ジャーナリストのJ・ランディ・タラボレリが、1991年5月に出版した伝記『Michael Jackson: The Magic and the Madness(原題)』の中で明かしている。

完璧さへの執着」と「自己嫌悪」

この「公式の説明」は、マイケル・ジャクソン自身が語っていたものでもあるが、4月22日公開の伝記映画『Michael/マイケル』では大きく覆されている。作品の中で、彼を演じるのは甥のジャファー・ジャクソンだが、そこでは歌手が美容目的で外科医のもとを訪れる姿が描かれている。鏡に映る自分の顔を見つめながら、「完璧になりたい。僕の顔は左右対称じゃないから」と医師に語る場面も登場する。

この長編作品は、真実の核心に触れている。それは、マイケル・ジャクソンの完璧を追い求める姿勢と彼自身への嫌悪感だ。そうした思いは、父であるジョー・ジャクソンから受けた屈辱によって育まれていった。幼い頃、彼は「大きな鼻」と繰り返しからかわれていたのである。

姉ラトーヤはマイケル・ジャクソンの“実験台”だった?

いまなおSNSで拡散され続けているあるインタビューの中で、マイケルの姉ラトーヤ・ジャクソンは、弟が鼻の整形に対して異常なまでの執着を見せていたと明かしている。「彼は事あるごとに『どう思う? ねえ、どう思う?』と聞いてきました。私は彼にこう言ったのです。『マイケル、それがあなたの望みで、それで気分が晴れるのなら、やってみればいいじゃない』」と彼女は振り返っている。

恐怖に駆られたマイケルは、手術の痛みがどれほどのものか、そして「術後の仕上がり」がどうなるかを確かめるために、姉のラトーヤに実験台になってほしいと頼んだという。こうして1970年代の終わり、彼女は弟のためにメスを入れることを承諾した。そして、姉の鼻の整形の仕上がりに満足したマイケルは、1979年、ついに自らも一線を越える決断を下したのだ。

この証言もまた、マイケル・ジャクソンの伝記映画では描かれていない。むしろ作品の中では、痛みを伴うにもかかわらず、自身の鼻の「欠点」を変えようとする、落ち着き払った決意の強い姿が描かれている。一方、ラトーヤの発言は、マイケル・ジャクソン本人が認めたことがなく、真偽ははっきりしない。彼女自身が、ジャクソン家のきょうだいの中で顔の美容整形手術を受けた最初の人物であったのは事実である。

しかし、それが本当にケガによるものだったのか、美容的な理由だったのか、あるいはその両方だったのかにかかわらず、1979年に行われたマイケル・ジャクソンの最初の鼻の整形手術は、明らかに「パンドラの箱」を開けてしまった。この手術を境に、彼は自分の鼻に対して異常なまでの執着を見せるようになった。どれほど形を整えても満足できず、いくら細くしても十分だとは感じられなくなってしまったのである。 1992年、アルバム「スリラー」のリリースから10年。そこにいるマイケル・ジャクソンは、かつて8つのグラミー賞に輝き、モータウンのステージでムーンウォークを披露して観客を熱狂させた、あの恥ずかしげに微笑みを浮かべる少年の面影をすでに失っていた。その肌は白くなり、顎のラインは広がり、鼻はさらに研ぎ澄まされたように細くなっていたのである。

「整形はたった2回だけ」

タブロイド紙の格好のネタとなった数々の変貌にもかかわらず、2003年に公開されたマーティン・バシール監督のドキュメンタリー番組「マイケル・ジャクソンの真実 〜緊急独占放送 密着240日〜」の中で、マイケルは自分の顔には手を加えていないと否定している。

「呼吸をしやすく、より高い音を出すために鼻の整形をしただけです。鼻の手術は2回受けただけ。本当に2回だけです」と、彼は疑念を抱くインタビュアーを前に主張した。 マイケル・ジャクソンは、友人でイリュージョニストのユリ・ゲラーに対し、自身の外見を変えていたのは、自分を長年苦しめてきた父ジョー・ジャクソンに似ないためだったと語っていたと報じられている。ジョー・ジャクソンから受けた数々の侮辱は、彼の心に深く残り続けていた。

キング・オブ・ポップは、ある意味でその目的を完全に達成してしまったと言えるだろう。2009年6月に彼が亡くなった時点で、その鼻はほとんど消失していた。雑誌「ローリング・ストーン」によれば、メディアに流出した検視報告書の一部には、鼻先と鼻孔があった場所に「小さな暗い穴」が残されていたと記されており、それはマイケルが鼻のプロテーゼを使用していたことを示すものだとされている。

『On Michael Jackson(原題)』(2006年)の著者であるアメリカの作家マルゴ・ジェファーソンによれば、マイケルは「永遠に生き続けたいという欲望に取り憑かれていた」といい、その執着こそが、身体的変化において可能な限界を押し広げる原動力になっていたという。結果として彼は、生と死の境界さえ曖昧にするような、男女の枠を超えた、どこか非現実的な存在へと近づいていったと彼女は見ている。

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※この記事は、フランスの新聞社「Le Figaro」グループが発行する「madame.lefigaro.fr」で掲載されたものの翻訳版です。データや研究結果はすべてオリジナル記事によるものです。

  • text: Solene Delinger (madame.lefigaro.fr) translation: Hanae Yamaguchi