女性作家の声が低音で響く。世界最古で最大級の国際美術展「ヴェネチア・ビエンナーレ 2026」を現地レポート。
1895年創設の世界最古かつ最大級の国際美術展「ヴェネチア・ビエンナーレ」が、2026年11月までの約半年間の会期で開催されている。アートプロデューサーの住吉智恵が5月のプレビューを訪れた中でも、特に注目した“女性アーティスト”を厳選して紹介したい。

現在への示唆を提示する、各国のパビリオン
国別の館が居並ぶジャルディーニ会場で、筆者が最も楽しみにしていたのが、”裸のジャンヌダルク”と密かに呼んでいる身体表現のアーティスト、フロレンティナ・ホルツィンガー率いるオーストリア館《Sea World Venice》だ。パヴィリオンの正面に吊るされた大鐘を、裸のダンサーが自身の身体のスイングで高らかに鳴らすパフォーマンスは圧巻で、どうやらヒエロニムス・ボスの絵画から着想を得たものらしい。

中庭にはシュノーケルを付けた裸の女性が沈む水槽、裸の女性がジェットスキーで駆け巡る水槽、裸の女性たちがアクロバティックなダンスを展開する水槽が設置されている。そして来場者用の簡易トイレが2つあり、ここで排泄された尿が濾過され、それぞれの水槽を循環しているのだ。

一見透明なこの浄化水とヴェネチアの運河の水、どちらがより汚染されているのか? 私たちを取り巻く環境には、見た目や経験値がまったく当てにならない不可視の有害性が潜むことを、眼前に投げ出されるような展示だ。
ドイツ語で廃墟・破綻を意味する「Ruin」と題されたドイツ館では、この2月に42歳で急逝したヘンリケ・ナウマンとヴェトナム出身のソン・ティエウが、ナチス支配の歴史を背負う威圧的な建築様式のパヴィリオンを、社会主義の亡霊が憑依する場所に変えた。

ナウマンによる展示は、チェックやレースの破れたカーテンや椅子、日用品のほかガスマスクや手榴弾など冷戦時代を想起させるオブジェを配し、冷たく不穏なインテリアを立ち上がらせる。ティエウはかつて自身が住んでいたという、旧東ドイツが外国人労働者のために建てたプレハブ集合住宅のモザイク壁を再現した。過去の政治的対立の名残や気配が日常のなかに息を潜めていることを暗示する、戦慄の体験だ。
ブラジル館は、サンパウロ拠点のロザナ・パウリーノとリオデジャネイロ拠点のアドリアナ・ヴァレジョン、共に30年以上のキャリアを持つ2人のアーティストの力強い表現に託された。タイトルの「Comigo ninguém pode」はポストガル語で「誰も私には手出しできない」という意味で、ブラジルでは邪意を払う“お護り”とされる艶やかな有毒植物の名前でもある。


パウリーノによる白い壁に食い込む暗黒の奴隷時代の女性像や、ヴァレジョンによる真紅の内臓をのぞかせる傷痕やケロイドを抱く肉体のような絵画。苛烈な社会で、強靭な根を張って生き抜いてきた女性たちの足跡を彷彿させた。
力の対立を攪乱させる、静かなるプロテスト
一方、アルセナーレ会場のメイン展示となる企画展「In Minor Keys」には、日本から2名のアーティストが参加している。YOSHIKO SHIMADA + BUBU DE LA MADELEINE(嶋田美子とブブ・ド・ラ・マドレーヌ)は、それぞれの展示と並行して共同制作に取り組んだ。
嶋田は長年にわたり、男性中心に語られる戦争と女性の役割や功罪を通したジェンダー研究を続けてきた。ダムタイプの創設メンバーであるブブは、HIV/エイズとともに生きる人々やセックスワーカーとしての自身の身体性を通した視点で、セクシュアリティとアイデンティティの問題を語り続けている。

プレビュー初日には会場周辺でパフォーマンスを行い、ブブ自ら威風堂々と異形のものたちを率いてパレードを繰り広げた。嶋田が掲げるフラッグには「不服従」と書かれているが、声高にシュプレヒコールを叫ぶものはいない。拍子抜けするほど長閑な演奏に合わせ緩やかに歩みを進める、この静かなるプロテストは、今回政治的に紛糾したビエンナーレで、抗議行動のあり方そのものを問い直している。歴史上権威によりかき消されてきた低い声が、力と力の対立構造と距離を置きながら攪乱させる、もうひとつの不服従のあり方を提示していた。
おびただしい「In Minor Keys」の囁きがさざめきあうアルセナーレ会場で心に残った展示のひとつは、ローリー・アンダーソンだ。1980年代からヴォイス、サウンド、テキスト、映像、光を駆使した表現を発信し続ける彼女のインスタレーションもまた、世界を下支えする低音パートに耳を澄ませるための空間だった。

黒い壁を埋め尽くすドローイングとテキストはものすごい情報量で、ルー・リードをはじめ亡きアーティストや身近な人々、ICEに弾圧される移民、歴史上の出来事などが等しいテンションで描かれている。解説を読むとこのような主旨のテキストが書かれている。
「頭のなかに無理やり絵を押し込む必要はない。耳を澄ませばリズムや旋律を見つけるだろうが、そこには繰り返すモチーフやクレッシェンドもなければ大きな物語もない。なぜならすべては元々あなたの中にあったのだ」
今回のヴェネチアビエンナーレは世界情勢と危機意識を反映し、例年以上に政治的テーマを打ち出す作品が主流となった。ロシア館・イスラエル館の参加復帰を受けた審査員全員の辞任に続いて抗議運動やボイコットが紛糾し、混乱のなか行われたプレビューだった。しかしながら、実際の現場では毅然と自身の表現に邁進しようとするアーティストたちの営みに安堵し鎮静させられた。
特に、昨年準備中に逝去したキュレーター、コヨ・クオによるメイン展示「In Minor Keys」は、これまで語られることのなかった傍流のなかにある「小さな声に耳を澄ますこと」を提示した。この国際展全体を通じて感じたのは、ラウドな叫びや派手なプレゼンテーションの間合いにある「沈黙」や「余白」の表現にも本質が隠されていることだ。小さな声や低いトーン、無言の訴え、そして記憶の余白に耳を傾けるためには、自分自身の心の居住まいを静けさや緩慢さに位置付ける必要があるのかもしれない。
ヴェネチア・ビエンナーレ 2026
会期: 2026年5月9日〜11月22日
主な会場: ジャルディーニ(Giardini)、アルセナーレ(Arsenale)
https://www.labiennale.org/en
Text:CHIE SUMIYOSHI