「大胆で、乱暴で、エロチック」翻訳家・エッセイストの村井理子が推す『死んでよ、アモール』ほか、今月の新刊5冊。

Culture

雨模様が多かったり、やはり暑さを感じる8月後半。いまこそじっくりと読みたい、珠玉の5冊をご紹介。


01.『死んでよ、アモール』

アリアナ・ハルウィッツ著 宮﨑真紀訳 早川書房刊 ¥2,750

母となった主人公の絶望や怒りを、乱暴でエロスに満ちた筆致で描く。

文:村井理子|翻訳家、エッセイスト

翻訳文学が出版されることの意義とは何か。国内でも絶えず優れた文学は生み出されているが、遠い国で、それまで全く知らなかった著者により綴られた、目の覚めるように鮮やかな文学に触れたときの衝撃には、また別の感慨がある。この一冊がなければ決して知ることがなかった世界を目撃したという思い、遠くからたぐり寄せるようにして自分の目の前にやって来た主人公への共感、感情移入。本書を開き読み始めて私が感じたのは、このようなことだった。素晴らしい翻訳文学作品に出合うと、そうなる。胸が熱くなると書いたら、わかりやすいかもしれない。

『死んでよ、アモール』はフランス在住アルゼンチン作家アリアナ・ハルウィッツによる初めての小説で、すでに10カ国語以上で翻訳出版され、2018年のブッカー国際賞にノミネートされるなど、高い評価を得ている。25年には本書が原作となった映画『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』がジェニファー・ローレンス主演で公開され、カンヌ国際映画祭でも話題となった。

自然に囲まれた田舎で暮らし始めた若夫婦だったが、生後数カ月の赤ん坊の世話で徐々に精神を蝕まれていく主人公の語りでページは進んでいく。慣れない田舎暮らし、子育てのために遠ざかった文学、夫との意識のずれなどが重なることで、主人公はその思いを爆発させていく。

筆致が大胆で、乱暴で、エロチック。しかし、不思議とそこに嫌な気持ちを抱かせない。むしろ爽快感さえある。もっと暴れていいと感じた。それはきっと、私も同じ母として似た地獄を経験したからだと思う(いや、育児経験者でこの地獄を経験しない人がいるとでも?)。主人公の絶望が、たぎるような怒りが、手に取るようにわかるからこそ、苦しく、また熱の籠もった読書となった。

産後うつと簡単に片づけるなと怒りに震えたあの日の自分。そんなに簡単なことじゃない。こちらは命がけで闘っていたんだ。

「死んでよ、アモール」。素晴らしいタイトルに拍手。

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村井理子
Riko Murai
翻訳家、エッセイスト
さまざまなメディアに寄稿。『兄の 終い』『全員悪人』(ともにCEMH文庫)など著書多数。新刊は『村井さんちのお取り寄せ』(ワニブックス刊)、訳書にベラ・デパウロ著『私は私で満ちている』(サンクチュアリ 出版刊)など。

02.『多類婚姻譚』

凪良ゆう著 講談社刊 ¥2,090

本屋大賞を2度受賞した著者が描く、いまどきの結婚のリアル。

大手食品会社で働く華は同棲中の恋人と一緒に帰省する決意をする。最近、彼に避けられていると感じていた花織は重い女と思われないように細心の注意を払っていた。セクシュアリティや育ってきた環境の違い、親世代との葛藤。好きな人と一緒に生きる、ただそれだけのことが結婚を意識したとたん、なぜこんなにも難しくなるのか。『流浪の月』『汝、星のごとく』で2度の本屋大賞を受賞した著者が結婚のリアルを描いた連作短編集。

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03.『星降る庭、愛の音』

ラムズデール昌栄著 平凡社刊 ¥1,980

異国の地で星の巡りをヒントに、自分軸を取り戻すレッスン。

星座ごとに自分を知る手がかりが記されているけれど、いわゆる占星術の本ではない。友だちがいない、仕事はない、英語も話せない中、始まった異国暮らしで自分を見つめ直した心の旅。それまでいた環境を離れ、大きな時間に身を委ねるように心の声に耳を澄ます。英国在住の著者が、星の巡りをヒントに自分軸を取り戻すための小さな気付きを綴ったエッセイ。電子書籍として刊行され話題になった一冊を大幅な加筆修正を経て書籍化。

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04.『私の女の実』

ハン・ガン著 斎藤真理子訳 白水社刊 ¥2,640

ノーベル賞作家ハン・ガンの未邦訳の小説をシリーズ化。

ノーベル賞作家ハン・ガンの初期作品から新作まで未邦訳の小説を斎藤真理子訳で贈るハン・ガン コレクション。第1巻の本作は20代後半に発表した初期の短編集。高層マンションの13階で暮らす夫婦。妻は次第に言葉を失っていき、ある日、身体の一部が植物になってしまう。代表作『菜食主義者』のもとになった表題作のほか、詩人として出発し、個人の痛みを社会や歴史の中で問い直してきた作家の魅力を深掘りしていく。

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05.『失恋カルタ』

又吉直樹著 たなかみさき絵 Gakken刊 ¥1,650

忘れられない大切な人がいる、せつない記憶の断片が蘇る。

なんという絶妙な顔合わせ。カルタの読み札を芸人で芥川賞作家の又吉直樹が、絵札をイラストレーターのたなかみさきが担当。「あ」は「雨が降っていても楽しかった頃が懐かしい」。「い」は「言ってくれたら直せたよ、それくらいのことなら」。めくるたび、切なくも温かな気持ちになる失恋カルタ。ふたりの共作マンガと又吉直樹によるショートストーリーも収録。「ん」に辿り着いてグッときた。本棚の“常備薬”になりそうな一冊。

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  • text: Harumi Taki

*「フィガロジャポン」2026年9月号より抜粋 *紹介した商品を購入すると、売上の一部がmadameFIGARO.jpに還元されることがあります。