【今月の5冊】『国宝』の著者による最新作も。日常の奥にひそむ物語——香り、記憶、おやつの世界へ。

Culture

目には見えないものほど、深く心に残ることがある。嘘の気配を宿す香り、少女のまなざしがすくい取る現実、再会が呼び覚ます時間、言葉を超えて響き合う人生、そして日々に寄り添う小さな甘さ――。7月、ジャンルを超えて、つい手に取りたくなる5冊をお届け。


01.『燻る骨の香り』

千早 茜著 集英社刊 ¥1,925

匂いたつ香の世界に隠された、重なり合う嘘。

文:Chiyo|Ablxs 月詠み調香師

嘘の匂いというものは、本当にあるのだろうか。シリーズ1作目から異彩を放ち続けている天才調香師・小川朔は、対峙する人の体調、精神状態、そして隠している嘘まで暴いてしまう、正真正銘の“鼻が利く”青年だ。そんな小川朔が自身の香りのサロンを開く前、20代の頃に出会った京都の香老舗・瑞雲堂の一家との秘められた過去のエピソードが今回の物語である。

今作では日本の伝統文化である「香」とヨーロッパ由来の「香水」の違いが、おもしろいコントラストを生んでいる。小川朔は「調香師は基本、肌の温度でたちのぼる香りを作る。でも香の世界は火を使う。熱を帯びた香りは苦手だ」「場を制するから」「そして、絡みついて、重く残る」と語る。

私も仕事でフレグランスの調香師をしているため、小川朔の言っていることがよく理解できる。アルコールを基材とする香水は、肌となじみアルコールが揮発することで時間とともに儚く消えていき、その変化を楽しむことが魅力のひとつ。しかし香は基本的に火を使うので、香水でいうトップノートの柑橘系などの軽い香りを入れたとしてもほとんど目立たないため、樹脂や樹木などの重い素材を使うことが多いのだ。だからこそ、香を焚いた部屋にはじっとりとその刻印が残るような気がして、香自体は好きなのだが、なんとなく気軽に使うことができない。特別な重厚感を持った、ある意味閉じられた世界の逸品というイメージを持っている。

そんな香老舗・瑞雲堂の一家は、家族それぞれがさまざまな秘密を抱えて生きている。それが香の世界のイメージと非常にマッチしていると同時に、小川朔はまるで蜃気楼のような透明感と現実感のない存在として描かれている。このコントラストが読むものを虜にするのだ。名前の「朔」は新月、という意味もある言葉。確実に存在するのに、まだ夜空に姿を見せない秘められた存在である新月とシンクロする小川朔の輪郭が、3部作の完結となるこの物語を通して、ますます際立っている。

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チヨ
Ablxs 月詠み調香師
香水、化粧品のライター業、百貨店で化粧品のセールスマネージャーを経て調香師に。占星術、タロットの知識も取り入れ、2012年にフレグランスブランド、アブラクサス創立。パーソナルセッションや調香のクラスなども展開する。

02.『ジュビリー』

アリス・マンロー著 小竹由美子訳 新潮社刊 ¥2,915

アリス・マンローが遺した、唯一の自伝的長編小説。

田舎町ジュビリーで暮らす少女デルは、周りの噂話に耳を傾けては大人たちの世界に想像を巡らせていた。上昇志向が強い母、実直な父、想像力の矛先は容赦なく辛辣だ。やがてデルは町の人々の物語を小説に書き始める。ノーベル文学賞を受賞したカナダの作家アリス・マンローは短編の名手として知られている。故郷の町を舞台にした本作は唯一の長編。小説より現実のほうが時に残酷であることを描き続けた作家の原点が垣間見える。

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03.『タイム・アフター・タイム』

吉田修一著 幻冬舎刊 ¥2,420

あの頃の夏が問いかけてくる、『国宝』の著者による最新作。

建設会社に勤める尾崎颯は土砂降りの雨の中、高校の同級生だった久遠愛と再会する。ふたりは同じプロジェクトの担当者として再び言葉を交わすようになるが、建築家のデザイン盗用疑惑でプロジェクトは暗転する。『国宝』の著者の最新作は初恋の人との20年ぶりの再会を描く。数々の青春小説が喪失を描いてきたけれど、吉田修一は逆だ。決して失われないものを描こうとする。大人の読者ほどそのまぶしさに胸が締めつけられるだろう。

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04. 『海をわたる言葉 翻訳家ふたりの往復書簡』

クォン・ナミ、村井理子著 集英社刊 ¥1,870

翻訳家同士が言葉を尽くして語り合う家族という永遠の謎。

愛犬ハリーを亡くし、失意の底にいた村井理子のもとに、ある日一通のメールが届く。村上春樹の『パン屋再襲撃』、群ようこの『かもめ食堂』など300を超える日本文学を韓国に紹介してきた翻訳家クォン・ナミからだった。同世代で同じ職業。子育てに苦戦し、親の介護もしなければならない。互いに「キャラがかぶってる」と感じていたふたりが、仕事や家族への想いを語り合った往復書簡エッセイ。

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05. 『Lille Foodremedies リレフードレメディーズ 小さくはじめる日々のお菓子』

長田佳子著 青幻舎刊 ¥2,750

余りもので料理をつくるようなスモールスタートのお菓子作り。

癒やしや回復を意味する、フードレメディーズという屋号で活動してきた著者は山梨に移住して以来、素材に対する向き合い方が変わったという。新しく買い足す素材は最小限。レモン、生クリーム、スパイス、ドライフルーツなど余りがちな食材を活用して作るお菓子のレシピ集。長田流の素朴なおやつは、日々の生活をほんの少し豊かにしてくれる。

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  • text: Harumi Taki

*「フィガロジャポン」2026年7月号より抜粋