「人はなぜ『ロマンス詐欺』に引っかかってしまうの?」映画『ラブ・ライズ』が描く現代人の孤独を、主演のサンドラ・ンにインタビュー!

Culture

2026年9月4日より全国順次公開の映画『ラブ・ライズ』(ホー・ミウケイ監督、脚本)は、日本でも社会問題化しているロマンス詐欺が題材の香港製ロマンティック・ラブコメディ。


本作で国際ロマンス詐欺の被害者となる裕福だが孤独なアラフィフ産婦人科医・ベロニカ役を好演し、「台湾のアカデミー賞」と称される金馬奨の主演女優賞にノミネートされたサンドラ・ンは香港映画界で長年活躍する名コメディエンヌだ。近年はプロデューサーとしても辣腕を振るい香港映画を次世代に継承すべく粉骨砕身し、プライベートでは18歳の娘を持つ母親でもある彼女が、自身の人生経験をもとに「人がロマンス詐欺に騙される理由」を考察する。


——ホー・ミウケイ監督から「脚本執筆の段階で“ベロニカ役にはサンドラさん以外考えられないと思い、オファーしたところ快諾いただけた」と伺いました。出演を決めた理由は?

以前は撮影中に都度セリフを渡されたり、コンセプトだけ聞かされていきなりカメラの前に立たされたりと、きちんとした脚本のない現場を嫌というほど経験してきました。あれは本当に辛かった。いまはもう、オファーの段階で完成した脚本がなければ出演を検討すらしません。もうそういう作品には出たくない、だったら家でゆっくり休んでいるほうがずっといい(笑)。

サンドラ・ン/Sandra Ng
俳優、プロデューサー。1965年、香港生まれ。100本以上の映画に出演、香港映画史上出演作累積興行収入1位(女優)の名コメディエンヌ。『古惑仔』シリーズの黒社会女ボス・十三妹役でブレイクし、『金雞』(2002年)で金馬奨最優秀主演女優賞。出演作に『チャウ・シンチーのロイヤル・トランプ』(1992年)、『ゼロからのヒーロー』(2021年)。© 2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

その点、『ラブ・ライズ』の脚本は見事なまでに完成されていました。しかも首部劇情電影計画(※1)の受賞作。高評価を得たのも納得のクオリティで、読み終えた段階で“この映画はもう半分以上成功している”と確信しました。なので脚本を読んですぐに出演を決めました。人物描写が際立って豊かだったことも背中を押してくれました。

※1 香港政府主催の新人監督支援助成金コンペ。エントリーには完成脚本の提出が必須。

そして何よりも決定的だったのは、プロデューサーのチャン・ヒンガーさんとジャネット・チョンさんに、「この映画、“美しい女”に演じてもらいたいんだよ」と言われたこと。思わず「え、それって(本作でロマンス詐欺団のナンバー2を演じた)ステフィー・タンさんのことですか?」と聞いたら「いや、その美しい女というのは、あなたのことだ」と……これを断れる人間がいますか? 詐欺師の口説き文句かと思いましたよ(笑)。

——(笑)ロマンス詐欺の被害者という役柄でしたが、事前に役作りやリサーチはしましたか? また撮影前後でロマンス詐欺やマッチングアプリへの印象は変わりましたか?

不妊治療で有名な産婦人科医として活躍するベロニカ。裕福で満たされた生活を送っているように見えるが、2年前、離婚を目前に控えた夫が急な心臓発作でこの世を去ってしまうという離別の過去があった。© 2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

私にも連日怪しい電話がかかってきます。少し前には同じ番号から立て続けに3度かかってきて、1度目は出なかった。2度目は「結構です」と言って切った。そうしたら3度目にまたかかってきて「なんで電話を切るんだ!?」と逆に怒鳴ってきたんです。詐欺を働こうとして電話してきておいて、被害者を叱るとは! 荒唐無稽にも程がありますよね(笑)。幸い感情を騙すような手口ではなく、何かを買えと言ってきただけでしたが『ラブ・ライズ』に登場する詐欺師たちと同じでした。状況に応じたマニュアルがあって、どんな反応にも対応できるよう訓練されている。でも実際の詐欺師は映画より遥かに大胆、かつ常識外れでした。

ロマンス詐欺という題材が身に迫るのは、決して他人事ではないから。ホー監督の周囲にも、私の知人にも、騙された人が少なくありません。数千万円単位で騙され、家まで売った人もいます。撮影前は正直「どうしてそんなことに引っかかるのだろう」と半笑いで聞いていた部分がありました。でも撮り終えてやっとわかったんです。人が騙される理由はただひとつ。誰もが心のどこかで深く孤独を感じていて、ただ誰かに気にかけてもらいたいと思っている。それだけのことなんですよね。

しかも本当に辛いことに限って、親しい友人や家族にこそ打ち明けられなかったりする。見ず知らずの相手のほうが案外本音を打ち明けやすかったりするし、そうすると自然と心を開いてしまう。だから気づいた時には、もう罠にハマっているんです。

「感情を凍らせた医師が、少女のような心を取り戻していく物語」

——今回演じたベロニカや『金雞』シリーズ(※2)の阿金など、人生経験や恋愛遍歴を重ねた女性役がサンドラさんの真骨頂です。ベロニカを演じるにあたり、自身の人生経験を重ねたり参考にしたことはありましたか?

※2 正統統派美人ではないものの愛嬌とユーモアセンスで人気を博した娼婦の笑いあり涙ありの半生を描く人気シリーズ映画(日本未公開)。サンドラはヒロインの阿金役を好演し第一作『金雞』(2002年)で金馬奨最優秀主演女優賞受賞

ベロニカは気難しくて完璧主義。腕の立つ産婦人科医という仕事柄、感情の起伏を封印することを求められています。両親が不仲の家庭で育ち「私は愛のない関係から生まれた子どもだ」とよく口にします。夫との関係も上手くいかず、しかもその夫が不慮の事故で亡くなってしまう。孤独の中でマッチングアプリを始め「フランス人エンジニア」を名乗る相手とマッチングし、いつしか本当に恋をしてしまう——感情を凍らせた医師が、少女のような心を取り戻していく物語です。

「フランス人エンジニア」だというアランとメッセージをやり取りするうち、ベロニカは彼に夢中になっていく。妄想はどんどん膨らんでいき……! © 2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

ベロニカがアランからのメッセージやプレゼントを受け取った時の、理性で感情を抑えようとしても、ついうれしさがあふれ出てしまう喜び方を演じるにあたり、実は娘を参考にしました。今年18歳で、いかにも少女らしい無防備な反応をする子で。あの年頃の少女って、うれしいことがあるとポジティブなエネルギーが身体を駆け巡るのか、不思議と踊り出しそうになるんですよね。普段から娘の表情や仕草をこっそり観察して、頭の中にストックしています(笑)。

浴室で倒れるシーンは、撮りながら胸が痛かった。唯一の親友は遠くにいるし、スマホの緊急連絡先には誰もいない。だからあの泣き方は、声を殺した、ひどく無力なものにしました。演じながら、自分にも同じような孤独な時期があったことを思い出していました。家庭を持つ前の数年間恋人がおらず、家族は海外に移住し、周りに気にかけてくれる人が誰もいませんでした。撮影が終わるといつも独りだったけど「孤独と向き合う力を身につけよう」と、自分に言い聞かせていました。恋愛がなくても、大勢の友人がいなくても、それが人生の欠落を意味するわけじゃない。あの数年で、独りでいることの自由を知りました。

「愛の確かさに、深く打たれた」

——ホー監督は「ある程度年齢と人生経験を重ねたからこそ、この脚本が書けた」と語っていました。サンドラさんご自身「年を重ねて良かった」と思うことは何ですか?

女優というのは本当に受け身な職業です。30代を過ぎると、良い役に出会う機会はぐっと減ります。40歳前後になると“母親役”ばかりになりがちです。ただ、私の場合、喜劇路線を歩んできたことで正統派の美女やヒロイン役にこだわらずに済んだ分、少し長く色々な役をもらえましたが。でも実は、母親役のオファーをことごとく断っていた時期がありました。役に縛られてしまう前に、もう少し長く自由に泳ぎたかったので。

ベロニカが「フランス人のアラン」だと思って連絡していたのは、国際ロマンス詐欺グループが創り出した幻想だった……。ベロニカと「アラン」を演じるジョー(MCチョン・ティンフー)の視点から物語が進む。© 2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

いまは考えを改めました。良い脚本があれば、そして自分の年齢に合った役であれば、何でも演じます。70代や80代でも現役で賞を獲り続けている女優は何人もいます。主役でなくてもいいし、自分の年齢と現状に似合う役に素直に向き合えばいい。自分にふさわしい脚本と出合える限り、何歳になっても演じ続けることができると確信しています。

——完成した『ラブ・ライズ』をご覧になり、どう感じましたか? 撮影中に最も印象に残っていることは?

ポストプロダクションの段階で、すでにラフカットは何度も観ていました。モノローグのアフレコがあり、私も作業に立ち会っていたので。今回はホー監督が自ら脚本・演出した初の長編映画だから、細部にいたるまでこだわりがものすごかった。処女作だからこそ「理想の完成形に少しでも近づけたい」という思いが強くなることは、当然ですよね。

「亡き夫との思い出のある札幌へ旅をしよう」と約束したベロニカと「アラン」。ところが事態は予想外の方向に……。© 2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

音楽が入った完成版を初めて観たのは2024年3月の香港国際映画祭でした。上映後には客席から惜しみない拍手が鳴り止まなかった。あの瞬間の高揚感は決して忘れません。でも正直、ジョー役のMCチョン・ティンフーさんの熱狂的なファンが会場のボルテージを2割増しにしているかも?とも感じていました(笑)。ファンって贔屓目になるものですし。

なので後日、信頼できる友人らに改めて観てもらったところ「こういう映画、久しぶりに観た」と口を揃えて言うんです。ラブストーリーとして、あるいはそれ以上の何かとして、画面から伝わってくる空気の本物らしさ、愛の確かさに、深く打たれた、と。それを聞いてやっと安心できました。

正体を明かさず、ベロニカを追うジョー。ベロニカの恋の行方は? © 2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

『ラブ・ライズ』は本当に特別な作品でした。相手役のMCさんとは対面での芝居がほぼなくて、ひたすらスマホ相手に演技しました。MCさんと私は劇中に一度も視線が合いませんけど、たった一度だけ、最後の最後に目が合うんです。注意深く観ていただければ、きっと気付くはず。あれはホー監督のとびきりロマンティックで、粋な計らいだと思っています。

『ラブ・ライズ』(原題:『我談的那場戀愛』)
●監督・脚本/ホー・ミウケイ(何妙祺)
●出演/サンドラ・ン(吳君如)、MCチョン・ティンフー(張天賦)、ステフィー・タン(鄧麗欣)、チャン・ファイホン(陳輝虹)、ロナルド・チェン(鄭中基)、ジョー・コク(谷祖琳)、アルマ・クオック(郭爾君)、ラム・イウセン(林耀聲)ほか
●2024年、香港映画 ●114分
●配給・宣伝:サロンジャパン
9月4日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国順次ロードショー
https://www.love-lies-movie.jp/

  • interview & text: Suimitsutoh Kureinaino