「映画界における日本映画の現在地」第79回カンヌ国際映画祭、注目された作品は?

Culture

今年のカンヌ国際映画祭では、混迷する世界で人間性を問い直す作品に焦点が当てられた。日本映画にも大きな注目が集まった世界最高峰の映画祭の模様をリポート!


日本映画が多数! マルシェでも存在感を発揮。

カンヌ国際映画祭で、作品を上映するのは狭き門だ。今年も世界中から2541本の作品の応募があったが、公式セレクション作品として上映されたのは76本のみ。そんな中で、メインのコンペティション部門に、是枝裕和、濱口竜介、深田晃司という日本人監督の作品が選出された。コンペティション部門に日本人監督の作品が3本も入るのは、25年ぶりの快挙となる。また、「ある視点」部門に岨手由貴子監督、カンヌ・プレミア部門に黒沢清監督、併設された「監督週間」に新人の門脇康平監督によるアニメーション作品が選出され、日本映画界の豊かさの健在ぶりを見せつけた。

一方、映画祭と同時期に開催されている見本市のマルシェでも日本にフォーカス。日本が公式のスポットライト枠であるカントリー・オブ・オナーを担い、トークショーやパネル、パーティなど、多彩なイベントを開催。映画界における日本映画の現在地を示し、大きな印象を残した。

女優賞/コンペティション部門
『急に具合が悪くなる』

© 2026 Cinéfrance Studios ‒ Arte France Cinéma ‒ Office Shirous ‒ Bitters End ‒ Heimatfilm ‒ Tarantula ‒ Gapbusters ‒ Same Player ‒ Soudain JPN Partners

ふたりのマリーが問い直す、他者とともに生きること。

パリ郊外の介護施設の施設長マリー=ルーと、がんに罹患した日本人演出家の真理。ふたりは偶然に出会い、病の進行とともに関係を深めていく。ケアを美談に回収せず、制度、労働、創作、死の予感が交差する場として描く。ケアする者とされる者の非対称性を揺さぶり、他者とともに生きることを対話と身体の変化から問い直す。ヴィルジニー・エフィラと岡本多緒の緊密な演技が、思想を血の通った映画へと変えている。原案は、哲学者の宮野真生子と文化人類学者の磯野真穂が往復書簡で綴った同名ノンフィクション。濱口監督は原作が投げかけた、病とは何か、他者とともに生きるとは何か、という問いをオリジナルストーリーへ昇華。人と人が魂で結びつくことを感傷ではなく豊かな対話の中に描き出した。

『急に具合が悪くなる』
●監督・脚本/濱口竜介
●出演/ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒、長塚京三、黒崎煌代ほか
●2026年、フランス・日本・ドイツ・ベルギー映画 ●196分 
●配給/ビターズ・エンド ●全国にて公開中

コンペティション部門
『箱の中の羊』

©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

愛や家族、母性のあり方を問い直すヒューマンドラマ。

2年前に7歳の息子を亡くした建築家の音々と工務店を営む夫の健介。夫婦は息子そっくりのヒューマノイドを迎え入れる。しかしその存在は記憶や後悔を突きつけ、ふたりの関係に変化をもたらしていく。SF 的な設定ながら、その関心はテクノロジーではなく、人間の喪失やグリーフケアに向けられている。これまでの是枝作品と同様、社会の周縁に置かれた人へ眼差しを注ぎ、愛や家族、とりわけ母性のあり方を問い直すヒューマンドラマだ。『万引き家族』でパルムドールを受賞した是枝監督にとって、10回目のカンヌ出品。

『箱の中の羊』
●監督・脚本・編集/是枝裕和
●出演/綾瀬はるか、大悟(千鳥)、桒木里夢、清野菜名、寛一郎、余貴美子、田中泯ほか
●2026年、日本映画 
●125分 ●配給/東宝、ギャガ 
●全国にて公開中

コンペティション部門
『ナギダイアリー』

©2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

岡山県・奈義町に着想を得たオリジナルストーリー。

自衛隊の駐屯地と現代美術館がある小さな田舎町。そこに暮らす彫刻家の寄子のもとに、弟の元妻である建築家の友梨が訪れる。近所に暮らす中学生の少年たちと過ごすうち、それぞれの抱えた過去や思いが複雑に絡み合っていく。平田オリザの戯曲『東京ノート』と岡山県の奈義町に着想を得たオリジナルストーリー。セクシュアリティや家族、共同体を巡る固定観念を揺さぶり、他者とともに生きることの困難さと希望を繊細に描き出す。『淵に立つ』で「ある視点」部門審査員賞を受賞した深田監督の初コンペ入りとなった。

『ナギダイアリー』
●監督・脚本/深田晃司
●出演/松たか子、石橋静河、松山ケンイチほか
●2026年、日本・フランス・シンガポール・フィリピン映画
●110分 ●配給/スターサンズ
●9月25日より、全国にて公開

「ある視点」部門
『すべて真夜中の恋人たち』

沈黙や間合い、光の美しさで心の襞を描き出す。

川上未映子の同名長編小説の映画化。フリーランスの校閲者として孤独な日々をおくる冬子(岸井ゆきの)は、物理教師の三束(浅野忠信)と出会い、少しずつ心を開いていく。原作が言葉によって掘り下げた心の襞を、映画は沈黙や間合い、そして真夜中にだけ立ち現れる光の美しさへと変換。岸井は感情を抑え込む冬子の繊細な揺らぎを見事に体現する。恋愛の成就ではなく、他者と出会うことで自分の世界の見え方が静かに更新されていく過程に寄り添う。映画だからこそ捉えられる時間と光の感覚を豊かに刻み込んだ一本。

『すべて真夜中の恋人たち』
●監督・脚本/岨手由貴子
●出演/岸井ゆきの、浅野忠信、森田望智ほか
●2026年、日本映画 ●139分
●配給/ビターズ・エンド 
●11月13日より、全国にて順次公開

カンヌ・プレミア部門
『黒牢城』

©米澤穂信/ KADOKAWA ©2026映画「黒牢城」製作委員会

人間の不可解さを解かずに描く黒沢清の真骨頂。

米澤穂信の直木賞受賞作の映画化。戦国時代劇でありながら、密室ミステリーで濃密な会話劇でもある。物語は、織田信長に反旗を翻した荒木村重(本木雅弘)が、敵方の軍師の黒田官兵衛(菅田将暉)を地下牢に幽閉するところから始まる。城内で相次ぐ不可解な事件に、村重は牢中の官兵衛に知恵を求め、ふたりの緊迫した対話を通して真相へ近づいていく。長回しと奥行きのあるカメラワークは掴みどころのない人物像を際立たせ、サスペンスへと変えていく。人間の不可解さを解かずに描くことこそ、黒沢清の真骨頂である。

『黒牢城』
●監督・脚本/黒沢清
●出演/本木雅弘、菅田将暉、吉高由里子、青木崇高、宮舘涼太、柄本佑、オダギリジョーほか
●2026年、日本映画 ●147分
●配給/松竹 ●全国にて公開中

監督週間
『我々は宇宙人』

©NOTHING NEW, MIYU PRODUCTIONS

少年時代の幸福と残酷さを鮮烈に刻みつける作品。

普通であることに息苦しさを抱える小学3年生の翼。クラスの人気者で特別な存在の暁太郎と親友になるが、ある出来事を境に決定的に変わってしまう。過去と現在が交錯するストーリーを展開する。企画、脚本、監督を務めた門脇康平はYOASOBIなどのMVで注目を集めた新鋭作家。本作でも写実的な背景美術と繊細な演出で、少年時代の幸福と残酷さを鮮烈に刻みつける。社会からこぼれ落ちそうな者の孤独を描きながら、その痛みを甘いノスタルジーへと回収しない鋭い視点に、監督の大器を感じる。

『我々は宇宙人』
●監督・脚本/門脇康平
●声優/坂東龍汰、岡山天音ほか
●2026年、日本・フランス映画
●118分 ●配給/TOHO NEXT・NOTHING NEW
●9月25日より、全国にて公開

  • text: Atsuko Tatsuta
  • editing: Momoko Suzuki

*「フィガロジャポン」2026年9月号より抜粋