退団後カメラマンへと転身、オペラ座ダンサーのしなやかな生き方。

Paris

オペラ座ダンサーの定年は42歳だ。それまで舞台を続けながら高等教育を受ける、家庭を築く、資格を取る、カンパニーを移籍するなど、77名の女性ダンサーそれぞれにダンス人生がある。


前に出るより一歩引いた姿勢が自分らしい。退団し、カメラマン人生をスタート!

Lucie Fenwick
リュシー・フェンウィック

Ⓒ Dino Bergualia

リュシー・フェンウィック
パリ・オペラ座バレエ学校を経て、2006年に入団。25年7月に退団。

JRが自身のプロジェクト用にニューヨークのエリス島で彼女を撮影した写真。Ⓒ JR

決して多くはないが、42歳の定年を前にオペラ座を自らの意思で去るダンサーがいる。ほかのダンスカンパニーに移籍する人もいれば、ヨガの教師や経営コンサルタントなどまったく異なる業種へ転職する人もいる。リュシー・フェンウィックの場合は、写真家を目指して昨年退団した。入団19年後、定年5年前のことだ。
「自分のメンタル面での健康と、オペラ座の年金のシステムによる定年後の保障。その間で揺れ動いて……。でもオペラ座が自分の居場所であると感じられなくなっていたこともあり、より自分に合う道を選ぶという危険を冒すことを選びました」

 新型コロナウイルス感染症対策で自宅待機をしていた時に、頭の中でくすぶっていた思いを実現した形だ。「入るのも難しく、去るのも難しい」とオペラ座を語るリュシー。退団するまでの5年間、仕事を続けながら何度か無給休暇をとって旅をした。
「私たちってバレエ学校時代からミクロコスモスにいて、同じ人たちと一緒に成長しています。これってちょっと特殊で奇妙。でも美しい。それが気に入ってはいたのだけれど、そこから離れる必要を徐々に感じて……。自分を試したいと思って旅へ出ました。ひとりになる必要を感じ、また遠くへ行く必要も感じてベイルート、グァテマラなどへ。モロッコでは孤児にダンスのレッスンをするなど、自分が踊るのとは別の方法でのダンスでの接触を試みました」

 オペラ座が持つ卓越した美しさや厳格さ。その中で自分の限界に挑み続けた。しかし仕事の時間帯などに疲弊し、自分を見失い……。クラスレッスンに出る回数も減り、装いもダンサーらしくなくなった。それまで“献身”の気持ちで接していたダンス。オペラ座から逃げ出したいという気持ちから反抗的になっていた彼女に、父親が「辞めるなら、きれいな去り方をしなさい」と伝えた。
「オペラ座では職業研修を提供しています。定年42歳のカンパニーなので、次の仕事のためにキャリアの終わりに受講するダンサーが多いけれど、辞めるならば受けられるものなので私も活用しました。もともと写真に強い関心があり、その世界を見てみたいと思ってパリのゴブラン校で職業研修を受けました。成人6人のクラスで、2カ月と短期のものだったけれど、写真の道に進もうと決心することができたんです」

イヴォン・ドゥモル創作『Supercorps』のリハーサルから。
パレ・ドゥ・トーキョーでのシャロン・エアルの公演『Symbiosis』のリハーサルを撮影。エアルが気に入り、写真はプロモーションに使われた。Ⓒ Lucie Fenwick

 次にしたいことが見えて退団を決めた後、オペラ座の許可を得て彼女はダンサーとしてリハーサルに臨む際、カメラを持ち込みリハーサルの撮影を行った。この経験を通し、自分は写真を撮りたいのだという願望を再確認。それに被写体と距離を置き、後ろに一歩引いているという写真家の位置も彼女の性格には合っていた。同時に、大勢の団員の中で前へ前へと自分をアピールしなければならないことに居心地の悪さを感じていたことにもあらためて思いいたった。在籍中、その場にいる正当性を感じられずにいたというリュシー。それでインスタグラムのプロフィールに以前はパリ・オペラ座とは書いていなかったのだが、退団して初めて、そう書くことができたと笑う。

退団前にオペラ座でリハーサルを撮影したピナ・バウシュの『青髭』

 19年の間、素晴らしいステージ体験はいくつもあり、なかでも強い体験はウェイン・マクレガーのカンパニーにオペラ座のダンサー5名とともに招かれて、『Tree of Codes』の創作とツアーに参加したことだ。ステージを降りたいま、懐かしく思うことがあるとしたらグループが生み出す刺激的なエネルギーだという。
「私にとって写真は転職ではなく、ダンスの延長線上にあります。ダンスが持つ激しさを写真で追体験するのです。オペラ座の日常に常に存在していたアドレナリン、燃えるような情熱を写真撮影によって取り戻したいと願っています」

作品から。感情、視線、ジェスチャーなど刹那に生まれる強い何かを写真に求める。Ⓒ Lucie Fenwick

 不可視を可視化する。これが彼女を刺激する。パリ市内の写真スタジオで見習い体験をし、ファッションブランドでショーのバックステージを撮影し、先日はアーティストJRのプロジェクトのバックステージを撮影する機会に恵まれた。初仕事である。オペラ座への愛もダンスへの愛も持ち続ける彼女が、カメラマンとしてオペラ座に戻れたら、と思うのも不思議はないだろう。そんなところ、秋に踊られる作品の撮影を任されるかもしれない、という朗報が!

  • editorial direction & text: Mariko Omura
  • editing: Eri Arimoto

*「フィガロジャポン」2026年9月号より抜粋