4年の修復で蘇った歴史的邸宅。シャツメゾンの美しいアトリエを訪ねて。【アールドゥヴィーヴルへの招待】

アールドゥヴィーヴルへの招待 vol.15
モード、カルチャー、ライフスタイルを軸に、豊かに自由に人生を謳歌するパリジェンヌたちの知恵と工夫を伝え続けてきたフィガロジャポン。
その結晶ともいえるフランスの美学を、さまざまな視点からお届け。

シャツブランドのブリエンヌ パリ ディス創業者カリーヌ・ベグベデが、2016年から夫のシャルルとともに修復を手がけたパリの邸宅。ここには、ディレクトワール様式の美学がいまなお鮮やかに息づいている。
「初めてこの邸宅を訪れた人の反応を見るたびに私もワクワクします」
目をキラキラさせてそう語るカリーヌ・ベグベデの表情には、この場所への愛情と誇りが滲み出ている。彼女に案内されたのは、パリはオートヴィル通りにひっそりと佇む18世紀末の邸宅、オテル・ドゥ・ブリエンヌ。通りからはその存在をほとんど感じさせないが、暗証番号付きの扉を抜け、ポーチとエントランスホールを進んだ先には別世界のような中庭が現れる。ここは、フランス革命後に広がりを見せたディレクトワール様式をいまに伝える数少ない貴重な建築であり、1927年には歴史的建造物にも指定された貴重な場所。外観は控えめながら、内部には夢のような装飾空間が広がっている。

Carine Beigbeder
2017年、白シャツに特化したブランド Bourrienne Paris X(ブリエンヌ パリ ディス)を、デザイナーのセシル・フォシュールとともに立ち上げる。さりげないディテールが効いたデザインと上質なヨーロッパ製の素材が魅力のシャツは日本でも好評。
「いま思えば、かなり大胆な決断でした。フランス建造物建築家(ABF)の監修のもと、修復には4年もの歳月がかかりましたから。でも、壁や天井の幾重もの塗装の下に素晴らしい装飾が隠されているのを発見した瞬間、この邸宅がかつてどれほど壮麗だったかを実感したんです。本来の姿を取り戻さなくては! と心から思いました」

夫妻は建物修復の進行を間近で見守るため、2017年にはそれぞれの仕事場をこの邸宅へ移した。装飾ひとつひとつの本来の色彩を忠実に再現していく作業過程を間近で見ていたカリーヌは、いまや建築や装飾の細部について語れるほど知識を深めた。印象的なのは細長いダイニングルーム。寄木張りの床に並ぶ円柱は実は大理石ではなく、トロンプルイユによって緑色の大理石風に仕上げられている。

「フランス革命後のディレクトワール時代は財政難の時代でもありました。だからこそ本物の高級素材ではなく、装飾技法によって豊かさを表現していたのです。ここには煌びやかな豪華さはありません。黄、青、白の色彩コントラストと繊細な装飾によって、この家の美しさは成り立っているのです」小サロンには当時流行したポンペイ風装飾、大サロンには花綱やドレープ、ブルーと白のスタッコ仕上げ、唐草模様、植物や鳥、蝶など古代ローマを思わせるモチーフが広がり、空間全体に優雅なリズムを与えている。

「実はブリエンヌ パリ ディス自体、この邸宅から生まれたブランドなんです。シャツの袖にあしらわれた小花模様がこの家の装飾から着想を得たものだったりと、デザイナーのセシル・フォシュールは、邸宅に残る装飾や歴史研究からさまざまなインスピレーションを得ています」
現在カリーヌのプライベートオフィスとなっているのは、邸宅の初期オーナーのひとり、フォルチュネ・アムランの寝室だった部屋だ。
「彼女は、“メルヴェイユーズ”と呼ばれる女性のひとりでした。ナポレオン1世やナポレオン1世の妻となるジョゼフィーヌとも親交があり、この場所で華やかなサロンを開き多くの有力者を招いていました。いまで言えば、まさに“インフルエンサー”ですね」

その後、この邸宅はナポレオン1世の秘書官、ルイ・フォーヴレ・ドゥ・ブリエンヌの所有となり、その名が現在まで受け継がれている。さらにオフィスに隣接する広いバスルームもまた圧巻だ。小円柱や鏡、ペディメント装飾に彩られた空間には、ソファに変形して隠すことまでできるバスタブが備わる。庭ももちろん、邸宅全体には歴史的意匠とモダンな感性が自然に溶け合う空気が漂っている。
「素敵な邸宅ではありますが、ここを博物館のようにする気はありませんでした。私たちが目指したのは、“いまを生きる場所”にすること。とはいえ無機質なオフィス家具を並べた単なる仕事場にもしたくない。シャルルと私は、ここに合ったディレクトワール様式やアンピール様式の家具を手に入れるために定期的にオークションにも通いましたし、同時に現代家具も積極的に集めました。たとえば大きなダイニングテーブルは特注品。オーク材のチェア『Bok』はエスニクラフトのものです。“文化遺産と快適さ”、その両立こそが私たちが目指していることなのです」


過去と現在が静かに呼応する邸宅は、訪れる人々をたちまち魅了する。
「デザイナーのオリヴィエ・ティスケンスも、ここでファッションショーを開催しました。私たちは、ジャンルを超えてさまざまな人を迎え入れたいと思っているんです。ここで生まれる出会いやイベントが、特別な感動に繋がるから。夏には庭も開放します。セイヨウハナズオウの花が咲く頃は、本当に美しい景色になるんですよ!」
●1ユーロ=約175円(2026年10月現在)
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- photography: Thierry Lebraly(Madame Figaro)
- styling: Gloria Stocco(Madame Figaro)
- text: Zahra Muyal(Madame Figaro)
*「フィガロジャポン」2026年8月号より抜粋