94歳の巨匠フレデリック・ワイズマン、ドキュメンタリー『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』で描いた「本当の美食」とは?

インタビュー 2024.07.19

『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』『ボストン市庁舎』など、これまで40本以上のドキュメンタリーを制作し、アカデミー賞名誉賞を受賞している94歳のフレデリック・ワイズマン監督。押しも押されぬ巨匠ながら、そのフットワークの軽さには驚かされる。

新作の舞台は、彼にとって初めての分野となったフランスのミシュラン3ツ星レストラン、トロワグロ。それも偶然食事に行ったのがきっかけで生まれた企画だという。240分という、彼の作品のなかでは「短め」の尺のなかで、フランス随一の料理人ファミリーの織りなす厨房のドラマと、彼らの歴史が、その日常的な仕事を通して徐々に浮かび上がってくる。芸術的に美しい皿、そこにかける労力と情熱を静かに掬い取る巨匠の視点。そのマジックの奥義を探るべく、ワイズマンに話を聞いた。

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「3ツ星レストランのドキュメンタリー」は、偶然の出会いから生まれた。

ーー本作のきっかけからお伺いしたいのですが、なぜ突然、3ツ星レストランのドキュメンタリーを撮ろうと思われたのでしょうか。以前から美食家でいらしたのですか。

いいえ、きっかけはまったくの偶然なんです。2020年の夏、私はブルゴーニュの友人のところに滞在し、何か彼らにお礼をしたいと思い、ミシュランガイドでおいしそうなレストランを探したのです。それで見つけたのがトロワグロのレストランでした。

みんなでランチをした後、シェフのセザール(・トロワグロ)が各テーブルを回ってきて、我々のところにも挨拶に来てくれました。それで私は特に深い考えもなしに「実はわたしはドキュメンタリー監督なのですが、あなたのレストランについて映画を作ってもいいですか?」と尋ねた。するとセザールは「父(=ミッシェル・トロワグロ)にも話してみますので、ちょっと待ってください」と言った。それで30分後ぐらいに戻ってきて、「いいですよ」と。

実は映画を作り終わってから知ったのですが、その日ミッシェルは不在で、セザールはウィキペディアでわたしのことを調べ、わたしがちゃんとした映画監督であることを知ったそうなんです(笑)。その後何度かふたりと会ったり、手紙でやりとりをしたあと、彼らは書面で許可をくれました。

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映画中の場面より、厨房で指揮を執る長男のセザール・トロワグロ。

――撮影のあり方としては、あなたのこれまでの流儀と変わりはありませんでしたか。企業秘密があったり、撮影を断られたりすることは?

彼らは私に好きなものを撮る許可を与えてくれました。もちろん、もしノーと言われたらそれを受け入れるしかないわけですが、まったくコントロールはなかった。私は映画を撮る時、誰のコントロールも受けません。仕上げに関しても、作品をコントロールするのは良くも悪くも私だけなのです。

もちろん、彼らの動きに合わせる制約はありました。たとえば火曜の午前中は厨房で過ごすとか、金曜はレオ(ミッシェルの次男)のレストランに行くとか。でもそんな程度です。

ドキュメンタリー制作のモデルはわたしにとって「ラスベガス」なのです。つまり、サイコロを振ってみないと何が出るかわからない。でもサイコロを振るためにはその場にいないとできない。だからいつなんどきでも何かを捉えられるように、撮影の準備をしておかなければならない。冒頭を逃したら、何が起こっているのかわからない、ということになりかねない。

――つまり、ドキュメンタリーの脚本を書くなどということは、あなたにとってナンセンスなことなのですね。 

そうです。作る前に映画がどうなるかなんてわからないし、ハプニングこそおもしろいのですから。

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「監督が知りたがっていることは、ゲストたちも知りたがっている」

――インタビューやナレーションを一切用いない、というあなたの手法は本作でも徹底しています。トロワグロは代々続いているファミリー・ビジネスという点が他の3ツ星レストランとも大きく異なりますが、その素晴らしさは本作のなかでことさら強調されているわけではない、自然に浮かびがってくるものですね。時には顧客との会話によって。

トロワグロファミリーについては、おおよそは知っていましたが、それをテーマにしようと初めから考えていたわけではない。だから顧客が質問してくれたことは、私にとって金の鉱脈だったわけです。なぜなら私自身は質問をしないから。人々は好奇心が強い。私が知りたがっているのと同様、人々も知りたがるわけです。

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スタッフたちによる試作と3代目シェフ、ミッシェル・トロワグロの試食、アドバイスを経て、芸術的なひと皿が完成。美しい料理がゲストの前に運ばれていく。

――トロワグロファミリーはあらゆることにおいて、「卓越すること」にこだわっている点でまさに芸術的行為と言えますが、あなた自身はどんなところが印象的でしたか。本作の体験によって食に対する考えは変わりましたか?

おっしゃる通り、彼らはすべてに対してこだわりがある。私自身は本作の前には、有機食品にそれほどこだわりがあったわけではありませんし、バイオダイバーシティ(生物の多様性)についてもよく知らなかった。でも彼らのこだわり、そして彼らを取り巻く畜産農家やチーズ職人のこだわりなどは、わたしの頭に新たなディメンションを与えてくれました。高級レストランであるというだけでなく、環境にも気を配っているのは素晴らしいことです。

料理はアートフォームだというのはわかっていましたが、バレエのようだと思いました。それは、常に変わるという点で。美しい皿も5分後には変化する。アートは調理にあるだけではなくプレゼンテーションにもあるので、見た目もとても大切になってくる。そういったすべての細かい仕事が、わたしたちに供されるひと皿のなかに凝縮しているわけです。

私の食に対する考えですか? こんなレストランでいつも食事ができるほど稼ぎがあればいいなと思いました(笑)。

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「観客はいつも自分よりスマートだと思っている」

ーー編集のプロセスについて教えてください。先ほど、撮る前はどうなるかわからないとおっしゃっていましたが、撮影した後、監督の意図により、一本の映画として構築されていくのが編集のプロセスですよね。 

そうです。撮影を150時間ぐらいしたのですが、そのラッシュをすべて観て、そこからチョイスしていきました。半分ぐらいは捨てて、使えそうなものをピックアップした。その時点でまだ映画の構造のアイデアはありません。それから候補になる要素を繋げ、そこで初めてストラクチャーが見えてきました。

というのも、使うものがある程度決まった段階でないと、構成ができないからです。ここまでの段階で8ヶ月ぐらいかけています。そのあと3、4日間でアウトラインを作りました。自分自身に問いかけ、言葉にしながら、何をどこに置いてどう繋げればいいか理屈づけをしていきました。

――トロワグロファミリーは本作をご覧になったのですか。

ラフカットの段階で見てもらいました。コントロールのためではなく、明らかな間違いがないか見てもらうために。幸いそれはなく、彼らも気に入ってくれました。もちろん私も気に入っています。私がドキュメンタリーに望むことは、複雑さを捉えることです。私は大衆性を狙って単純化することが嫌いです。というよりそれは、観客への冒涜だと思います。観客が何を考えているかなんてわからない、観客はいつも自分よりスマートだと思っている。だからより多くの人に観てもらうために単純化する必要などないと思うのです。

――あなたは世界のさまざまなところに赴き、そこで働く人々をカメラに収めていますが、その尽きないモチベーションの秘密は何でしょうか。

この仕事が好きなのです。それに好奇心が強い。毎回さまざまな異なる世界を見ることができるのは幸運なことだと思っています。時には恐ろしく時間が掛かったりすることもありますが、それも含めてとても楽しい。

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Frederick Wiseman/映画監督 1930年、マサチューセッツ州ボストン生まれ。1954年にイェール大学ロースクール修了、弁護士として活動するかたわらイェール大学やハーバード大学で講師として教壇に立つなど、優秀な若手法律家として将来を嘱望されるも映画への情熱を捨てきれず転職。近作に『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』(2014年)、『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』(17年)、『ボストン市庁舎』(20年)など。2016年、アカデミー賞名誉賞を受賞。
『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』
監督・制作・編集/フレデリック・ワイズマン
出演/ミッシェル・トロワグロ、セザール・トロワグロ、レオ・トロワグロ、マリー=ピエール・トロワグロほかレストランスタッフ
2023年、フランス映画、240分
配給・宣伝/セテラインターナショナル
https://www.shifuku-troisgros.com
©2023 3 Star LLC. All rights reserved.
8月23日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

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text: Kuriko Sato

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