オペラという音楽の世界に、全身で携わってきた。
ヨアナ・マルヴィッツ/指揮者
1986年、ドイツ・ニーダーザクセン州生まれ。幼少期からバイオリン、ピアノを始め、ハノーファー音楽演劇大学に進学。2013年、エアフルト劇場の音楽総監督の就任を皮切りに名だたる劇場で指揮を執り、24年にはニュルンベルク州立劇場の名誉指揮者の称号を贈られた。
世界三大歌劇場のひとつで、規模、知名度ともに世界最大級のニューヨークのメトロポリタン歌劇場(通称MET)。約140年の歴史をもつMETの最新公演が映画館で観られる「METライブビューイング」は世界70か国以上で上映されている。最新作『フィガロの結婚』(モーツァルト作曲)でピットに入るのはドイツ出身、1986年生まれのヨアナ・マルヴィッツ。METの指揮台に立つのはこれが初となる。
「ライブビューイングの本番は明日ですが、この上演に参加できることはとても喜びに思っています。『フィガロの結婚』は20年以上もいろいろなところで振ってきたので、身近に感じているオペラです。METのオーケストラは驚異的! たとえば一カ所の細部を突っ込んで指摘すると、その部分だけでなく音楽全体が変化していくのです。一人ひとりが優秀で素晴らしいプレイヤーです」
モーツァルトのオペラでも『フィガロの結婚』は金字塔的な名作だと絶賛する。
「有名な序曲からさまざまなアリアが続き、細かい転換があり、レチタティーヴォ(台詞を語るように歌うパート)があり、フィナーレまでどこをとっても素晴らしい。2幕の終わりでは、モーツァルトは大勢の人たちに同時に話をさせます。しかもみんな違う感情を持っている。聴衆はなぜこれについていけるか? それは音楽に乗っているからなのです」
初めてオペラを振ったのは19歳の時。20代でドイツの歌劇場の首席指揮者兼総芸術監督を歴任、ニュルンベルク州立劇場では名誉指揮者の称号も与えられた。
「私の人生はずっと音楽とともにありました。幼い頃にバイオリンとピアノを習い、ティーンエイジャーでオペラを発見しました。それを聴いた瞬間、クラシックに全身で関わっていきたいと思いました。それには指揮をするしかないと考えたんです。19歳からドイツの小さな歌劇場でいろいろな仕事をしていました。指揮もしましたし、アシスタントやピアノ伴奏、上演に関わるたくさんの仕事をしました。モーツァルト、プッチーニ、R・シュトラウスに、フリーランスだった時期にはワーグナーも振っていたんですよ」
21世紀も四半世紀が過ぎ、女性指揮者の活躍が目覚ましい。クラシックは男性優位社会、という時代は終わったのだろうか。
「私自身は差別的なことは感じたことはありませんし、そのような(ハラスメントのような)話も聞かないことにしています。私の周りには才能ある女性指揮者が大勢いるので、これからもどんどん頭角を現してくると思います」
世界中のオーケストラからのオファーが殺到する中、プライベートでは4歳になる息子の母親でもある。新しい時代のクラシック音楽を牽引していく颯爽としたキーパーソンのひとりだ。
©Evan Zimmerman/Metropolitan Opera
物語の舞台はセビリアのアルマヴィーヴァ伯爵邸。従者フィガロは伯爵夫人の侍女スザンナと結婚目前、だが伯爵はスザンナを我がものにしようと企んで......。
5月30日から東劇、新宿ピカデリーほか全国21館で上映。
https://www.shochiku.co.jp/met/program/6003/
*「フィガロジャポン」2025年7月号より抜粋
photography: Nikolaj Lund text: Hisae Odashima