「自分らしさ」が、人の可能性を広げる。Givin’ Back 木下直美が挑むHR支援。【女の生き方、働き方】

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自らの感性を大切にしながら働き、暮らすことをとおして、より良い未来を築いていく──そんな女性たちが紡ぎ出す印象的な言葉とともに、さまざまな働き方と生き方の物語を紹介します。


人材を「資本」と捉え、個々の力を引き出しながら組織の成長へと繋げるHR(Human Resources)。その役割は、いまや採用や労務管理にとどまらない。管理職不足や若手社員の早期離職など、人材をめぐる課題が深刻化するいま、戦略的な人材マネジメントの重要性はますます高まっている。

そんなHR領域を支援し、テクノロジーの力も合わせて変革を起こそうとしているのがGivin’ Backの代表、木下直美だ。

木下直美:1986年台湾生まれ。日本人の父と台湾人の母を持つバイカルチュラルな環境で育ち、海外の多様な文化の影響を受ける。住友不動産販売で個人・法人営業の不動産売買仲介に従事後、リクルートライフスタイル入社。トップ営業として通期表彰など複数の表彰を受賞。社内外のチームマネジメントを行う。2022年2月、Givin’ Backを創業。

Givin’ Backが提供するのは、企業の「人」にまつわる課題を根本から解決へと導いているHRコンサルティング。人材戦略の立案からマネジメント研修、組織変革の実行までを一気通貫で伴走し、多様な人材が自分らしく力を発揮できる組織づくりを支援している。

木下がリクルートライフスタイル時代に培ったチームマネジメントの経験が、サービスの礎になっている。現場で得た知見を科学的なエビデンスと掛け合わせ、独自のメソッドへと昇華。研修を通じて管理職の育成や組織変革を後押しする。

「リクルートライフスタイルで初めて経験したマネジメントは、トップダウンで引っ張ろうとしてうまくいきませんでした。上司やメンバーとの対話を通じて、マネジメントは数字や結果を管理することではなく、個々の強みや経験を理解し、成長や自己実現を支援することだと気づきました」

Givin’ Backの掲げるビジョンは、「自らの可能性を信じ、成長を楽しめる社会を創る」。

もうひとつ、Givin’ Backを特徴づけているのが、対人スキルが不可欠なHR領域に、AIをはじめとするテクノロジーを積極的に取り入れていること。

「AIは標準化や効率化、ルーティンワークを得意としています。人間とテクノロジー、それぞれの強みを掛け合わせることで、組織の可能性はもっと広がると思っています」

テクノロジーは、人に置き換えるためではなく、人の可能性を引き出すためにある――。人間の可能性を信じているからこそテクノロジーを使う、木下らしい発想だ。


起業は夢ではなく、明確な目標だった。

起業は、勢いで決めた選択ではなかった。

木下は大学選びも就職先も、その先にある起業を見据えて決めてきたという。新卒で入社した大手不動産会社を経てリクルートへ転職したのも、営業力だけでなく、組織づくりやマネジメントを学ぶためだった。

「リクルートには起業志望であることを伝えて入社しました。組織づくりを学べそうな部署を希望したり、社内の新規事業コンテストに挑戦したり。業務の傍らで新規事業の講義も受けていました」

トップ営業として複数の表彰を受けながらも、そのキャリアはあくまで通過点。木下にとって起業は、いつか叶えたい夢ではなく、着実に準備を重ねてきた目標だった。

木下が生み出したAIプラットフォーム「CoreUniq」はコンテストで2冠を受賞。授賞式の様子。

とはいえ、起業後の挑戦は決して平坦ではない。

HR領域にテクノロジーを取り入れることを掲げながら、木下自身にテクノロジー分野での経験がなかった。それでも事業をブーストするために生み出した育成専門AIプラットフォーム「CoreUniq(コアユニーク)」は、自らコーディングを学び、約1,700時間を費やして木下自身が開発したという。

「スタートアップとして営業の現場に立ちながら、10か月間、寝る間を惜しんで作りました」

華やかなスタートアップのイメージとは対照的に、その歩みは地道な試行錯誤の連続。

「勉強して、考えて、検証して、いろんな人に話を聞きに行って、ヒントを得ながら自分でトライアンドエラーを繰り返して。本当に忍耐です。スタートアップは、たった1%の成功確率を追い続ける世界だといわれますが、それくらい難しいことに挑戦しています。私、泥臭く行動するタイプなんです」

そう笑う木下の言葉どおり、その挑戦を支えてきたのは、才能以上に圧倒的な行動量だった。


自分の存在価値を、自分の手でつくりたかった。

「自分で事業を興して、家族やお世話になった人、そして世の中に貢献することで、自分の存在価値を自分で認められるようになりたかったんです」

木下が起業を目指した理由は、自分の力で誰かの役に立ち、自分に存在価値を与えたかったからだという。

「父方も母方も経営者一家。そして母の出身地である台湾はスモールビジネスをやっている人も多く、幼い頃から日本と台湾を行き来し、規模の大小問わず自分で事業をすることが当たり前の環境にいました」

幼少期。木下の母は「直美はどうしたいの?」と幼いころから意思を尊重してくれていたという。

親族の経営者たちが背負う責任や孤独を、幼い頃から間近で見てきた。経営は華やかなものではない。その姿に憧れる一方で、自分には何もできないという無力さも感じていた。木下にとって自分で事業を興すことは支えてくれた人への恩返しであり、その恩を次の誰かへ繋いでいく恩送りでもある。社名の「Givin’ Back」には、その願いが込められている。

起業することは決めていた。では、何を事業にするのか。その問いには時間をかけて冷静に向き合った。

「経営者は長期で走り続けていかなければいけません。苦しい時でもモチベーションを保つためには、単純に好きなことを仕事にするよりも、自分の得意分野で人を幸せにできる、ポジティブな要素に結びつく事業が核となると思いました」

木下によるHRコンサルティングの様子。

そうして選んだHR領域は、木下自身の原体験に起因している。新卒で入社した不動産会社では、ハーフの若い女性という先入観を持たれることも少なくなかった。思うように力を発揮できず悔しい思いをした。一方、リクルートでは違った。成果で評価される環境の中で、本来の自分で勝負ができた。管理職の経験も「心からやってよかった」と話す。

「仕事を楽しいことだと実感できている人はほんの一握り。職場環境やポジションが合わずにキャリアを諦めてしまう人も多くいます。管理職は“罰ゲーム”と思われていたりもして……そんな現状にもったいなさを感じました」

キャリアに関する悩みは若手からマネジメント層まで多くの人が経験し、人生を左右する苦しみにもなり得る。だからこそ、HR領域の支援を事業にする決断をした。


「自分らしさ」が誰かの未来を変える。

木下の価値観の根底にあるのは、「人のためになるか」という視点だ。

「経営はひとりではできないから人との繋がりを大切にしなさい、と父から言われ続けて育ちました。台湾人の母も、とても情が深く利他的な人。人への敬意を忘れない両親の姿は、いまの私の考え方に大きな影響を与えています」

ハーフであることに悩んだ時期もあった。日本の”阿吽の文化”よりも、言葉にして伝えることを大切にする海外の文化の中で育った木下は、若い頃、「空気が読めない」と言われることが少なくなかったという。

「当時は悩みました。でも海外の友人が『それが直美らしさだからいいじゃない』と言ってくれたんです。その言葉に気付かされました」

母もまた、幼い頃から木下の意思を尊重して育ててくれた。

「『自分らしくいられることが、Givin’ Backを創業した理由なんだから、それを大事にしなさい』と、いまでも背中を押してくれます」

仕事の時、自分らしさを表現できるものを身につけるという木下。「起業家や社長といったラベルではなく私自身のパーソナリティを見てほしいので、あえてキャップを被ったりすることも。飾りたくないんです」

日本と台湾、ふたつの文化の中で育った経験は、いま木下が目指す組織づくりにもつながっている。

「ハーフという自分の背景も含めて、私にしかできない形で社会に貢献していきたいんです。HR領域での組織づくりやマネジメント支援を通じて、ひとりひとりが自分らしく力を発揮できる環境を、テクノロジーの力も活用しながら広げていきたいと思っています」

自分らしくあることを肯定できた経験があるからこそ、今度は誰かが自分らしく働ける場所をつくりたい。その挑戦は、人とテクノロジー、それぞれの可能性を信じながら、これからも続いていく。

お守りジュエリー。

サファイアのネックレス

木下が20代の時に母から譲り受け、いまも大切に身に付けているというサファイアのネックレス。「付けていると自分らしく、自信を持って人の前に立てる気がします」

  • text: Kaoru Ueno(Routusworks)