「ワインの可能性」を押し広げた、50年前の「パリスの審判」について考える。

FIGARO Wine Club

今日のワイン選びがちょっと楽しくなる連載「ワインテイスティングダイアリー」。フィガロワインクラブ副部長・カナイが日々、ワインを求めて畑へ、ワイナリーへ、地下倉庫へ、レストランへ、セミナーへ……。美しいワインがどのように育まれるかの物語を、読者の皆さまにお届けします。

今回はワインの歴史でも重要なトピックと目される、50周年を迎えた「パリスの審判」について。ざっくり言えば「当時無名だったカリフォルニアワインが、フランスの一流のワインに勝った」というイベントですが、その本当の意味とは?

ワインの歴史を変えた「パリスの審判」とは?

甕に貯蔵しておいたブドウが発酵して、ワインになることに気付いてしまった人類。どんな危機的状況に直面してもなお、現在にいたるまで連綿とそれを造り続けてきた。人間の手によってしか生まれないワインは、時にドラマを生む。飲んでいる時はもちろん愉しいが、飲まない時にワインの話をしているだけでもおもしろいのは、そこに歴史があるからにほかならない。もし飲みながらワインについて語れるなら、こんなにうれしいことはない。

アメリカ大使公邸で行われた「パリスの審判50周年」記念晩餐会の会場。

数あるワインのトピックの中でも、1976年5月24日に開催された「パリスの審判」は有名だ。「アメリカ合衆国建国200周年」という名目で、当時無名だったカリフォルニアワインと、ヴィンテージの近しい一流のフランスワインをブラインドテイスティングする、というイベントがパリのインターコンチネンタルホテルの一室で行われた。

主催したのはイギリス人ワイン商にして、世界初のワイン愛好家向けスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」をパリで設立したスティーヴン・スパリュア。当時、英語でワインの解説をしてくれるワインショップなどパリにはどこにもなかったため、現地在住のアメリカ人たちはスパリュアの店に通うように。フランスへ仕事や研修に訪れたアメリカ人ワイン生産者たちも彼の店を訪れ、自分たちのワインを置いていった。それを飲んだスパリュアは「意外とカリフォルニアワインも悪くない」と思うようになり、建国200年という節目を利用して、自身のワインスクールを宣伝しようとしたのだ。

集められた審査員はすべてフランス人で、ワイナリー経営者や一流レストランのオーナー、シェフ、ソムリエ、グルメ雑誌ジャーナリストなど、その道のプロフェッショナルたちのみ。「ブラインド(銘柄を隠した状態)テイスティングでカリフォルニアワインの試飲会」を行う、といった名目で招集されたメンバーたちに、当日「フランスワインも混ざっている」と告げられたが、主催したスパリュア自身もフランスワインが勝つと思っており、審査員たちも特に異存はなかったのだという。

カリフォルニアワインのおいしさを、フランス人が評価した。

ところが蓋を開けてみれば、白ワイン部門でカリフォルニアワイン6本、フランス産ワイン4本のうち、1位、3位、4位、6位とカリフォルニアのシャルドネがフランスワインを上回ることに。赤ワインを注いでいる途中で白ワインの結果が発表され、審査員たちに動揺が走る。「ワインはフランスのもの」という意識の強いフランス人たち、赤ワインの審査にはかなり厳しい態度で臨んだという。

結果、メドック5大シャトーのシャトー・ムートン・ロートシルト 1970、シャトー・オー・ブリオン 1970を抑え、スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ1973が1位に輝くという状況が発生する。

晩餐会で提供されたスタッグス・リープ・ワイン・セラーズ 2016と、リッジ・カベルネ・ソーヴィニヨン・エステート2015。ともに「パリスの審判」に選ばれ、スタッグス・リープは「スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ 1973」で赤ワイン部門1位、リッジ・ヴィンヤーズは「リッジ・モンテ・ベロ 1971」で赤ワイン部門5位を獲得した。

フランスを代表するワインのプロたちが、ブラインドテイスティングでカリフォルニアワインに軍配を上げた——。同席していた「タイム」の記者ジョージ・テイバーが1976年6月7日号に「Judgement of Paris(パリスの審判)」と題して記事を掲載、また「ニューヨーク・タイムズ」が6月9日、16日の2週にわたってこのイベントについて言及し、この事件は瞬く間に世界へ広がっていったのだった。(いくぶん脚色はあるものの、これを題材にした映画『ボトル・ドリーム カリフォルニアワインの奇跡』(2008年、ランドール・ミラー監督)はかなりおもしろい。スパリュアを演じたのは名優アラン・リックマン)

ちなみに10年後の1986年にスパリュアが主催、ニューヨークでアメリカ人ワイン関係者と、30年後の2006年にはロンドン、ナパの2会場でこちらもスパリュア主導のもとワイン評論家たちを審査員に、同じヴィンテージ、同じ銘柄の赤ワインを集め、同じくブラインドでテイスティングを実施。全ての会場で上位をカリフォルニアワインが占める、という結果になり「ヴィンテージが若かったから、飲みやすいカリフォルニアワインが勝った」という否定派の論調も払拭することとなった。

「ブドウ品種に注目する」という新視点。

「1970年代には、世界中で一般人でも飛行機でどこにでも行けるようになりました。アメリカ人たちも違う国々の違う文化に触れ、それをアメリカに持ち帰るようになったのです」

そう語るのは、カリフォルニアワイン協会の主催するイベント「カリフォルニアワイン アライブテイスティング2026」のセミナーのために来日したイレイン・チューカン・ブラウン。彼女は世界屈指のワイン評論家ジャンシス・ロビンソンが主催するメディア「ジャンシス・ロビンソン.com」への寄稿や書籍の執筆、ワインエデュケーターとして世界中で高い評価を得ている。

セミナーに登壇したブラウン。アラスカ州出身、9歳で家業であるサケ漁に携わり、13歳にして起業。26歳でアカデミックな道に進み、哲学の研究者として教鞭を執ってきた。2012年からワイン業界に携わるようになり、書籍を読み込み、生産者にインタビューするブログを開始。2013年、ワイン評論家ジャンシス・ロビンソンMWにブログを見出されワインジャーナリストとして活動を重ね、受賞も多数。

「シェフのアリス・ウォータースもそのうちのひとり。世界を旅し、フランスで生活した彼女は『旬の食材を楽しむ』という文化をカリフォルニアに持ち込み、1971年にアメリカでは初となる新鮮な地元食材を使うレストラン『シェパニーズ』を開業。その際にワインもカリフォルニアのものを、という意識が生まれました」

ロバート・モンダヴィやジョセフ・フェルプスなど、今日まで続く名門ワインをオンリストしたシェパニーズだったが、当時はかなり大胆な取り組みをした、という受け取られ方をしたのだという。

「当時、世界中が『高級ワインといえばフランスワイン』という認識でした。レストランにはフランスワインのみオンリストされ、他の外国ワインは大衆店や自宅で飲むもの。まして、アメリカワインがレストランに並ぶことはなかったのです。そんな中、1976年に『パリスの審判』で、アメリカワインの可能性が示唆されました。重要なことのひとつは『品種』が持つ素晴らしさに、世界が気づいたことです」

いわゆる「旧世界」と言われるフランス、イタリア、ドイツなどの由緒ある生産者たちのラベルには、「モンラッシェ」「ムルソー」など、ブドウが生産される地名が書かれている。品種について言及されることはほとんどなかった。

「ところが『パリスの審判』が起こるにあたり、カリフォルニアワインが素晴らしいということのみならず、『シャルドネ』『カベルネ・ソーヴィニヨン』といった品種の持つ魅力に気づいたのです。このことが世界中の生産者たちを勇気づけることになりました」

「ワインはどこで造ってもいい」という勇気を与えた。

「ニュージーランド、オーストラリア、チリ……。世界中で品種にフォーカスした生産者たちの動きが活発になり、品質が向上。ワインの国際化と多様化が産まれました」とブラウン。

興味深いのは、この「パリスの審判」の後、赤ワイン第2位という結果になったシャトー・ムートン・ロートシルトを擁するバロン・フィリップ・ド・ロートシルト(ロスチャイルド)の当主フィリップ・ド・ロスチャイルド男爵の動きだ。彼はナパ・ヴァレーのワイン造りを先導していた醸造家ロバート・モンダヴィに接近、1978年、カリフォルニアワインのさらなる高品質化を目指し「オーパス・ワン」を共同で設立したのだ。現在にいたるまで連綿とその麗名を響かせるワインも、こうした歴史のもとに生まれてきたと考えると、グラスの中に物語が紡がれているのがわかる。

カリフォルニアワイン協会主催のイベント「カリフォルニアアライブ 2026」にて、「パリスの審判」にまつわるセミナーより。パリスの審判でも登場したワイナリーや、「カリフォルニアワインのいま」を感じるラインナップまで。

1979年にはスペインの名門ワイナリー・トーレスの4代目ミゲル・トーレスが、チリというテロワールに惹かれてミゲル・トーレス・チリを設立。チリワインの醸造技術に革新をもたらし、多くのワイナリーが後に続き、地元生産者たちも増えていくことに。1985年、ニュージーランド・マールボロのソーヴィニヨン・ブランを打ち出した「クラウディー ベイ」は、そのファーストヴィンテージが「世界が白に目覚めた一本」と称されるまでに名声を高め、今日までその勢いは止まらない。ワインは自由で、世界のどこで造ってもいいものなのだ、という民主化が始まった。

現在も世界各地でワインが造られ、そしてそのクオリティはさらに上がり続けている。伝統的な方法を守る生産者もいれば、革新的な生産方法を生み出すものも、ナチュラルワインを志向するものも、千差万別。それぞれのワインにそれぞれのおいしさがあり、そして飲み手にとっても「自分らしい一本」を探す楽しみを与えてくれる。

その背景には「ワインの常識を変えしまった」50年前のイベントがあった。いまだって、常にワインには新しい驚きと発見がある。

さて、今日はどの国の、いつのワインを開けようか。

カリフォルニアワイン協会

https://calwines.jp/b2b/
instagram

YOSUKE KANAI

YOSUKE KANAI

フィガロJPカルチャー/グルメ担当、フィガロワインクラブ担当編集者。大学時代、元週刊プレイボーイ編集長で現在はエッセイスト&バーマンの島地勝彦氏の「書生」としてカバン持ちを経験、文化とグルメの洗礼を浴びる。ホテルの配膳のバイト→和牛を扱う飲食店に就職した後、いろいろあって編集部バイトから編集者に。2023年、J.S.A.認定ワインエキスパートを取得。