東京バレエ団、『かぐや姫』で再びパリ・オペラ座へ! 柄本弾が語る、ガルニエ宮の魅力。
2027年5月、東京バレエ団がパリ・オペラ座のガルニエ宮で日本生まれの全幕バレエ『かぐや姫』を上演する。男性の主役・道児を務めてきた同団プリンシパルの柄本弾は、過去にもガルニエ宮の舞台を踏んだ経験を持つ。再び同じ舞台へ向かう彼の目には、どんな景色が見えているのだろうか。

柄本弾|Dan Tsukamoto
京都市出身。5歳よりバレエを始める。2008年に東京バレエ団に入団後、古典から現代作品まで幅広い作品で主役を務め、12年に『ザ・カブキ』のパリ・オペラ座公演で主役の由良之助を踊った。13年、プリンシパルに昇格。日本人男性ダンサーとして、ベジャールの『ボレロ』を踊ることを許された唯一の存在である。25年、第75回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
「世界中のダンサーが憧れる場所で、主役で踊らせてもらうことが決まった時からプレッシャーを感じていました」
柄本がガルニエ宮の舞台に初めて立ったのは、12年のこと。演目は、モーリス・ベジャールによる東京バレエ団の代表作『ザ・カブキ』。柄本が主役に抜擢されたのは10年、そこから2年後のパリ公演だった。憧れの聖地で踊るという緊張感に加え、幼い日の記憶も蘇った。小学生の頃、留学中の兄に会いにベルギーへ渡り、ついでにパリへ立ち寄ってオペラ座の公演を観たことがある。客席から見上げたあの舞台に、自分が立つ日が来るとは夢にも思わなかった。

「まさかその場所で、10何年後に踊れるとは思ってもいなかったですから」
その感慨が、プレッシャーをさらに膨らませた。
ガルニエ宮には、日本の劇場にはない独特の構造がある。斜舞台だ。舞台の奥から客席に向かって緩やかに傾斜が設けられており、その角度はおよそ5%。数字にすると小さく聞こえても、身体で感じるとまるで別世界だという。
「坂道を下るとか上るのはよくあることですけど、横に対して進んでいくっていうのはなかなかあるようでない。ですが舞台だとそういったことが多くある」
ジャンプの軌道が変わる。回転の感覚が狂う。フォーメーションの組み方も、フラットな舞台とはまるで違う。柄本はリハーサルで苦戦した。全体稽古が終わった後も、大先輩である高岸直樹に個人指導を仰ぎ、斜舞台への適応を徹底的に身体に叩き込んだ。だがいったん本番の幕が上がると、プレッシャーは不思議と姿を消した。
「踊り始めてしまうと、オペラ座で踊っているということを考える余裕はなかったです。その場その場を踊っていくのに必死だった」
舞台上から客席は見えない。強いスポットライトの中に立つダンサーの目には、シャガールの天井画も、馬蹄形の客席も、舞台に立つ間はすべて遮断される。それが変わるのはカーテンコールの瞬間だ。

「終演後にカーテンコールで客席が明るくなった時に、踊り終えたんだという高揚感と、達成感をすごく感じました」
目の前に広がったのは、熱狂するパリの観客だった。「ブラボー」の声が飛び交い、客席全体が揺れるような温度感があった。
「ブラボーの声は、文化の違いもあってか圧倒的に大きいように感じました。それだけ自分たちの踊りが評価されたと実感できたから素直にうれしかった」
『ザ・カブキ』は忠臣蔵を題材にした作品だ。パリの観客にとってはほぼ初見のはずなのに、カーテンコールの熱量は揺るぎなかった。日本文化への興味と敬意が、確かに客席にあった。柄本はその手ごたえをいまも大切に抱いているという。そして来年5月、今度は『かぐや姫』を携えて再びガルニエ宮へ。

金森穣が手がけた『かぐや姫』は、純粋なおとぎ話だけではない。飢えや戦争など、現代社会が抱える問題が、物語の底に静かに織り込まれている。かぐや姫という物語自体は世界でも広く知られているだけに、『ザ・カブキ』より間口は広いが、観た者の意識を揺さぶる深みがある。
「現代の人たちがいまの社会に対する考え方をあらためて見直すきっかけにもなるような作品になっていると思います」

また、パリ・オペラ座以外のカンパニーがガルニエ宮の舞台に立つ機会はほとんどない。それを東京バレエ団が、自国の振付家による日本生まれの全幕作品を上演することは、日本のバレエの歴史においても特筆すべき転換点となるだろう。
「東京バレエ団にしかできないような、本当に名誉なことだと思います。世界中のダンサーがオペラ座に立ちたいという気持ちは絶対にあると思いますが、それを日本のバレエ団が実現できるというのは、素晴らしいこと」
あの夜の達成感を身体に刻んだまま、柄本は再びオペラ座に挑む。
- text: Eri Arimoto
*「フィガロジャポン」2026年9月号より抜粋
