古都奈良で出合った、「樫舎」の和菓子。【オーセンティックな香り】

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翻訳家、作家、ジャーナリストの村上香住子が、これまでの人生で出会ってきた“オーセンティック”なモノ・コトを綴る連載。身近にありながら忘れかけていた香りや旅の記憶、そして本物の贈り物——日常を豊かにするエッセンスをお届けします。


正式名は「萬御菓子誂處 樫舎」(よろずおんかしあつらえどころ かしや)というこの店は、通常「樫舎」(かしや)と呼ばれていて、日本で初めて和菓子が生まれた奈良時代の古都、奈良市中院町にあります。

いつも店頭には、大勢の客が並んでいて、観光客が大半かもしれませんが、中には遠い地方の都市から、わざわざこの店の焼き菓子のために、奈良にきている人もいるそうです。

なにしろ春日大社や薬師寺の御用達の店だし、茶人の中には、日本一の和菓子屋だという人もいるくらいです。

小さな店の風情からして、てっきり代々職人技が引き継がれている老舗だと思われるかもしれませんが、実はそうではないのです。

店の主人で、和菓子職人の喜多誠一郎さんが、徳島から出てきて、そこに「樫舎」を開いたのは、2008年の夏だったのです。まだ20年も経っていません。

それなのに暖簾をくぐると、そこは歳月を経た木造家屋の空間になっていて、繊細な雰囲気が漂い、その奥の薄暗がりにある階段を上がると、2階は静かな茶房の席になっています。

評判となっているその店の主役の干菓子や上生菓子は、店に入ってすぐの小上がりの脇で、店の主人達が客の前で心を込めてひとつひとつを仕上げているのです。

まるで祈りを込めるようにして、丁寧に仕上げられていく過程を見ていると、食べる側の私たちも何か精神的な糧を口にするような気持ちで、喉の奥にゆるやかに落下していくのを堪能したくなります。

季節によって並ぶお菓子はいろいろ違いますが、私が最初にこの店で食べたのは、出来立てほやほやの草餅だったと思います。それを手渡しされた時は感激したものです。それも押し付けたような固い形でなく、まるで生き物のように、どこか愛らしいフォルムをしていました。

それからは京都へ行けば、奈良まで足をのばして立ち寄るし、友人たちが奈良へ行くと聞くと、「樫舎」の葛焼か干菓子、どちらでもいいから「買ってきて」と頼んでしまうようになったのです。

実は「樫舎」の主人、喜多さんは、もともと徳島にある明治3年創業の老舗「小男鹿本舗冨士屋」という和三盆で知られるお店の6代目だったのです。高級で良質な砂糖を使っていたところだったようです。

奈良に店を構えて、たちまち人気が出たのも、喜多さんの家に引き継がれてきたこの甘味に対する感覚が、ずば抜けて研ぎ澄まされていたからかもしれません。

最近は私も奈良に行けていないけど、いまは店内にカウンターがあって、出来立ての和菓子のコースを味わえるそうです。

また先日は喜多さんが東京にやってきて、高島屋の売り場で菓子を作っていたらしい。

開店した頃からの客としては、喜多さんには中院町の店で、いつまでも出来立ての練り切りを手渡ししてほしいけど。

樫舎
奈良市中院町22ー3
営)9:00〜18:00
無休
https://www.kasiya.jp/
★Google Map

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村上 香住子

翻訳家/作家/ジャーナリスト

訳書としてはアンリ・トロワイヤのロシア文豪伝三部作『ドストエフスキー伝』『ゴーゴリ伝』『チェーホフ伝』(すべて中央公論新社)を翻訳する。その他、ボリス・ヴィアンの『ぼくはくたばりたくない』(早川書房)など。1985年よりマガジンハウス、1994年より「フィガロジャポン」のパリ支局長に。20年間のパリ生活のエッセーやパリ文壇との交流記『反記憶』(幻冬舎)など多数。近著は2024年の『ジェーン・バーキンと娘たち』(白水社)。最新刊は『おしゃれなマナーAtoZ パリで暮らして知ったミューズたちの素顔』(CEメディアハウス、2026年)。バーキン、サガン、サンローランなど、本物のパリセレブとの知られざるエピソードと、目の当たりにした本物のマナーの数々を紹介。