土地の恵みを、未来へ手渡す。城崎温泉で出合った、食とアートと湯治の時間。
食とアートを通して、土地の豊かさとこれからの暮らしを考える。そんな活動を続けるNPO法人TOMORROWが手がける「あしたの畑」が、城崎温泉・三木屋で「湯治食の旅」を開催。温泉に浸かり、土地の恵みを味わいながら、身体と心をゆっくりと休める。かつての「湯治」が育んできた時間を、京都のレストラン「cenci」のオーナーシェフ坂本健の料理とともに体験。

なぜ、食とアートなのか。
「あしたの畑」は、地域に根ざした暮らしや医食同源にフォーカスし、アート、建築、工芸そして食の体験を通して、その土地にある価値を見つめ直し、人が集い、学び、これからの暮らしについて提案する「集落構想プロジェクト」。京都市と京丹後市・間人を拠点に活動している。
代表の徳田佳世が丹後で活動するなかで感じているのが、豊かな食文化の背景にある環境の変化だ。丹後は海と山に囲まれ、米や野菜、魚介など豊かな食資源に恵まれている一方、一次産業の担い手は減少。山では鹿が増え、森林の荒廃も進んでいる。森が荒れれば水にも影響し、田んぼで水が足りなくなることもあるという。海もまた、温暖化によって海藻の生育環境が変化するなど、少しずつその姿を変えている。
「都市で暮らしていると、スーパーに並ぶ色鮮やかな野菜や果物、魚介を当たり前のように受け取ってしまう。しかし、その背景にある日本の食料自給率の低さや、食を支える産業が抱える問題には気づきにくい。食料自給が十分でなければ人が幸せに暮らすことから遠のき、アートを楽しむ余裕すらなくなるでしょう。だからこそ『あしたの畑』は、当初から食とアートをひとつの活動として考えてきた」と徳田。
徳田が食の重要性を強く意識するようになった背景には、これまで携わってきたアートプロジェクトでの経験がある。地中美術館をつくる際には、モネの《睡蓮》を展示すること、建築家を選ぶこと、自然と向き合うアーティストをキュレーションすることが決まっていく一方で、カフェのメニューや料理人選びには苦労したという。
「美術館を訪れる楽しみは、作品を見ることだけではない。レストランやカフェで過ごす時間もまた、その場所の体験をつくる。海外の美術館を訪れた際、土地の茶や食事を味わうことで、その土地の文化を感じられた経験からも、食とアートを同じ価値のものとして捉える必要性を感じた」。その考えは、丹後での活動にもつながっており、子どもたちと料理をするほか、大豆や海藻をテーマにした食のワークショップも開催。「もし水が少なくなったら?」と問いかけながら、海や山を大切に思う感覚を育てる場をつくっている。
三木屋で考える「湯治食」
今回の「湯治食の旅」の舞台となった城崎温泉・三木屋は、創業300年以上の歴史を持つ老舗旅館。志賀直哉が滞在し、代表作『城の崎にて』の舞台となったことでも知られる。温泉街の中心にありながら、館内には静かでゆるやかな時間が流れ、1927年に再建された建物には、志賀が滞在した部屋や当時の手紙も残されている。

興味深いのは、城崎という温泉街が、街全体の文化と風景を守る選択をしてきたことだ。現在も約75軒の宿のうち6割ほどが木造三階建てという、全国でも珍しい景観が残る。その背景には、先人たちが地域で定められたルールがある。宿の大型化によって外湯文化が失われることを防ぐため、内湯の大きさを制限。さらに、敷地内に源泉を持つ4軒の宿が個人の権利を手放し、温泉を地域共有の財産としたという。
「百年前の人たちがすごかった。その人たちのおかげで、いまこうして温泉地らしい温泉地が残っている」と語る三木屋の当主・片岡大介。目先の利益よりも街の未来を優先した先人たちの決断が、いまも城崎の風景と文化を支えている。
徳田がこの地で着目したのが、「湯治」という文化だった。現代の温泉旅行では、一泊して豪華な食事を楽しむスタイルが一般的だが、本来の湯治は、温泉に滞在しながら身体を休め、土地の食をいただく時間でもあった。徳田自身、青森の酸ヶ湯温泉、大分の鉄輪、和歌山の花山温泉などを訪ね、温泉と食によって身体が癒やされることと、アートによって心が動かされることには共通する部分があると感じてきたという。
今回の「湯治食の旅」では、そんな湯治の原点に目を向けながら、温泉、食、アート、建築、土地の自然をひとつの体験として重ねていく。総合診療医の小林崇人、料理人の坂本健、三木屋当主の片岡大介による「城崎温泉、泉質と医食同源」についての勉強会も開催された。
そしてこの旅のいちばんの目的は、翌朝に供された坂本による「湯治朝ごはん」。料理を手がける坂本は、徳田が京都へ移って以来、互いの活動を見つめてきた料理人。韓国のオンジウムや丹後の「縄屋」の料理人とも、食を通してアジアの「癒やし」を考えながら、新たな郷土食の可能性を探っている。

朝の食卓に並んだのは、土地の素材に発酵や熟成、乾燥、素揚げなどの丁寧な仕事を重ね、それぞれの持ち味を引き出した料理の数々。

まずは1杯の仕込み水から始まった。「水にも、こんなに奥行きのある味わいがあるのか」と驚く。その後、濃厚な甘みを持つ黒いちじくや、とうもろこしそのものの甘みを生かした餅、塩水で発酵させることで甘みが増すというれんこんと焼きなす、琵琶湖で採れた手長海老の素揚げ、乳酸発酵させた梨など、素材の変化そのものを味わわせる料理が並ぶ。半年間糠に漬けたイワシのへしこは塩味を生かしてほかの食材と合わせ提供された。あまりに長い時間を経た逸品たちに、ひと口で味わい終えてしまうのがもったいなく感じられるほど。
そして、湯治朝ごはんのハイライトは「ワカメスープ」。間人(たいざ)のワカメ、セタシジミ、ニゴイを使用したこだわり抜いたスープだ。骨の多いニゴイも細かく切り、その出汁にエゴマの種をすりおろしたクリームを合わせることで、魚の旨みが幾重にも広がる。釜山で暮らす友人の母が育てたエゴマを使ったペーストは、まるでミルクのようになめらかで、台湾の香辛料馬告(マーガオ)というレモングラスのような香りと山椒の香りが軽やかに広がる。韓国の料理人たちとの交流から得た発想も随所に取り入れられ、地の味を堪能しながらも口の中で世界を旅しているかのような驚きの美味しさ。
「手間をかけたらおいしくなる魚を使うこと、それが料理人」という坂本健さんの言葉どおり、ここで供されたのは、珍しい食材を並べることではなく、時間と知恵をかけることで、見過ごされがちな素材の価値を引き出した料理。温泉で身体を温めた翌朝、その土地のものをゆっくり味わうことで、食べることそのものが身体を整える時間になっていく。そんな「湯治食」の考え方が、一皿一皿に静かに表れていた。
土地に身を置き、感じること

三木屋には、これまで「あしたの畑」で紹介された嘉戸浩、須田悦弘、新里明士の作品も残されている。温泉に入り、食事をし、建物のなかを歩く。その日常の延長にアートがあることで、作品と土地、人の暮らしとの距離も自然と近くなる。
今回の旅を通して感じたのは、食やアート、文化に触れることが、私たちの暮らしを支える土地や自然に改めて目を向けるきっかけになるということ。城崎の人々が守り続けてきた温泉街の風景も、坂本シェフが時間と手間をかけて引き出した食材の味わいも、そこにあるものの価値を見つめ、未来へつないでいこうとする営みなのだと思う。
「あしたの畑」が2026年のテーマに掲げた「顧み」には、こんな一節がある。
「自然と再びつながるためには、 自らの手で生み出す力と、そこに宿る愛を実感する機会が必要だ」
500年後の人々にとっても誇りとなるものを残したいという、長い時間軸での願い。湯に浸かり、土地のものを味わい、美しいものに触れる今回の「湯治食の旅」は、自然と食、文化とのつながりを見つめ直す時間でもあった。
自分にできることから始め、思いを少しずつ形にしていく。その積み重ねが、次の世代へ何を手渡していけるのかを考えるきっかけになるのだと改めて感じた。