フィリップ殿下とエリザベス女王が1956年に4カ月間「別居」した理由とは?

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嘘、浮気、裏切り……。フランス人作家ステファニー・デ・オールは、新著『le dernier prince(原題)』で、エディンバラ公爵フィリップ殿下とエリザベス女王の結婚生活の初期における波乱に満ちた舞台裏を描き出している。そのクライマックスとなるのが、1956年に起きた4カ月間の別居である。

ロンドンの会議施設オリンピア展示場に到着した際のフィリップ殿下とエリザベス女王。(1956年4月26日、ロンドン)photography: PA Photos/ABACA

鋼のような青い瞳を持ち、勇敢で果敢な戦争の英雄―フィリップ殿下は、どんな嵐にも動じず、何ものにも屈しない強靭な人物のように見えた。しかし、1952年2月6日、妻エリザベス女王が即位すると、彼は打ちのめされてしまう。自分は誰の目にも留まらず、何の役にも立たない存在だと感じたのだ。「女王の夫」というだけの立場に甘んじることに、彼は耐えられなかった。

だが、それこそが愛するリリベット(エリザベス女王の愛称)と結婚した日に、彼自身が受け入れたはずの役割だったのである。その屈辱はあまりにも深く、耐え難いものだった。かつて英国海軍の将校として海に立ち向かっていたフィリップ殿下にとって、王室の一員としての立場や役割は、あまりにも窮屈なものだった。彼は、自分がまだ生きていること、そしていまもひとりの男性であることを確かめるかのように、肉体的な快楽に溺れていった。キャヴェンディッシュ夫人、ヘンリエッタ・ダン、トレマッシュ夫人、シャーリー・マクレーン、ジョージナ・ウェルナー、ダフネ・デュ・モーリエ、ジェーン・ラッセル……。エリザベス女王がバッキンガム宮殿で公務に追われ、君主という新たな役割に少しずつ適応しようとしていたその裏で、フィリップ殿下は、彼女たちをはじめとする多くの女性と親密な関係にあったという。作家ステファニー・デ・オールは、エディンバラ公爵フィリップ殿下の生涯を小説風に描いた伝記『Philip, le dernier prince』の中で、そう明かしている。同書は9月30日にアルバン・ミシェル社から刊行された。

宮殿内では、噂がますます広がっていた。バハマ旅行中、フィリップ殿下がアバコーン公爵夫人サーシャ・ハミルトンと手をつないで歩く姿が写真に収められ、宮殿内には気まずい空気が広がった。さらに、アレクサンドラ・オブ・ケント王女との関係もあった。フィリップ殿下は毎週木曜日の午後、バッキンガム宮殿のプライベートプールで、彼女と全裸で泳いでいたという。プールは、彼ら以外が立ち入れないようにただちに閉鎖された。ステファニー・デ・オールの著書によると、ふたりの関係をいぶかしむ声が上がると、宮殿の職員のひとりはこう反論したという。「ほかの家族に邪魔されたくないのでしょう。確かに、公爵は裸で泳ぎますが、それは今回の話とは関係ありません」アレクサンドラ・オブ・ケント王女はまた、ワイト島北岸のカウズにあるロイヤル・ヨット・スコードロンにも、たびたびフィリップ殿下を訪ねていた。そこは、英国のセーリング文化の殿堂ともいえる場所であり、フィリップ殿下が情熱を注いでいた世界でもあった。ふたりはそこでも、片時も離れずに過ごしていた。

フィリップ殿下の裏切りに打ちのめされたエリザベス女王

ロンドンでは、エリザベス女王は深い悲しみに沈み、打ちのめされていた。周囲の人々は何とか彼女を慰め、安心させようとしたが、功を奏さなかった。それどころか事態はますます悪化していった。フィリップ殿下の従者がメディアに対し、「殿下が背の高いブルネットの女性を伴ってウィンザーに現れた」と明かしたのだ。これが、エリザベス女王にとって我慢の限界を超える出来事となった。

女王は疲れ果てていた。夫から屈辱を受けながらも、気高く振る舞い続けなければならないことに、もう限界を感じていたのだ。「ある晩、フィリップ殿下が夕食の席で向かいに座ると、女王は長い間、非常に長い間夫をじっと見つめた」と、ステファニー・デ・オールは記している。そして、決して冷静さを失うことなく、「しばらくの間、距離を置いてほしい」と告げた。著者は、この言葉について「それは命令ではない。願いでもない。諦めだった」と分析している。女王はもはや、何事もなかったかのように振る舞うことができなかった。どんな仕打ちにも、どんな裏切りにも耐えられる、強く動じない女性という仮面をかぶり続けることが、もうできなかったのだ。

1956年、フィリップ殿下はエリザベス女王のもとを一時的に離れ、友人であり私設秘書でもあったマイク・パーカーとともに、王室ヨット「ブリタニア号」で4か月間の航海に出た。ステファニー・デ・オールはこの旅を、「遮るもののない地平線、遠く離れた港々、そしてまとわりつくような濃密な暑さに包まれた、4か月間の海の旅」と描写している。ところが、この航海中に「パーカー事件」が勃発した。マイクの妻アイリーンが離婚を申し立て、夫がフィリップ殿下とともに繰り広げた奔放な夜遊びの数々について、暴露本を出版すると脅したのである。圧力を受けたフィリップ殿下は、やがてマイクを解任し、彼との関係を完全に断ち切った。こうして、兄弟のように思っていた親友を失うことになったが、辛うじて自身の評判を守り、何よりもエリザベス女王との結婚を守り抜いた。4か月にわたる航海を終え、フィリップ殿下はリスボン空港でエリザベス女王と再会した。その姿は、ふたりの関係をめぐるあらゆる噂を沈静化させた。「まるで世界が崩れ落ち、彼女だけがそこに立ち続けていたかのように、彼は女王を力いっぱい抱きしめた」と、ステファニー・デ・オールは記している。

リスボンでの再会から2日後に撮影された、フィリップ殿下とエリザベス女王の公式写真。(リスボン、1957年2月17日)
photography: Mirrorpix / Mirrorpix via Getty Images

警備用の柵の向こう側にひしめく200人ものジャーナリストたちが、この情熱的な抱擁をカメラに収めていた。フィリップ殿下は、自分がどれほどリリベットを愛しているかを改めて実感した。そしてエリザベス女王は彼を許した。それは弱さゆえではなく、冷静な判断によるものだった。

From madameFIGARO.fr

※この記事は、フランスの新聞社「Le Figaro」グループが発行する「madame.lefigaro.fr」で掲載されたものの翻訳版です。データや研究結果はすべてオリジナル記事によるものです。

  • text: Solene Delinger (madame.lefigaro.fr)
  • translation: Hanae Yamaguchi