【今読みたい一冊】監視社会に抗う。感情を武器に未来を取り戻す短編集。
Culture 2025.06.17
ジャンルを越えて響く、力強くも繊細な声の集まり。音楽や映像で独自の世界観を築いてきたアーティストが、今度は「言葉」で私たちの心を揺さぶる。多様性、ジェンダー、セクシュアリティをめぐる鋭い問いが、静かに、けれど深く突き刺さる。
『ザ・メモリー・ライブラリアン『ダーティー・コンピューター』にまつわる5つの話』

音楽の世界観が小説へと拡張した、"アフロ・フューチャリズム"小説。
文:伊藤なつみ 音楽ジャーナリスト
シンガー・ソングライター、俳優をはじめ、多才に活躍するジャネール・モネイの小説デビュー作。彼女はフューチャリストであり、一貫してアンドロイドなどを題材にした楽曲を発表してきた。この書籍は、なかでも高い評価を得た『ダーティー・コンピューター』(2018年)や、付随するエモーション・ピクチャーで描いた世界を拡張し、マイノリティの女性やノンバイナリーの作家5人と共著で22年に発表した画期的な短編集である。
"ダーティー・コンピューター"とは、独裁的監視国家〈新ニュー・ドーンたな夜明け〉にとって、社会の規範から外れたとみなされる人々を指す比喩として使われている。モネイはそれらの人々の記憶を管理し、洗浄しようとする組織を、多様性、セクシュアリティ、ジェンダーに不寛容な現代社会への批判として描く。そして女性たちは分断や排除といった困難な状況と向き合い、アイデンティティの中核を成す「記憶」や「感情」、また「時間」の制御などにこだわりながら、個性、自由、人間性などを肯定し、生き抜く方法を模索する。
オリジナル作品の流れを継承している短編は、女性のコミュニティの場となる避難所、ピンク・ホテルを舞台にした「ネヴァーマインド」(ダニー・ロアと共作)。しかし、理想的な共同体にはならず、ここでも受け入れられない差別が生じてしまう。
過去の遺物から築いたタイムボックスが舞台の「もうひとつのタイムボックス:時をかける祭壇」(シェリー・リネイ・トーマスと共作)では、"ダーティー"(愛と感情表現、好奇心と欲望など)が土壌となる。祭壇の中で子どもたちは、自分の才能や想像力が未来をどのように変えることができるのか、「夢を見なくちゃ、未来は作れないからだよ」と気づき、どんなに辛くても「希望」を抱く強さや明るさを見せる。心に響く秀作だ。
アフロ・フューチャリズムだが、SFというよりフェミニズム小説としても読める。第2次トランプ政権への警鐘はもちろん、提起された問題を身近に感じてしまう読者は少なくないはずだ。
東京都生まれ。出版社勤務後、ラジオ番組のパーソナリティや構成作家を担当。現在は、雑誌やウェブメディアを中心にミュージシャンのインタビューやコラムを執筆。黒人女性文学の研究も。
*「フィガロジャポン」2025年7月号より抜粋