ジョージ王子はどんな制服姿に? 英国王室ゆかりの名門校、イートン・カレッジについて。
ウィリアム皇太子とキャサリン皇太子妃の長男ジョージ王子は今年9月、イートン・カレッジに入学する。赤レンガの壁に守られた英国屈指のエリート校のひとつはどんな場所なのだろう。

ロンドン西郊にイートンという小さな町がある。町の中心には赤レンガ造りの校舎が建ち、ひときわ目を引く。町名と同じ校名を持つこの学校こそ、英国上流階級の子弟が通う名門校だ。2026年の秋学期からジョージ王子も通うことになっている。ケンジントン宮殿が先日発表したところによると、まもなく13歳の誕生日を迎えるウィリアム皇太子とキャサリン皇太子妃の長男は、現在通うランブルック・スクールを離れ、父親と叔父のハリー王子の母校である男子校のイートン・カレッジへ進学する。
英国人にとって、ここは単なる学校ではない。イートンは知名度、入学希望者数、エリート色、学費の高さのどれをとっても名門の名にふさわしい学校のひとつだ。しかし創設当初は意外にも、恵まれない子どものための学校だった。学校の公式サイトによれば1440年、イギリス王ヘンリー6世は臣民たちにも平等な学びの機会を与えたいと考え、「Kynge’s College of Our Ladye of Eton besyde Windesore(ウィンザー近郊の聖母イートン王立学院)」を創設した。70人の貧しい少年たちがこの寄宿学校に入学し、国王は彼らを「キングズ・スカラーズ」と名付け、無償で教育を施した。やがて裕福な家庭の子どもたちも入学するようになった。彼らは「オピダン」と呼ばれた。現在のイートン校には13歳から18歳までのおよそ1350人の生徒が在籍している。そのうち70人は現在も奨学生として、年間5万ユーロにのぼる学費の大半を免除されている。
男子校
共学の学校が当たり前となった今日も、イートン校は数少ない例外であり続けている。同校は創立以来一貫して男子校だ。著名な卒業生にはベルギー国王のレオポルド3世、アガ・カーン3世、ルーマニアのニコラエ王子らがいる。また、イアン・フレミング、ジョージ・オーウェル、オルダス・ハクスリーといった作家も卒業生だ。元イギリス首相のデービッド・キャメロンやボリス・ジョンソンなど、多くの政治家もここで教育を受けた。イギリスの学校の大半で生徒は制服を着用する。だがイートン校の制服はかなり特徴的だ。テイルコート(燕尾服)に黒またはグレーのチョッキ、白シャツ、そしてピンストライプのズボンで構成されている。かつてはシルクハットの着用も義務だったそうだが、現在では廃止された。ただし、公式行事の際には今も使用されている。
イートン校の門の向こう側
ウィンザー家とイートン校
イートン校は英国王室と特別な関係にある。エリザベス女王のいとこにあたるグロスター公リチャード王子、ケント公エドワード王子、マイケル・オブ・ケント王子ら、多くの王族がここで学んだ。ダイアナ妃の父である第8代スペンサー伯爵のジョン・スペンサーやその弟のチャールズ・スペンサーも卒業生だ。そのため、当時皇太子だったチャールズ3世とダイアナ妃は1995年、ウィリアム皇太子をこの学校へ進学させることを決めた。「ヴァニティ・フェア」誌によれば両親が離婚し、1997年に母を亡くしたウィリアム皇太子にとって同校の存在は救いだった。勤勉な生徒だったウィリアム皇太子は日曜日に祖父母のエリザベス女王とフィリップ王配をウィンザー城に訪ね、お茶を楽しむことをとりわけ好んでいた。その一方で、彼はひとつの標的になっていた。トークTV番組「Watch What Happens Live with Andi Cohen」に2018年、出演した俳優のエディ・レッドメインは同級生だったウィリアム皇太子について次のように語った。「ラグビー仲間でした。そしてどの学校と試合しても、誰もが彼をタックルしに来ました。(中略)だから僕のようにすぐ横でプレイしていれば、怪我の心配はほとんどありませんでした」。いずれにせよ、ウィリアム皇太子はこのエリート校にすんなり溶け込み、大変な時期にここは安らぎの場ともなった。

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これに対し、弟のハリー王子は同校になかなか馴染めなかった。「イートン校は、初めて足を踏み入れる者にとって衝撃的な場所だ」と彼は回顧録『スペア』で記している。「この衝撃は意図されたものに違いない。先祖ヘンリー6世の計画の一部だった可能性すらある。彼はイートンをひとつの聖域か神殿とみなしており、建物に足を踏み入れた者が圧倒され、謙虚な巡礼者のような気持ちになることを望んでいた。私の場合、その目的は見事に達成されたと言わざるを得ない」。王室専門家ロバート・レイシーによれば、ウィリアム皇太子はイートン校の「堅苦しすぎるところが」弟に合わないのではと考えていたようだ。ハリー王子は前述の回顧録の中で、兄から学内では知らない人のふりをしてほしいと頼まれたことを明かしている。「優秀な少年にとっては最高の場所だったが、自分のような落ちこぼれにとっては煉獄だった」とも書かれている。兄弟の亀裂はこの頃から生じていたようだ。

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名声と論争のはざまで
公式サイトによれば、イートン校は生徒たちが「自分自身や自分の能力について確かな理解を深め、人や物の見方、文化の多様性に対して真に開かれた姿勢を持つことで他者への共感を育む」ことを理念としている。さらに、「知的好奇心を育み」、「健全な身体と精神、感情の成熟、精神的成長」を促進し、「リーダーシップと奉仕の精神」を重視することを掲げている。こうした資質の数々は、将来の国王にとって有益なものとなるだろう。
しかしここ20年の間にこの学校は過度なエリート主義や多様性の欠如、家父長制的な支配層を形成しているとして多くの批判にさらされてきたとヴァニティ・フェア誌は指摘する。同誌が引用したジャーナリストのマシュー・ホールハウスを言葉を借りるならば、「イートンの少年たちは、自分たちが指導者になるべく生まれてきたのだと教えられる。不幸にしてその大半はそうではない」。2024年、見学に訪れていた公立学校の女子生徒たちが、一部の在校生から人種差別的な暴言や女性蔑視的な口笛の被害を受ける事件があり、学校側はその後、公式に謝罪した。もっとも、こうした批判がキャサリン皇太子妃とウィリアム皇太子の決断を揺るがすことはないようだ。イートン校時代を懐かしむウィリアム皇太子は、長男ジョージにも同じ経験をしてほしいと願っている。
From madameFIGARO.fr
※この記事は、フランスの新聞社「Le Figaro」グループが発行する「madame.lefigaro.fr」で掲載されたものの翻訳版です。データや研究結果はすべてオリジナル記事によるものです。
- text: Leonie Dutrievoz (madame.lefigaro.fr)