我が愛しの、ジェーン・バーキン 次女シャルロットがゲンズブールの邸宅を案内、母ジェーンとの思い出を語る。

Lifestyle 2024.07.01

母とのドキュメンタリー映画を撮影する一方で、亡き父の家とミュージアムの公開を準備していたシャルロット。この家で暮らした母ジェーンについて聞いた。

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1973年撮影。 © BOTTI/STILLS/Aflo

Serge Gainsbourg
1928年、パリ生まれ。58年歌手デビュー。 多くのアーティストに楽曲を提供する一方、俳優、映画監督などマルチに活躍。酒とタバコと女を愛した。68年に出会ったジェーン・バーキンとの間にシャルロットが誕生。80年に別れた後も、楽曲の提供や家族づきあいは続いた。91年没。

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シャルロットが父に習った電子ピアノやスタンウェイのグランドピアノが置かれたサロン。レコードやブリジット・バルドーの写真、蜘蛛の標本......ジタンの吸い殻を押し潰した灰皿もそのまま。手前が「父の死後誰も座っていない」肘掛け椅子。2023年撮影。photography: Jean-Baptiste Mondino

Charlotte Gainsbourg
1971年生まれ。84年『残火』で映画デビュー、「レモン・インセスト」で歌手デビュー。イヴァン・アタルとの間に1男2女をもうける。姉ケイトの死後、2014年からニューヨークで過ごし、17年にアルバム『REST』をリリース。21年、ドキュメンタリー映画『ジェーンとシャルロット』を初監督。

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文/村上香住子

「ねぇ、香りは何がいい?」

2023年11月、帰国前日にシャルロット・ゲンズブールから、バック通りの自宅での夕食に招待されていたが、SNSで好みの香料まで聞かれるとは思っていなかった。

「レモングラス、好き」
「野菜は?」
「アリコヴェール(さやいんげん)」

日常の何気ないことでも、彼女はいつも何か新しい発想を伝えてくる。その夜の食卓には、透明の大きなサラダボウルに、バジル、ローズマリー、イタリアンパセリといったハーブのサラダと、レモングラスに包まれた白身の魚が並び、心地いい香りのディナーだった。その日も朝から彼女は撮影だったのに、帰宅後に夕食の準備をしてくれていたのだ。

ニューヨークから戻ったと思ったら、チャールズ英国王歓迎のためにマクロン大統領夫妻が開催したヴェルサイユ宮殿の晩餐会にエレガントなロングドレスで出席していたし、その数日後にはサンローランの24年春夏コレクションに行き、そして何よりも父セルジュ・ゲンズブールの家を美術館としてオープンしたばかりなので、テレビや雑誌のインタビュー依頼が連日殺到している。そんな超多忙の中、夕食に招いてくれたのだから、それはとても貴重な時間だった。食卓に座ると、どうしてもジェーンの話になる。

「長患いだからあらかじめ心の準備ができていたでしょう、と言われるけど、それが違うのよ。全然違った。現実は恐ろしいことだった。医者から何度も今回はもう持たない、と言われたのに、毎回ママンは奇跡的に回復したでしょう。だから今度もまた良くなる、どこかでそんな気がしていた」

サンロック教会でのジェーンの葬儀の日のことが目に浮かぶ。弔辞を読む時、喪主のシャルロットの声は震えていて、とても痛々しかった。

「メゾン・ゲンズブールのオープンも、ママンの死から2カ月しか経っていなかったので延期しようとしていた。だけどずっと待っていた人たちもいて、結局開けることにしたの」

時折相槌を打ちながら、私は黙って聞いていた。

「あの家のキッチン脇に子ども部屋があって、ママンは一緒にテレビを観たり、おやつを食べたりしていた。夜、目が覚めて眠れなくなると、ケイトが私の手を引いて2階にある両親の寝室に連れて行ってくれたのよ。大きなシャンデリアのある狭いお風呂もね、母と3人で入っていたの。すごく楽しかった。いろんな懐かしい思い出ばかりだけど、一般公開するのに実はあまり抵抗はなかった。父の死を当時19 歳の私はどうしても受け入れられなかったの。家を当時のままにしておけば父がまだ生きているみたいだと思い始めて、タバコの吸い殻もトイレットペーパーも当時のままにして、その時から記念館にしたい、と心に決めたの」

ジェーンはどういう反応だったのだろうか。

「懐かしいものがいっぱいあるからオープン前に見に来て、と言ったけど来てくれなかった」

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その時ふと、映画『ジェーンとシャルロット』の一場面を思い出した。セルジュの死後一度も来なかったジェーンが、撮影のためにこの家を訪れるのだが、その表情はどことなく強張っているように見えた。ジャック・ドワイヨンとの新たな愛のために子どもたちを連れて家を出た日のことが脳裏を掠めたのだろうか。かつて母娘の笑い声の絶えなかった子ども部屋も、セルジュはその思い出を消すように壁にしてしまっていた。

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シャルロット(左)は、アンソニー・ヴァカレロによるサンローランを着用。ジェーン(右)は、エディ・スリマンによるセリーヌのシャツとジーンズ、サングラスに、シューズはいつものコンバース。2021年、映画『ジェーンとシャルロット』公開時に撮影された2ショット。photography: Matias Indjic (Madame Figaro) hair: Leslie Thibaud makeup: Isabelle Kryla (Jane Birkin), Satoko Watanab (Charlotte Gainsbourg) 

「あなたの好きにしなさい、ママンはそんな感じだった」とシャルロット。

改築はジャン・ヌーヴェル、グラフィックはファビアン・バロン、後援はサンローランと、超一流の人の手を借り、2023年9月に公開されたメゾン・ゲンズブール。見事にプロデュースを果たしたシャルロットは、母ジェーンを喪失した悲しみの日々から、少しずつ立ち直ろうとしているように見えた。

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落書きに埋め尽くされた外壁が目印。シャルロットの声が解説するオーディオガイドを聞きながらメゾンを見学する。

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メゾンの向かいにあるミュージアムの展示は、セルジュの音声が案内。年代ごとに8つのコーナーがあり、貴重な資料が約450点。カフェバー、ル・ゲンズバールも併設。 photography: Alexis Raimbault

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セルジュのアイコニックなサンローランのジャケットも販売されている。photography: Alexis Raimbault

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ゲンズブールのマリオネット。photography: Alexis Raimbault

Maison Gainsbourg
5 bis & 14, rue de Verneuil 75007 Paris
開)10:00~20:00(火、木、土、日) 10:00~22:30(水、金)
休)月
料:美術館12ユーロ、 家+美術館25ユーロ
要予約
www.maisongainsbourg.fr

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▶︎ジェーン・バーキン、永遠のファッションアイコンの魅力を紐解く。

*「フィガロジャポン」2024年3月号より抜粋

text: Kasumiko Murakami

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