新しいかたちの「おせっかい」で、すべての人の可能性を拓く。【BWAアワード2024受賞者:矢田明子】

Society & Business 2024.11.20

「こうあるべき」にとらわれず、自分の感性や思いを大切にしながら働くことを通して社会にインパクトを与える次世代のロールモデルたちに光を当てるフィガロジャポンBusiness with Attitude(BWA)Award。4回目となる今年のテーマは、「新しいスタンダードを築き上げる女性たち」。

社会や業界の課題に向き合い、自身の熱い思いを胸に、新しい生き方、働き方の可能性を発信する女性たちのストーリーを紹介します。


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矢田明子
【 CNC代表取締役/一般社団法人Community Nurse Laboratory代表理事 】

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矢田明子(やた あきこ):2014年、島根大学医学部看護学科を卒業。病院保健師、創業支援NPO代表理事として働きながらコミュニティナースの活動を拡大。17年、コミュニティナースカンパニー(現CNC)を創業。現在、島根県を拠点に、子どもたちやインターン、移住者ら5世帯とともに暮らしながら、事業を推進する。44歳。5人の母。https://cncinc.jp/

病院や福祉施設の中ではなく、地域の生活に根ざし、住民の健康に繋がる"おせっかい"をやきながら、心と身体の健康と幸せを一緒につくっていく「コミュニティナース」。2011年に島根県で始まったこの取り組みは瞬く間に全国に広がり、これからの地域ケアのあり方として注目されている。海外では一般的な「コミュニティナーシング(地域看護)」の概念に着目し、日本初の実践者となり、事業構築に挑戦しているのがCNC代表の矢田明子だ。

「いまはそれぞれが健康を維持し、病気になったら専門の人に助けてもらうのが日常。けれど、誰かを元気にしたり、誰かの健康に寄与したりすることは、特別な資格がなくても本来誰でもできること。普段からみんながそれぞれの元気と幸せに関わり合うことが当たり前になれば、この世界はもっと良くなる」

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コミュニティナースの活動が始まった島根県雲南市。高齢化率は4割を超えるが、新たな挑戦を応援する風土があり、移住者も多い。

島根県出雲市で代々続く和菓子店の長女として生まれた矢田。昔から人一倍好奇心が強く、"こうあるべき"という既成概念の枠にはめ込もうとする相手には、徹底的に反抗する"おてんば"だった。県内有数の進学校に通うも、大人が決めたレールには乗せられたくないと大学に進学しないと決めた時には、反対する父に布団を被ってストライキを敢行したことも。当時「看護師は絶対なりたくない職業だった」と言う矢田が、コミュニティナースの活動を始めるきっかけとなったのは、その父の死だった。

和菓子職人として仕事をするのが何よりも好きだった父が55歳の時に膵臓がんで急逝。病気になる前に自分ができることはなかったのか? 当時26歳、結婚して3人の子育て中だったが一念発起して看護学科に入学。そこでコミュニティナーシングの考え方に出合う。町の暮らしに即して住民と連携しながら実践している人は日本にはまだ見当たらない。ならば自分がやってみよう、と在学中からコミュニティナース見習いとして同級生と活動をスタート。カフェや畑などさまざまな場所に出かけていき、子育て中の母親たちの健康相談に乗ったり、障がいがある人の長所を見つけて就労に繋げたりと、いろいろなかたちで実践を続けてきた。

卒業後もコミュニティナースとして活躍する矢田たちの姿は、全国の医療関係者や自治体関係者の目に留まり視察が殺到した。16年にはコミュニティナースの養成講座をスタート。翌年、その普及・社会実装を目指すコミュニティナースカンパニー(現CNC)を立ち上げた。

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これまでに1000人以上が養成講座を受講。「人と繋がり、まちを元気にしたい」と願う人なら、医療関係者に限らず誰でも受講できるという。 photography: Taimu Ibe

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CNCが目指すのは、すべての人が互いの健康や幸せに参与し合う"一億総コミュニティナース社会"の実現。近年では医療・自治体関係者だけでなく、企業から「コミュニティナースのアプローチを自社で生かして地域を良くしたい」という相談も増えているという。現在、矢田は代表として各所の基盤構築を手がける。そこで大切にしているのは、それぞれの地域が「自走」できる体制づくりだ。

「コミュニティナースは、誰かに強いられて導入するものじゃない。そこに住んでいる人たちが、やりたい!やるんだ!という意思を持って行うことが大切。それがいちばん力が湧くし、長く続く。その土地の人が当事者になってコミュニティナースを自分のものにしていくことが、一億総コミュニティナース社会実現の近道になるんです」と力を込める。

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左:CNCの新しい拠点、ユース出雲の2階にあるラジオブース。高校生が番組を配信中だ。 右:元は美容室だったというユース出雲。開放感あふれる空間は、地域の人の交流の場として使われている。

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コミュニティナースの"おせっかい"とは、決して自分の正しさの押し売りではない。相手のあり方を尊重し、現状を知り、幸せを一緒につくっていくことだ。その根底には、矢田が実践から学んだ哲学が流れている。

「誰かにとっての正しさは、誰かにとっての暴力となりうる。一方で、良かれと思ってその正しさを伝えてくれる人もいる。そんな人たちとは"調和"することを心がけています。言うことは言うけれど、自分の行動で相手が不快に思っていると感じたら、『ごめんなさいね』ときちんとお詫びする。そうするといつの間にか、相手が『この人にもこういうところがあるけれど、まあ仕方がない』と受け入れてくれるようになることもあります(笑)」

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取材の待ち時間、農作業をしている地域の人に声をかける矢田。何気ない会話から笑顔を引き出し、コミュニティナースのあり方を自然体で実践する。

活動の範囲を広げれば広げるほど「わからないことだらけ」と楽しそうに矢田は語る。

「父が亡くなって20年近く経ったいまも活動を続けられているのは、知的に楽しいから。自分じゃない人たちが生き生きしながら前に進むって、すごくおもしろい! どうやったら人間のポテンシャルが発動されるのか深めれば深めるほどわからない。ずっと探求して仮説検証している感じです。わからない、探究したいという気持ちは死ぬまで持ち続けたい。それこそが自分の人生を豊かにしてくれるものだと思うから」

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Judges' Comments

浜田敬子(ジャーナリスト)
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コミュニティナースという仕組みが社会に与えるインパクトがとても大きい点を評価。高齢化だけでなく、地方の医療資源の不足、医療者不足という大きな課題解決の一助になる仕組み、いろんな地域に展開できる可能性があるという点も評価したい。

阿座上陽平(ゼブラアンドカンパニー共同創業者)
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これまで誰も事業にしていなかったコミュニティナースの価値を信じ、どんなことがあっても諦めずにやり遂げている。難しい事業であっても、怒りではなく優しさをもって進めている点も、新しいスタンダードとして評価できる。

工藤七子(一般財団法人 社会変革推進財団(SIIF)常務理事)
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他者を気遣い、助け合って生きていくという人間の本質を復興させる活動を、正論を振りかざすのではなく、まるで遊びながら実践している稀有な起業家。温かい人柄で、立場が違う人も一瞬で友人にしてしまう。こういう女性が増えたらきっと日本は良い国になる。

BWA Award 2024の受賞者一覧を見る

photography: Ami Harita

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