【ピエモンテ秋の風物詩】 マッシのマンマ直伝、「ペペローニ・リピエーニ(パプリカの肉詰め)のレシピを紹介!
日々の生活を彩るワインを自分らしく楽しむフィガロワインクラブ。イタリア人ライター/エッセイストのマッシが、イタリア人とワインや食事の切っても切り離せない関係性について教えてくれる連載「マッシのアモーレ♡イタリアワイン」。今回はピエモンテの秋の食卓、マッシとマンマの思い出のパプリカの肉詰めについて。
北陸の空が、少しずつ鉛色を帯びてくる季節。金沢の街に冷たい風が吹き始めると、ふと故郷の香りを思い出す。僕が生まれ育ったイタリア北部、ピエモンテ州の秋もまた、深い霧に包まれ、底冷えのする季節である。しかし、外の寒さが厳しくなればなるほど、家の中の温かさはより一層際立つものだ。
金沢に移り住んで9年という月日が流れたが、この肌寒さを感じると思い出すのは、決まって実家の台所の風景だ。コトコトと火にかけられた鍋から立ち上る湯気、窓ガラスを曇らせる熱気、そして家中を包み込むニンニクとトマトの甘い香り。時間をかけて熱々の料理を作ることは、寒さを乗り越えるための知恵であり、家族への愛情の表現でもあった。
そんなピエモンテの秋の情景と一緒に僕の心に蘇るのが、マンマが作ってくれた「ペペローニ・リピエーニ(パプリカの肉詰め)」である。
家庭の「顔」がある、イタリアの郷土料理。
日本のスーパーで見かける小ぶりなピーマンを使った肉詰めも、家庭の味として素晴らしい。しかし、イタリアの「ペペローニ」は、それとは全く異なる魅力を持っている。僕の手のひらからあふれんばかりの巨大な赤パプリカ。肉厚で、驚くほど水分を蓄えていて、生でかじっても果物のように甘い。市場の野菜売り場にこの立派なペペローニが山積みになり始めると、「ああ、今年も美味しい季節がやってきた」と子ども心に胸を躍らせたものだ。

マンマはいつも形の良い、自立するような大きくて真っ赤なペペローニ、あるいは鮮やかな黄色のペペローニを厳選して買ってきた。それを台所のシンクで丁寧に洗い、ヘタを切り落として種を綺麗にくり抜く。その真剣な横顔と、パプリカの爽やかな青い香りは、いまでも僕の記憶の中に鮮明に焼き付いている。
ペペローニ・リピエーニは、イタリア全土で作られる家庭料理だが、中に詰めるファルチャ(詰め物)にはその土地、そしてその家庭の「顔」がある。マンマのレシピは、決して派手ではないが、素材の旨味を何重にも重ねるような、深く優しい味がした。
ボウルにたっぷりの合い挽き肉を入れ、そこにすりおろしたパルミジャーノ・レッジャーノチーズを惜しげもなく加える。牛乳に浸して柔らかくしたパン粉、卵、みじん切りにしたニンニクと新鮮なパセリ、そして塩胡椒。隠し味には、ほんの少しのナツメグを削り入れるのがマンマの流儀だった。手で粘り気が出るまでしっかりと練り上げた肉だねを、空洞になったペペローニの中に隙間なく、ぎゅっと詰めていく。

そして、ここからがいちばんの魔法の時間である。オーブンでシンプルにローストするレシピもあるが、マンマは決まって、大きなフライパンに自家製のトマトソースをたっぷりと張り、そこに肉を詰めたペペローニを並べて、じっくりと煮込んでいた。夏の終わりに家族総出で瓶詰めにしたパッサータ・ディ・ポモドーロ(トマトピューレ)が、秋の食卓で大活躍するのだ。
弱火で時間をかけて煮込むことで、トマトの心地よい酸味がペペローニに染み込み、同時にペペローニから滲み出た強烈な甘みがトマトソースに溶け込んでいく。さらに、肉だねからあふれ出る旨味の詰まった肉汁が合わさり、鍋の中では三位一体の奇跡が起きるのだ。グツグツという音をBGMに、部屋中に広がる香りを嗅ぎながら、まだかまだかと夕食の時間を待ちわびた情景がふわりと蘇る。
復活を遂げた「情熱のワイン」、ルケを味わう。
この心温まる故郷のひと皿を前にしたら、やはりワイングラスを傾けずにはいられない。選ぶのはもちろん、ピエモンテのワインだ。今回は「ルケ・ディ・カスタニョーレ・モンフェッラート(Ruché di Castagnole Monferrato)」を開けることにした。
「ルケ」というブドウ品種をご存知だろうか。ピエモンテ州のアスティ近郊、カスタニョーレ・モンフェッラート周辺の限られた地域でのみ栽培されている、非常に珍しい土着品種である。かつては絶滅の危機に瀕していたが、地元の熱心な生産者たちの手によって復活を遂げた、情熱のワインだ。

グラスに注いだ瞬間から、バラやスミレ、そしてゼラニウムのような圧倒的に華やかなフローラルの香りが立ち上る。それでいて、口に含むとチェリーのような果実味の奥に、白胡椒やクローブを思わせるエキゾチックなスパイスのニュアンスが隠れている。タンニンは柔らかく、非常にエレガントな赤ワインである。
出来上がった熱々のペペローニ・リピエーニをお気に入りの皿に盛り付ける。ナイフを入れると、とろとろに柔らかくなったパプリカがすっと切れ、中からみっちりと詰まった肉だねが顔を出す。熱々をひと口頬張れば、舌の上でとろけるパプリカの甘み、トマトの酸味、そして肉のどっしりとした旨味が口いっぱいに広がり、思わず目を閉じてしまう。

すかさず、ルケをひと口。ワインの華やかな香りがトマトと見事に調和し、スパイスのニュアンスが肉の旨味を引き立てながら、口の中をさっぱりと洗い流してくれる。完璧なマリアージュだ。
そして、この料理の最大の喜びは、食べ終わった後にやってくる。皿に残った、すべての旨味が凝縮されたトマトソース。これを、少しちぎったパンで綺麗に拭い取って食べる「スカルペッタ」である。パンにたっぷりとソースを吸わせて口に運べば、イタリア人にとって何よりも至福の瞬間が訪れるのだ。
金沢の夜は更け、窓の外は冷たい風が吹いているかもしれない。けれど、時間をかけて丁寧に作られた熱々の料理と、故郷のワインがあれば、心はいつでもピエモンテの温かい台所へと帰ることができる。寒さが増すこれからの季節、週末の少し時間がある時にでも、ぜひ大切な誰かのために、このペペローニ・リピエーニを作ってみてほしい。湯気とともに立ち上る豊かな香りが、きっと皆さんの食卓も、優しく温かく包み込んでくれるはずだ。