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DIOR
ミス ディオールに咲く、グラースのローズを訪ねて。
ディオール家の兄妹が丹精込めて育てたグラース ローズは、いまも引き継がれフレグランスに使われている。南仏プロヴァンス地方のカリアンからモントルーへ、ふたりが愛した土地とそこに咲く花の歴史を紐解く。

1947年、ディオール最初のコレクション「ニュールック」とともに誕生したフレグランス、ミス ディオール。その名は、ミューズのミッツァ・ブリカールが、モンテーニュ通り30番地の本店に現れたクリスチャンの妹カトリーヌを見つけて「ほら、ミス ディオールよ!」と声を上げた瞬間に決まったといわれている。


ノルマンディ地方のグランヴィルにあるレ リュンブ邸で生まれ、裕福なブルジョワの家で育ったカトリーヌだが、17歳の時に父モーリスの事業が世界恐慌の余波を受け、プロヴァンス地方のカリアンに移り住むことに。その後パリで働くも、第2次世界大戦中は再びカリアン近郊の農園、ドメーヌ デ ネイスに身を寄せ、野菜を育てながら生き抜く。この時期にニースで出会ったエルヴェ・デ・シャルボネリをきっかけにレジスタンス運動に加わるが、逮捕され強制収容所に移送された。生還後は、エルヴェとともに生花の取引に携わり、思い出の地でグラース地方を象徴する香り高いバラ、センティフォリア ローズを育てるようになった。



時を同じくして、兄クリスチャンはドメーヌ デ ネイス近くのモントルーにあるラ コル ノワール城を購入し、敷地内で同じローズを育て始める。暗い時代に過ごした南仏は、ふたりにとって安息の地でもあったのだろう。ふたつの場所で咲くローズは、いま、新しくなったフレグランス、ミスディオールの中心で豊かに香る。

過酷な時を過ごしても輝きを失わず、花を愛し続けたカトリーヌは、内なる強さとエレガンスを併せ持った、理想の女性像を体現する存在。“愛のように香り立つ”ディオール初のフレグランスは、家族と自然への深い愛の物語でもあったのだ。

- photography: ©Christian Dior Parfums Collection, Paris