フランス名画『天井桟敷の人々』を、ジョゼ・マルティネスがバレエに創作。
※この記事は「フィガロジャポン」2008年9/5号に掲載された4ページの再録。2027年3月にパリ・オペラ座で上演されるバレエ『天井桟敷の人々』の創作の裏側についてのジョゼ・マルティネスへの貴重なインタビューだ。記事中、創作ダンサーの一人で当時プルミエール・ダンスーズだったイザベル・シャラヴォラが初演前の心意気を語り、エトワールのアニエス・ルテスチュがデザイナーとして衣装について語っている。
カラーとモノクロで、ふたつの世界を描く。ー エトワール ジョゼ・マルティネス

José Martinez/ジョゼ・マルティネス
カンヌでパレエを学んだ後、16歳でオペラ座パレ工学校に入る。1988年、19歳でパレエ団入団。1997年「ラ・シルフィード」で、エトワールに任命される。ダンサーとして活躍しつつ、数年前より「ミ・ファヴォリータ」「ドリブ組曲」など創作も手がけている。
「キャバレーのルージュ・ゴルジュのシーンだけど、ここのテープルは昔のバレエスタジオのベンチのような感じが欲しいんですね」
7月上旬のある午後、バスチーユ・オペラ座の上階にある舞台セットのアトリエを訪問したジョゼ・マルティネスがこう言った。ここは彼が振り付け、10月21日にオペラ座で初演される『Les Enfants du paradis (天井桟敷の人々)」の大道具、背景の制作現楊だ。技術部門のマネージャー、アトリ工のチーフたちを相手に、彼は自分のイメージを具体的に説明する。
監督マルセル・カルネ、脚本ジャック・プレヴェールによる「天井桟敷の人々」は1945年に制作され、フランス人が愛してやまない映画史上に残る傑作である。しかも「犯罪大通り」と「白い男」の2部からなる3時間以上の長編。複雑に交差する人間関係、最後にはカーニバルの群巣のシーン……と聞けば、映画を観ていない者でも、いかにバレエ化されるのか興味津々。この創作に彼を指名したのは、芸術監督のブリジット・ルフェーヴルだ。
「もう3年前のことです。彼女に“ウィ”と答えてから、改めてDVDで映画を見て、やれやれ、この仕事は簡単じゃないぞ、とね。脚本は絨細で、俳優たちもすばらしいですからね」


長編映画を2幕のバレエに。
まずはカルネ監督の相続人との話し合いがあった。筋の組み立てをリスペクトすることを条件に、映画のタイトルと物語の使用が許可されたそうだ。
「もちろん僕なりの脚色があります。例えば、映画で主役バティストを演じた俳優ジャン・ルイ・バロー役を設定。撮影スタジオに彼が来て当時を懐かしみ、もう一度映画のセットを見たい! というところから、バレエが始まります。また最初から最後まで、バティストはガランス=理想の愛を追いかけているので、観客が彼の人物に同化できるよう、舞台上にはずっとバティストが出ずっぱり、というような」
ステージには複数のシーンのセットが横並びに設けられる。バティストの部屋があり、そこから彼が移動するとルージュ・ゴルジュにいる、という具合だ。照明で見せ場を変え、映画の場面転換効果を出すそうだが、制作中のセットを見ると、一部は映画なみにモノクロ。『天井桟敷の人々』は実生活と舞台のシーンというふたつの世界からなる。現実をモノクロ、非現実をカラーで舞台を創ることにしたそうだ。
「劇場のステージ上で演じる部分は夢。その魅力を色で見せたいんです。僕は劇楊の世界が大好きで、バレ工学校用に創作した『スカラムーシュ』にも、コメディア・デル・アルテの世界やパントマイムを盛り込みました。ブリジットはこれを観て、今回僕に声をかけたのでしょう。でもこれは20分の作品。今回は第1幕が1時間、第2幕が45分くらいなので、仕事は5倍ですよ」
大勢の登楊人物、その複雑な人間関係。彼らの間で行き交う粋な会話、感動、感傷……身体の動きで、すべての表現を見つけなければならない。そもそもトウで踊るのか、踊らないのか。
「どの言語を使うか。それはクラシックかコンテンポラリーかという微妙な問題ですね。まだ決めていません。ただひとつ明解なのは、第1部では愛情、フェミニティ、センシュアリティのある役がポワント。第2部はトウシューズが一種の階層の表現。では、下宿屋の女将エルミンヌは? というと、ごく普通の女性ですが、俳優のフレデリックとの関係でフェミニティを表しますね。その豹変のため、ヒール付きのトウシューズを特製しました。普段はヒール靴をはく彼女が、彼と一緒だと、すくっとトウで立つ。ヒールがあるので振付には気をつけますよ」

セリフのリズム感をダンスに。
いつもノートを持ち歩き、何かにインスビレーションを得ると、ステップを書き留めて……。振付はガランスから始めたという。音楽を担当するマルク・オリヴィエ・デュパンは、映画とは異なる独自の音楽を希望。それで彼とジョゼは1年前からともにいろいろな曲を聞き、ジョゼが彼にリズムについて語り……。そうして最初に見つかったのが、ガランスの音楽だった。
「タンゴのリズムが個性の強い彼女に合うと僕は思ったんです。下宿屋のエルミンヌは感じのよい女性なので、それに合う音楽を頼みました。イタリアの民謡調でとてもダイナミックなリズムです。映画の中の会話のリズム感も、ステップに生かそうと思っています。いま音楽の完成を待っているところ。夏の間はひとりでコレオグラフに取り組みますよ」
ガランスの第1配役は、映画を見て、真っ先に思ったプルミエール・ダンスーズのイザベル・シャラヴォラ。ステージ外の彼女も知る彼はガランスの頗つき、身のこなしに似たものを感じたという。しかし配役希望をルフェーブル芸術監督に伝える際は、彼女の名は最後におずおずと。というのも第1配役を踊るのは通常エトワールなので。でも難なく彼女の賛同が得られ、これは杞憂に終わった。

「登場人物の特徴、性格に重なるものを持つダンサーが欲しいんです。バティストには大変やさしい顔つきをし、イノセントな性格のマチュー・ガニオ。これは明らかですね。ガランスの面倒を見る伯岡の理想はジャン・ギヨーム・バールでした。でも彼はすでに引退してるので諦めるしかなくて」
時代はオスマン男爵によるバリ改造前の1840年代。レピュブリック広場近くのタンプル大通りには庶民のための芝居小屋が並んでいた。かかるのは盗みや殺人ものばかり。かくして“犯罪大通り”と別称されていたわけだが、活気に滴ちて、どの劇場も最上階の天井桟敷まで人が溢れた。庶民は舞台を楽しみ、辛い現実を忘れたのだった。この賑わい、この興奮。2008年のオペラ座でも再現される!?
「2幕のバレエですが、幕間にも見せ物を用意します。幕が降りたら、観客席側が犯罪大通りになるとイメージしてください。大階段も使いますよ」
自分たちもその世界の中にいる、という印象を観客に与えるためのアイデアがバレエ全体に盛り込まれている。創作の楽しみは、バレエを通して感動を伝えられることだと語るジョゼ。バロー役として自身も舞台にも立つ。
天井桟敷の人々* あらすじ

第1幕/落ち目の女芸人ガランス。詩人で犯罪者のラスネール、シェイクスピア俳優のフレデリックらが彼女を取り巻く。大通りのフュナンビュル座のマイム役者バティストがそんな彼女に恋をする。愛を捧げる女優ナタリーを尻目に、彼は偶然再会したガランスに思いを告げる。「愛するって難しくないのよ」と彼女はいうが……。ある日犯罪の容疑をかけられ、彼女は世話を申し出た伯爵を頼ることに。
第2幕/数年後、バティストは人気役者となりナタリーとの間に男の子もいる。貴族的身のこなしも板につき、パリに戻ったガランスは、バティスト見たさに劇場に通う。再会したふたりはようやく結ばれる。「愛するって難しくない」と彼。そこにナタリーが現れ、ガランスはカーニバルの雑踏に姿を消す。
大人の女の艶を秘めた、優美な踊りに乞うご期待。ー プルミエール・ダンスーズ イザベル・シャラヴォラ

Isabelle Ciaravola/イザベル・シャラヴォラ
コルシカでバレエを習いはじめ、13歳からパリの国立高等学院で本格的に学ぶ。16歳でオペラ座バレエ学校に入り、2年後の1990年にバレエ団に入団。2003年プルミエール・ダンスーズに昇進する。2008年7月11日、『椿姫』の主役を踊り賞賛を得る。
ジョゼがガランス役に白羽の矢をたてたイザベル・シャラヴォラ。抒情あふれる表現と空間に美しい線を描くダンスで、フランスのバレエファンに愛されるプルミエール・ダンスーズである。『椿姫』では悲恋に死す主役マルグリットをしっとりと情感豊かに踊り、観客の心を揺さぶった。その彼女がどんなガランスを見せてくれるのか、とても楽しみだ。
「いま映画のDVDを見始めたところ。『天井桟敷の人々』って、私、聞いたこともなかったのよ。でも、逆に子どものように新鮮な眼で発見できるので、かえってよかったのかも。ガランスは人生をとことん享受している印象ね。たとえ悲しみがあってもそれを見せず、生き生きしてる。住む所がなくても侘しさを感じさせず、品性を保っているでしょう。大通りの人ごみの中で役者のフレデリックに声をかけられるシーンがあるけど、集団の中にいても抜きん出ている女性なのよね。映画で演じるアルレッティは常に口元に笑みを湛えていて、視線の演技がすばらしい。対バティスト、対フレデリックというように、眼で多くを語ってるの。アルレッティのコピーはしないにせよ、インスパイアされるのは確かだわ」
踊る歓びは演劇的作品に。
まだ映画の第1部しか見てないし、繰り返し見る必要があるというが、すでに彼女の頭の中では役作りが始まっているようだ。演劇的な役を踊るのが好きだという。『椿姫』では代役であったが、一度の公演が確約されていた。彼女は原作を読むだけでなく、グレタ・ガルボ主演の映画を何度もみてマルグリット役に取り組んだ。
「踊りたいと長いこと願った役で舞台に立てたのは、ブリジットからの素敵な贈りものね。こうした全幕バレエではリハーサルなしに代役として舞台に突然立つのは不可能。1回でも公演があればリハーサルもあり、もし代役が必要なときは準備OKというわけでしょ。だからこそ初日の第3幕目、実際に代役として良い結果が出せたの」
稽古をたっぷりした役なので、音楽が聞こえればバレエに入り込むのは簡単だったと語る。コルシカで楽器商を営む両親のもと、幼少期から音楽に浸っていた彼女らしい。さて、彼女が両親に感謝! ということは他にもある。“ザ・レッグス!”と人々を感嘆させるイザベルの華奢で長い脚、そして柔らかな関節は生まれながらのものなのだから。舞台の上の彼女の脚は、ときどき裏か表かが観る者にわからなくほどしなやかである。
「腕と同じく、脚も物語を語る部分。だからより柔らかくなるように練習します。関節が柔らかいということは、脚を支える筋肉が必要。いまでも毎日時間をかけて、身体作りを続けてるの」
ジョゼの創作に毎回係わっている彼女。休み明けの稽古の初日を心待ちに、まずは、DVDを見終えねば!

モダンタッチを盛り込んだ、アニエスの衣装。

アニエス・ルテスチュは、エトワールでありながらこの作品では衣装デザイナーに徹する。舞台に立っていてはリハーサルで衣装チェックができないし、何しろ最後にカーニバルのシーンがあるので総勢70名近いダンサーが出演する。準備からして、これは大仕事である。
「モノクロの映画に倣って、衣装も背景もすべて白と黒にしようというのが最初の案でした。でも人間には肌の色があり、それは不可能。その代わりに現実のシーンには全体にグレートーン、舞台の上の非現実シーンは色の衣装にしましょうと。そして感情を表現する役にも色を使おうと、ガランスには赤い衣装を用意したんですよ。彼女の色は私にとって赤なので」
周囲の大勢がモノクロの中でガランスだけが赤いドレス。観る者も“ああ、ガランス!”となるように、映画におけるクローズアップの効果がこれで得られるというのが、ジョゼと彼女の意図なのだ。
年数が経過した第2部では、バティストやフレデリックなどの登場人物は社会的地位も上がり、裕福に。それに合わせて衣装の素材にも高級なビロード、タフタ、レースなどを使っているそうだ。いずれにせよ、物語の1840年代そのままの衣装ではなく、アニエスらしくモダンタッチが加えられたデザインとなる。この時代のスタイルは丸く膨らんだ袖やデコルテの刳り具合などでキープした。スカート丈はロングだが素材を軽くし、ボリュームも少なめにして踊りやすく……。長年のダンサーの経験から、アニエスは服の動きやすさについては熟知している。
「物語を離れ、現代が重ねられる部分では、バレリーナがトウシューズをはいてチュチュで踊るんです。チュチュといっても、縁取りはモノクロのネガフィルムのようで、プリントはガランスとバティストの顔だったりと、とてもモダンなのよ」
彼女のデザインのアイデア源は本や映画。『チャーリーとチョコレート工場』や『バリー・リンドン』などを、今回は参考にしたと語った。
- collaboration: L’OPERA NATIONAL DE PARIS
- text: Mariko Omura
*「フィガロジャポン」2008年9/5号より抜粋