300年後に仏人画家を魅了。16世紀の画家ティントレットに新たな視線を。

Paris

ティツィアーノ、ヴェロネーゼと並んでヴェネツィアを代表する画家の一人ティントレット(1518~1594年)。フランスではタントレと発音される。「ギョエテとは俺のことかとゲーテいい」という有名な日本の川柳を、「タントレとは俺のことかとティントレットいい」ともじってみたくなる。その彼の大型作品も含めて世界各地から40点近くの絵画とデッサンを集め、8区のジャックマール=アンドレ美術館で『éternel Tintoret』展が始まった。“永遠なる”とタイトルにつけられているのは、展覧会がイタリア・ルネサンス期のヴェネツィア派の画家ティントレットの作品のモダニティを語り、後世、とりわけ19世紀のフランスの画家たちに与えた影響にフォーカスをおいているからだ。

8区のお屋敷街にあるジャックマール=アンドレ美術館。特別展を見るだけではなく、この個人邸宅の主で芸術コレクターだったネリー・ジャックマールとエドゥアール・アンドレ夫妻の住まいとコレクションも忘れずに。photography: Mariko Omura

展覧会の締めくくりの部屋を先に紹介しよう。ティントレットが年齢の刻まれた顔を真正面から力強く描いた70歳ごろの『自画像』(1588年ごろ/ルーヴル美術館所蔵)と、彼の仕事の崇拝者であるエドゥアール・マネによるそのコピーが併置で展示されている。“プレステッツァ”と表現されるティントレットの自由で表現豊かな筆致をマネは捉え、かつ『自画像』の1940年の修復時に消されてしまったティントレットが描きこんだ碑文も彼は上部に再現。

この2点が並ぶ展覧会は必見。ぜひ美術館に足を運んで実物の鑑賞を。なおティントレットは通称で、本名はヤコポ・ロブスティ。父が染物職人(イタリア語でティントーレ)であることに由来する。photography: Mariko Omura

これと同じ部屋にはティントレットへの賛辞を惜しまなかったポール・セザンヌによる『La tentation de saint Antoine』(1870年ごろ)も展示。フォルムの単純化、筆致の解放などティントレットの影響が見て取れる作品だ。別の部屋ではジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル、ウジェーヌ・ドラクロワの作品もティントレットと並べられ展覧会のテーマを物語っている。

ポール・セザンヌ作『La Tentation de saint Antoine』(1870年ごろ)photography: Kunsthaus Zürich

ティントレットがテーマにしたのは聖書、神話、聖人の人生など。彼はそれらを実にドラマチックに描くのだ。絵画の伝統を破る大胆な構図、息を飲むパースペクティブ、劇的な光、弾ける色彩、生き生きと力強く自由な筆使い……鑑賞者の目を吸い寄せる作品が会場の8つの部屋でテーマとともに展開されている。大規模な展覧会ではないので、じっくり時間をかけて1作ずつ鑑賞を。第1室では大型の宗教画を展示。あまり宗教画には惹かれない、という人も、描かれている物語を超え、ドラマティックな作品が生み出す感動に心を動かされるだろう。

左:大型の宗教画を集めた展覧会の最初の部屋。右の作品内の人物の背景を指差して、キュレーターは“ゴッホが見える”、と。 右:『動物の創造』(1550〜1553年)は、140×196cmの大作。旧約聖書の創世記からのテーマ。ヴェネツィアのアカデミア美術館が所蔵している。
『le Miracle de saint Augustin(聖アウグスティヌスの奇跡) 』(1547〜1549年)は大胆な構図、奥行きの深さ、劇的な光……そして奥には教会が。不具者を癒す聖人と病人たちを描き迫力満点だ。©︎ Musei Civici di Vicenza – Museo Civico di Palazzo Chiericati

見出しが「官能とアイロニー」とある第二室には、聖書や神話に登場するヒロインの3点が展示されている。ウィーンの美術史美術館が所蔵する『シュザンヌと長老たち』、リヨン美術館所蔵の『ダナエ』(1678年ごろ)、フィレンツェのウフィツィ美術館所蔵の『レダと白鳥』だ。3作の裸体のヒロインたちの白い肌が醸し出す官能的な雰囲気が小さな部屋を包み込んでいる。裸体の女性画は16世紀のヴェネツィアで人気だったジャンルだが、ティントレットはそこにアイロニーを描きこんでいる。『ダナエ』では彼が描く黄金の雨は金貨で、それをダナエと召使がかき集め、“シュザンヌ”では覗き見する老人の欲望を滑稽に描くだけでなく、宝石で飾っている彼女の貞淑ぶりに疑いを向けさせて……と、ティントレットは彼女たちを鑑賞の対象ではなく能動的な存在として、皮肉を込めたアプローチで描いたのだ。

ティントレット作『ダナエ』(1578年ごろ)。 © Lyon MBA – Photo Martial Couderette
ティントレット作『水浴するシュザンヌ』(1555〜1560年)。旧約聖書のダニエル書からのテーマ。photography: Ville de Paris, COARC/ Claire Pignol
ティントレット作『レダと白鳥』(1578年ごろ)。ギリシャ神話で、白鳥に変身した主神ゼウスが、スパルタ王妃を誘惑したエピソードから。 ©Gabinetto Fotografico delle Gallerie degli Uffizi

展覧会の後半、ウジェーヌ・ドラクロワの作品『磔刑図』を展示しているのは「聖なるドラマ」と名付けられた部屋。展示のメインとなるティントレットの『La Trinité(三位一体)』は彼の革新的解釈と大胆な構図に、目を奪われずにはいられない。そこで起きていることへ周囲の人々の心の中までが読み取れるよう。ティントレットのストーリーテラーぶりはドラクロワを魅了したのだ。またジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルもこのヴェネツィアのルネサンス期の画家を崇拝し、『ティントレットのスタジオにおけるアレティーノ』(1848年)を残した。これは肖像画のためにスタジオにやってきた文筆家アレティーノを、銃を持って迎えたというティントレットのエピソードを描いている。現在NYのメトロポリタン美術館の所蔵品だ。

ティントレット作『La sainte trinité』(1961〜1562年)。ヴェネツィアの聖ジローラモ教会のために描かれた祭壇画で、1705年の火事で焼失を免れた上部。photography: Mariko Omura
左:ウジェーヌ・ドラクロワ作『磔刑図』(1835年)。photography: collection musée des beaux-arts de Vannes © Musées de Vannes 右:ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル作『ティントレットのスタジオのアレティノス』(1848年)photography: Courtesy of the Metropolitan Museum of Art – CC0p

「ティントレット・エンタープライズ」の部屋では生涯に650点という多作が、なぜ可能だったのかを解説。彼の仕事の速さに加え、自身の子どもと弟子たちも制作に参加する工房があったのだ。生産性を意識したオーガナイズで、工房は舞い込む注文に応えていたのである。その工房の円熟期に描かれた作品の1つは、ヴェネツィアのサン・マルコ広場にあったサン・ジェミニアノ教会のために描かれ、デヴィッド・ボーイが1983年から没年2016年まで所有していたことで知られる『Sainte Catherine d’Alexandrie et un ange(アレクサンドリアの聖カトリーヌと天使)』。現在も個人所蔵品なので、この展覧会は鑑賞のチャンスである。

左:ティントレット作『Saint Jérome』。聖書を訳した博愛主義の学者であり改悛隠者の聖ジェローム。右:アトリエ・ティントレット作『Sainte Catherine d’Alexandrie et un ange』(1557〜1570年)photography: 左 Mariko Omura、右 private collection. All rights reserved.

ジャックマール=アンドレ美術館の特別展の会場はもともとそう広くはない。さらに今回は大型の作品も多いので展示作品数が限られているが、デッサンやヴェネツィアの人々の肖像画なども展示され、見応えたっぷり。出かけてゆくに値する展覧会なのだ。

左:「模倣」と題された部屋。ティントレットは彫刻や置物などを参考にしてデッサンを描くことが多かった。会場ではルーブル所蔵のミケランジェロの彫刻とそれを複数のアングルで描いたデッサンを同時に展示。 右:肖像画を集めた部屋から、ヴェネツィアのエリート政治家マルコ・グリマーニの肖像画。ファーが縁を飾る天鵞絨のケープが高い地位をあらわしている。ティントレットは有権者のみならず、市井人も含めてヴェネツィアの人々の肖像画も描いていた。photography: Mariko Omura

『éternel Tintoret』展
開催中~2027年1月24日
Musée Jacquemart André
158, boulevard Haussmann
75008 Paris
開)10:00〜18:00(月~木)、10:00〜22:00(金)、10:00〜19:00(土、日)
無休
料)19ユーロ
https://www.musee-jacquemart-andre.com/fr/eternel-tintoret
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大村 真理子

madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター

東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。2006年から「フィガロジャポン」パリ支局長を務めた後、フリーエディター活動を再開。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。