「あの子は母親を求めていた」ダイアナ元妃の弟が語る、繊細なハリー王子の素顔。
ダイアナ妃の弟であるチャールズ・スペンサーは9月27日放送のフランスのTV番組に出演し、最近上梓した著書について語った。これはダイアナ妃の人生を取り上げた本で、本には書けなかった事もあるそうだ。

著者インタビューはスペンサー伯爵の自邸、オルソープ邸でおこなわれた。ジャーナリストのローラン・ドゥラウスを迎え入れたダイアナ妃の弟は、英国王室に関する「衝撃的な文書が複数」自分の手元にあるが、今回の著作には盛り込まなかったと語った。その著作とは9月22日に発売された『Swan Song: Diana, My Sister』だ。この本はバッキンガム宮殿を「パニック」に陥れている。出版に先立って「デイリー・メール」紙がチャールズ3世にとってとりわけ不都合な部分の抜粋を公開すると、宮殿は本の発売を待たずに反応した。たとえばダイアナ妃が亡くなった日、エリザベス女王の息子はとてもうれしそうだった、ついに最愛の女性、カミラ・パーカー・ボウルズと結婚できるのだからとチャールズ・スペンサーが書いている部分だ。さらに1997年9月6日のダイアナ妃の葬儀で、チャールズ皇太子(当時)が息子のウィリアム王子(当時)とハリー王子に棺の後ろを歩かせようとし、自分が断固反対したことにも触れている。「私はすぐに、とんでもないと反対しました。ダイアナは私をふたりの後見人に指名していました。私は恐ろしいことを考えるものだと思いました」と改めて今回の取材で語った。インタビュー映像は9月27日にフランス2のTV番組「20h30 le dimanche」で放送された。
兄弟のわだかまり
メグジット以来、口もきかないほど兄弟仲が悪くなった甥2人について質問されると、チャールズ・スペンサーは、ふたりの争いに自分は絶対「介入」できないと語った。「家族同士でいさかいが起きる場合、世間に見える以上に複雑な問題があるものです。当事者同士でわだかまりを解消すべきです。ひとつ願うのは、家族の傷がいつか癒えていくことです」と続けた。ダイアナ妃の弟は、ウィリアム皇太子と比べ、繊細で感受性が強いハリー王子のことをいつも気にかけていた。ダイアナ妃の葬儀後、彼はハリー王子を冷淡で非人間的な王室組織から守る必要を感じた。しかし一族から遠ざけられたことで約束を果たすことができず、ハリー王子は癒やしがたい悲しみにたったひとり、直面することになった。「あの子は母親のダイアナ妃に抱きしめてもらう必要がありました。でもそれは叶わないことでした。あの子を支え、落ち着かせる代わりに、周囲はあの子を混乱のなかに放置したのです」と新著の中でチャールズ・スペンサーは苦々しい思いを語った。
メーガン夫人とハリー王子の理解者
2020年初頭、バッキンガム宮殿を去る決断をしたハリー王子とメーガン夫人をチャールズ・スペンサーが目をかけたのはある意味自然なことだった。間違いなく、甥と叔父の絆を強めたのは、タブロイド紙に対する、そして「ザ・ファーム」と呼ばれる英国王室に対する共通の怒りだった。今回の取材でダイアナ妃の弟は、ハリー王子夫妻と今年の夏会っていたことを認めた。その後、8月末にハリー王子夫妻は英国へ突如、帰国した。「これは叔父としての私の役割でしょう。身近な人を失う苦しみを経験すると、残された人たちに対して、より気遣うようになります。あの子たちが私を必要とするなら、いつだって駆けつけます」とチャールズは思い入れたっぷりに語った。
ダイアナ妃を苦しめたタブロイド紙
スペンサー伯爵は姉のダイアナ妃がチャールズ皇太子との結婚生活の間、抱えていた苦悩についても、もちろん語った。それが著書のメインテーマでもある。「“この結婚には3人いた”ことを知るよりも前に、姉がとても不幸なことは知っていました」とチャールズ・スペンサーは言う。この表現はダイアナ妃が1995年11月20日にジャーナリスト、マーティン・バシールのインタビューを受け、夫が不倫していることを語ったときの言葉として有名だ。「この結婚には3人がいて、少し窮屈でした」
夫に拒絶され、王室の中で孤立し、タブロイド紙に追い回されたダイアナ妃はうつ状態となり、深刻な摂食障害を抱えるようになった。1996年に離婚しても心の傷が消えることはなかった。「彼女は何度も車を運転してビーチー岬に向かっていました。イングランドで最も高い白亜の崖です。自ら命を絶つことを考えていたのです」とチャールズ・スペンサーは著書で書いている。そして息子のハリーとウィリアムを愛するが故に思いとどまったことも。「どれだけ深い絶望を感じていたかお分かりでしょう」とフランス2の番組で伯爵は語気を強めて語った。チャールズ皇太子だけが原因だったわけではない。パパラッチに絶えず追いまわされ、見張られていたダイアナ妃は自由に生きられない、囚われているようだと息苦しさを感じていた。「車を運転していても姉の視界はさえぎられていました。パパラッチが周囲に群がっていたからです」と番組でチャールズ・スペンサーは当時の状況を振り返り、「いつかマスコミが姉を死に追いやるだろうと確信していました」と続けた。甥のハリー王子が口にしても違和感のない言葉だ。ハリー王子は何年にもわたって、自分の最大の恐怖は「歴史が繰り返される」ことだと訴え続けている。さらにメーガン夫人が受けたハラスメントと、母が1997年にパリで自動車事故によって亡くなった経緯を結びつけ、これまで何度も比較している。
From madameFIGARO.fr
※この記事は、フランスの新聞社「Le Figaro」グループが発行する「madame.lefigaro.fr」で掲載されたものの翻訳版です。データや研究結果はすべてオリジナル記事によるものです。
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- text: Solene Delinger (madame.lefigaro.fr)
- edit: フィガロジャポン編集部