ミュウミュウ×アート・バーゼル・パリ、映画監督アリス・ディオップが紡ぐ「慰め」のカタチ。
10月23日から25日、パリで開催されたアート・バーゼル・パリ。1970年にスイス・バーゼルの画廊主たちによって創設されたアート・バーゼルはいまや世界中で展開されているが、パリで開催されるのは今年で5回目となる。グランパレをはじめ、歴史的な場所を舞台に現代アーティストによる展覧会やインスタレーションが行われ、街中がアートに染まる。
多くのラグジュアリーブランドが協賛し、独自のプロジェクトを展開しているが、その中でも、オフィシャルパートナーとして3年目を迎えたミュウミュウの展示はひときわ目を引くものだった。今年は、フランスの経済、社会、環境評議会の本部であるイエナ宮を舞台に、アリス・ディオップが構想する特別プロジェクト「Geste de Consolation(慰めのしぐさ)」が開催された。

アリス・ディオップは、アイデンティティや移民、植民地主義といったテーマに取り組む、セネガル系フランス人の映画監督、脚本家だ。社会の周縁に置かれてきた人々の人生に焦点を当て、個人的な物語から社会に潜む構造的かつ政治的な問題を浮かび上がらせる。2021年のベルリン国際映画祭でドキュメンタリー映画賞を受賞し、22年にはヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞に輝いた。25年には、ミュウミュウとの協働で「Miu Miu Women’s Tales」第30作となる短編映画『Fragments for Venus』を監督し、同年のヴェネチア国際映画祭でジョルナーテ・デッリ・アウトーリ部門のオープニング作品として上映された。今回の展示は、そんな前作から始まったミュウミュウとの対話をさらに発展させたもの。西洋文化において黒人女性の身体がどのように表象されてきたのか、黒人女性に向けられてきたまなざしやそこに刻まれた偏見を問い直していく。

イエナ宮に足を踏み入れると、劇場を思わせる薄暗い空間が広がる。会場は4つの部屋で構成され、写真や映像、本、パフォーマンス、彫刻といった多様な表現が交差する。ディオップ自身が「私を癒やし、私を豊かにしてくれた」という女性たちの作品を集め、それぞれの表現が響き合う場となっている。「キュレーションという行為を通じて、私自身の人生や歩みにおいて重要な意味を持ってきた象徴的な作品やパフォーマンスを紹介しようと考えました。そして空間の構成において重要だったのは、作品同士の対話を生み出し、ひとつの物語を組み立てることでした」と、ディオップは語る。
最初に展示されているのは、ザネレ・ムホリによる一枚のモノクロ写真。2026年には、ハッセルブラッド国際写真賞を受賞している南アフリカの写真家だ。黒人女性が横たわりながら鏡を手にし、自らの姿を見つめている光景は、ある種の親密さを醸しながら、抵抗の意志と自身の存在を示すような力強さを感じさせる。「この写真は、映像インスタレーションに使用したアーカイブ画像に対するカウンターポイントのような存在」とディオップが語るように、その先に広がるのは、暴力的なイメージと彼女自身に慰めをもたらしてきたイメージが交錯する世界だ。

ディオップによるビデオインスタレーションは、映画監督としての彼女のまなざしを形づくってきたアーカイブ画像や映画の断片がモンタージュのように組み合わされ、二画面で上映されている。黒人女性一人ひとりの物語をラディカルな優しさをもって見つめ、母性や孤独を重層的に浮かび上がらせる表現は、どこかノスタルジーを感じさせる。一方で、時に目を背けたくなる暴力的なイメージが差し込まれ、その対比による緊張感が私たちの心を揺さぶってくる。

映像インスタレーションに続くライブラリーは、ディオップ自身の知的な世界に触れることができる空間だ。アーティストのメアリー・リー・ベンドルフによるモチーフを取り入れた色鮮やかなラグがパッチワークのように敷き詰められ、ミュウミュウらしいモダンなエレガンスが漂うリビングルーム兼ライブラリーとなっている。棚や机の上には、ディオップの思考や創作の礎となってきたブックが並んでいる。レバノン系アメリカ人の彫刻家シモーヌ・ファタルによるアートブックや、フランスの作家アニー・エルノーの小説も目を引く。ディオップが多様な思想やまなざしを通して、現代を生きる黒人女性の肖像をより広い視野から描き出していることが理解できる。

「私の思考や創作のあり方を形作ってきた本やテキストを集めています。朗読されているテキストもこの蔵書から選んでいます」と言うように、次のパフォーマンス部屋では、ペンダ・ディウフ、ゾラ・ニール・ハーストン、ジューン・ジョーダンらのテキストが出演者たちによって交代で朗読されている。

またパフォーマンスでは、コートジボワール出身の振付家ナディア・ブグレによる『Prophétique』の特別版も披露された。昼は美容師として働き、夜はダンスフロアで自らを解き放つトランスジェンダーの人々の姿を描き出した作品だ。5人のダンサーが伝統的なダンスを取り入れた躍動的な身体表現を繰り広げたかと思えば、ヘアメイクや衣装を整える身支度の場面へと移り、やがて動物を思わせる荒々しい表現へと変化していく。親密さと爆発的なエネルギーを併せ持つパフォーマンスを通して、社会の偏見に抗いながら自らの存在を力強く主張する姿が浮かび上がった。

そして最後の部屋で静かに佇むのが、「私にとって、癒やしのための祭壇のような存在」とディオップが語る、シモーヌ・リーの巨大なブロンズ彫刻『Sentinel(Mami Wata)』だ。リーは、アフリカ大陸とディアスポラ(離散した人々)の間で変容してきた水の精霊マミ・ワタのイメージを独自の解釈で表現した。引き伸ばされた女性の身体に巻きつく蛇の彫刻は、約5メートルもの高さにも及ぶ。破壊する力と創造し生命を生み出す力という相反する性質を併せ持ったマミ・ワタが、展示空間全体を見守る守護者のように配されている。

この多様なキュレーションの核にあるのは、黒人女性アーティストたちが生み出す「慰め」という行為だ。「美術史の中で、黒人女性の身体はフェティッシュ化され、動物的なものとして表象されてきました。それは、ある意味で私自身を形作ってきたものでもあります。だからこそ、そうしたイメージに代わる新たなイメージを生み出す必要性について考えてきました。つまり、私に影響を与えてきた暴力的なイメージに取って代わるイメージを描きたいという欲望を持っています。慰めとは、これまで生じてきた傷を修復すること。私にとって、芸術を通じた慰めとは、必要なものであり、欲望でもあります」と、ディオップは語る。まるで黒人女性たちの合唱のような展示は、歴史の中で繰り返されてきた表象が現在に至るまでどのような影響を与え続けているのかを露わにする。「慰め」という言葉の奥に潜む鋭い悲しみや怒りを掬い取り、私たちは時代を刷新していく必要がある。
「私がミウッチャ・プラダという女性に対して抱いていたイメージは、女性に大きな創造の自由を与えること、現代の女性たちにとって重要な問題に鋭い視点で向き合うことでした。そして、それはまさに私が思い描いていた姿と一致するものでした。コラボレーションを通じて、ミュウミュウが提供してくれる自由で寛大な環境を実感しています」。ミウッチャが長年向き合ってきた、女性たちの人生、経験、歴史、そしてこれまで語られることのなかった物語。ここに描き出されているのは、遠い誰かの話ではない。そこに映し出されるのは、私たち自身の姿でもある。誰かの存在に気づき、その姿を多様なまなざしで見つめ直すこと。ミュウミュウは、多様な女性たちの物語を通じて、その大切さを静かに問いかけている。
ミュウミュウ クライアントサービス
0120-45-1993(フリーダイヤル)
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- text: Momoko Suzuki
- photography: Courtesy of Miu Miu
- edit: フィガロジャポン編集部