ルーヴル・ランスで、芸術家と衣服の関係を紐解くモードにまつわる展覧会。

Culture 2025.06.03

パリのルーヴル美術館が初めてモードを扱った展覧会『ルーヴル・クチュール』(8月24日まで)が大好評。そのキュレーターを務めたのは美術館の装飾美術部門のディレクターであるオリヴィエ・ガベだ。フランスの北部にある分館ルーヴル・ランスでは、館長アナベル・テレーズがその彼を共同キュレーターに迎えて作り上げた『S'habiller en artiste. L'artiste et le vêtement』展を7月21日まで開催している。ルーヴル美術館の展覧会が装飾美術部門の所蔵品とファッションとの関係をテーマとしているのに対し、こちらは芸術家と衣服の関係がテーマだ。ルネッサンス期から今日に至る絵画、彫刻、写真、服など展示品は200点で、これらによって芸術家たちがどのように装っていたのかを来場者は知ることができる。

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妹島和世と西沢立衛の建築家ユニットSANAAが設計し、2012年末に開館したルーヴル・ランス。photography: Mariko Omura

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建物は低く、アルミニウムのパネルが覆う横長の外観に周囲の景観があやふやに映り込む様が美しい。photography: Mariko Omura

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イントロダクションとして、イヴ・サンローランがアート作品を取り入れたクチュールピースをクチュールサロンの雰囲気の中で展示している。そして、大きく10のテーマに分けて様々な角度から捉えたアートとモードの対話が展開するのだ。

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展覧会の始まりは、クチュールサロンのイメージで。イヴ・サンローランがジョルジュ・ブラックにオマージュを捧げた1988年春夏コレクションのドレスなどを展示。photography: Mariko Omura

初期のアーティストたちはいかに装っていたのか。そもそもアーティストのための特別な服というのはあるのだろうかという、アーティスト本人たちによる疑問から展覧会はスタートする。そのテーマは「古代ローマのゆったりした長い衣のトーガをまとったアーティストたち:古代アーティストたちの幻想」。職人と区別を示すべく、18~19世紀において芸術家たちは古代の衣装を着て制作をしていたそうだ。当時の画家の肖像画や自画像が展示されると同時に、古代の衣服への憧れはクチュリエたちにおいては21世紀のいまにも言えることとして、ディオールの2020年のクリエイションも展示している。

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最初のテーマは古代ギリシャ・ローマのトーガをまとった18〜19世紀の芸術家たちだ。photography: Mariko Omura

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左:トーガについて解説。 右:アデル・ロマネによる自画像(1799年ごろ)。当時流行りのカシミアのショールを椅子にかけ、古代の衣装を纏って娘の肖像画を優美に制作する様を描いている。この時代にあって、女性であり母であっても画家たり得ることをここで主張。photography Mariko Omura

画家たちは中世では大勢の中に自身を描きこんでいて、画布に一人だけの自画像を描くようになるのは15世紀になってから。そこに描かれる衣服がシルクに金銀糸を織り込んだブロカールのような豪奢なものだったり......。スポットが当てられているのは生涯に80点の自画像を残したレンブラント。そこには扮装の数々が見られ、装いだけでなくアイデンティティすら変身させている自画像も見られるのだ。同じコーナーではロマン・オパルカ(1931~2011年)のセルフポートレートも展示。装いは常に白いシャツで、彼の顔だけが年齢とともに変わってゆくというシリーズだ。

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23歳の頃から63歳までの自画像を残しているレンブラント。ここではルーヴル美術館が所蔵する1660年、54歳の時の自画像などが展示されている。photography: Mariko Omura

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白いシャツを着る女性アーティストという小テーマでは、1905年のマリー・ローランサンの自画像を展示。それに対して、男性芸術家たちは黒いスーツがテーマ。1870年にアンリ・ファンタン=ラトゥールが描いた有名な『バティニョルのアトリエ』を見てみよう。この作品では画家のアトリエに集まった芸術家たち全員がダークスーツ姿である。これが当時の男性芸術界でのユニフォームだったことがよくわかる。スーツからの流れで、このセクションでは英国のデュオアーティストのギルバート&ジョージも紹介し......次いで女装の男性芸術家と男装の女性芸術家というジェンダーのテーマへ。その後には、男女を問わず作業着で制作活動に勤しむ芸術家について、大きくスペースが割かれている。

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ジョン・ガリアーノによるディオールの2007年秋冬クチュールコレクションは、彼に多くのインスピレーションを与えたアーティストたちに捧げるオマージュだった。photography: Mariko Omura

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妻ゲルダ・ヴィーグナーが描いたリリー・エルベ(1922年)。デンマークの画家アイナー・ヴィーグナーは世界で初めて性別適合手術を受けた男性で、術後はリリー・エルベと改名した。その人生は映画『リリーのすべて』のインスピレーション源となっている。左後方の壁には、アンディ・ウォーホルのセルフポートレートのポラロイドが並ぶ。photography: Mariko Omura

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後方が、アンリ・ファンタン=ラトゥールが描いた有名な『バティニョルのアトリエ』(1870年)。photography: Mariko Omura

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作業衣のテーマの部屋の展示は、青い上っ張りを着て画布に向かうローザ・ボヌールの肖像から始まる。photography: Mariko Omura

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アーティストとクチュリエの関係を扱うテーマではニキ・ドゥ・サンファールがクローズアップされ、同じ部屋ではレオナール・フジタ(藤田嗣治)がミシンを踏む写真が掲げられている。これは自分のためにデザインしたシャツを縫っているところだ。彼は自分だけのために作り、タグもつけていたけれど販売は一切していなかったという。展覧会を締めくくるのは、政治的意識の高いアーティストたちによる作品としての衣服だ。この特別展は多くの要素が盛り込まれ、また時代順の展示でもないので少々頭の中が混乱するかもしれない。リラックスして、鑑賞しよう。

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ソニア・ドロネーは芸術家とモードのテーマに欠かせない人物。彼女のデザインによるクチュールピースやブティックを紹介している。photography: Mariko Omura

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左:シュレアリスト・アーティスト、レオノール・フィニのコーナー。彼女とモードの繋がりはスキャパレリの香水ボトルのデザインから。展示されているのは彼女が愛用した一枚布のドレスなど。 右:ディオールのマルク・ボワンと親しかったニキ・ドゥ・サンファール。二人のコラボレーションで蛇のモチーフが生まれ、彼女は自身の香水のボトル絡み合う蛇をデザインした。photography: Mariko Omura

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藤田嗣治のコーナー。photography: Mariko Omura

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ランスまで来たからには特別展だけでなく、「時間のギャラリー」と命名された見応えたっぷりな常設展示の見学も楽しみたい。開館10年に際し、展示作品が更新されて、紀元前3500年から19世紀半ばまでの5000年の絵画、彫刻、装飾芸術などを鑑賞できる。巨大なパリのルーヴル美術館では9部門を駆け巡る必要があるけれど、ここではひと続きのスペースにまとめられた一種のミニ・ルーヴル。と言っても、3000平米の空間にルーヴル美術館からの傑作250点も含まれた展示なのでそれなりの時間的余裕を持って出かけよう。

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ひと続きのスペースに5000年のアートの流れ! photography: Mariko Omura

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異なる文明、ジャンル、主題......見渡しが良いので、気になる作品が目に入ったらそちらへ足を進めてスラローム。そんな自由な鑑賞法ができるギャラリーだ。photography: Mariko Omura

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左:イヴ・サンローランが所有し、お気に入りだったゴヤの『ルイス・マリア・ドゥ・システィエ・エ・マルティネスの肖像』。''青い服の子供''と呼ばれる作品は、ピエール・ベルジュからルーヴル美術館に寄贈された。クチュリエに多大なるインスピレーションを与えた作品だ。現在、ギャラリーで展示中。 右:このギャラリーの1つの特徴は、作品ごとにこのようなイラスト付きの解説がつけられていることだ。photography: Mariko Omura

ランス駅へは、パリ北駅からTGVでArras駅での乗り換えで1時間強だ。ランス駅から美術館までは徒歩で約20分、あるいは毎時か30分ごとに出るバスの41番線 Louvre - Lensで下車する。

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1927年に生まれたアール・デコの宝石と呼ばれる国鉄Lens駅。鉄道、鉱山、工業をテーマにしたAuguste Labouretによるモザイクの壁画を今も見ることができる。photography: Mariko Omura

『S'habiller en artiste. L'artiste et le vêtement』
開催中~7月21日
Musée du Louvre-Lens
99, rue Paul Bert
62300 Lens
開)10:00~18:00
休)火
料)12ユーロ(特別展)
https://www.louvrelens.fr/
@louvrelens

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editing: Mariko Omura

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