世界の歌姫はフェミニズムをどう歌う? 女性アーティストの現在地を読み解く。【アメリカ・日本・韓国など】
世界各地で活躍する歌姫たちの在り方を手がかりに、近年めまぐるしく変化するフェミニズムを、つやちゃんが読み解く。
テイラー・スウィフト、ビヨンセ、BIBI……
歌姫たちが変えたフェミニズムの現在地。
U.S.A.
まなざしと欲望を書き換える、歌姫たちの現在。
近年のアメリカでは、社会の中に埋め込まれた評価の偏りを問い直す動きが見られる。たとえばテイラー・スウィフトは「The Man」(2019年)で、同じ行動でも男性は賞賛され女性は批判される状況を可視化し、仕事や恋愛において女性だけに厳しく向けられる評価の基準を問い直した。同時に、女性の身体や欲望を誰が語るのかという問いも重要なテーマとなっている。カーディ・B&ミーガン・ジー・スタリオンの「WAP」(20年)は、女性自身が欲望を語る主体になり得るという立場を示した。こうした流れは、#MeToo以降の社会状況とも結びつく。権力関係や視線の偏りが共有される中で、「どう見られるか」と「どう語るか」は切り離せない問題として意識されるように。そうした中で、ビヨンセは黒人女性の歴史と誇りを打ち出し、ビリー・アイリッシュは身体やまなざしを自身の内側から問い直す。また、サブリナ・カーペンターのような新世代は、軽やかなポップとともに女性の主体を自然体で表現するようになった。重要なのは、これらがひとつの理想像にまとまらない点。社会批評、身体の語り直し、歴史やアイデンティティの提示など、それぞれが重なり合いながら、価値観を更新し続けているのだ。
JAPAN
自分の感覚で選び取る、等身大の在り方。
日本の歌姫は、社会的な規範をラディカルに変革するのではなく、その中でどう自身のスタイルを保ち、自分らしさを演出するかに重心が置かれているのが特徴だ。それは、いままで周囲に合わせることを求められてきた女性が、自分の選択を決めること自体に価値を見いだす実践でもある。たとえばHANAの曲群は、女性同士の共感を軸にしながら感覚を肯定し合う関係性を描き出す。ここでは、誰かに対抗するよりも、自らの自然な在り方をいかに模索するかが重視されているのだ。ほかにも、LANAはストリートの文脈から自分の価値観や生き方を率直に打ち出し、飾らないリアルな自己像を提示している。また、iriは都会的なサウンドの中で、肩の力を抜いた語り口によって自立した女性像を描く。日本においては、声高に主張するのではなく、自分の感覚を軸に生きることがフェミニズムとして静かに共有されている。
UK
多様な背景が交差し、更新され続ける女性像。
ロンドンを中心とした都市は、移民文化と階級構造、ジェンダーが複雑に重なり合う場所であり、そこで生きる女性たちの経験もまた一様ではない。イギリスの歌姫は、そうした現実を背景に、さまざまな女性の在り方を可視化していく動きが顕著だ。たとえばリトル・シムズの「Woman」(2021年)は、黒人女性や働く女性など、それぞれ異なる立場にいる女性たちを並列に称え、その多様さ自体に価値を見いだしている。ここでは、異なる背景を持つ女性たちが同時に存在していること自体が肯定されている。こうした多層的な現実は、ほかのアーティストの表現にも色濃く反映されている。アーロ・パークスは、都市に生きる若者の孤独やメンタルヘルスを繊細に描いて、女性やクィアといった多様な立場にある人々の感情や弱さを浮き彫りにする。シャイガールは、クラブカルチャーという多文化的な空間を背景に、セクシュアリティや身体を主体的に扱い、女性が欲望を語る位置へと立つ。また、ピンクパンサレスは、恋愛や日常の不安をミニマルに切り取って、女性の感情を過剰にドラマ化せず、日常的なリアリティとして提示している。
LATIN AMERICA + SPAIN
身体とリズムで訴えかけるフェミニズム。
近年、ラテンの歌姫に見られるフェミニズムは、ダンスミュージックを通して女性の主体性を取り戻していく動きとして表れている。レゲトンをはじめとする音楽は長らく男性中心のジャンルであり、女性は欲望の
対象として描かれる側だった。そうした中で、グローバルヒット曲「Tusa」(2019年)におけるカロルGとニッキー・ミナージュは、失恋を女性自身の視点から語り、さらに女性同士が連帯する構図を提示。ここでは、踊る肉体は男性のためではなく、自身の感情を表現する手段へと転換されている。ほかにも、ロザリアはフラメンコやレゲトンを再解釈して、女性の欲望や力強さを前面に押し出し世界的スターに。また、カミラ・カベロはポップ文脈の中でラテンのアイデンティティを保ちながら、ディーバ的な堂々とした語り口を確立している。ラテンにおいて、フェミニズムは思想として語られるというよりも、身体やリズムを通して実践されているのだ。
KOREA
抑圧を超え、怒りで切り拡く女性たちの表現。
韓国の歌姫は、抑圧的な社会の中で女性の怒りや感情を可視化していく動きとして表れる傾向だ。儒教的規範の影響が残っている社会文脈の中で、女性は礼儀正しく穏やかであることが求められやすく、怒りや攻撃性を表に出す行為は長く抑圧されてきた。そういった背景下で、BIBIの「BIBI Vengeance」(2022年)は、裏切りに対する復讐を過激なイメージとともに描き、女性の怒りを正当な感情としてパフォーマンスした。この傾向はほかのアーティストにも見られる。イ・ヨンジは率直な言葉とユーモアで女性の本音を表現し、社会的な期待とのズレを浮かび上がらせる。また、Heizeは恋愛や自己肯定の揺らぎをリアルに描き、従来の理想的な女性像に回収されない感情の在り方を提示している。韓国においてフェミニズムは、怒りや違和感といった感情を隠さず表現すること自体が、女性の存在を再定義していく実践として表れているのだ。
MeToo以降のフェミニズムの変遷
2019
- #MeToo運動の流れを受け、日本でKuToo運動がSNSを中心に拡大。
- 映画『82年生まれ、キム・ジヨン』が韓国で公開(日本公開は2020年)。結婚・出産後の女性の生きづらさを描き議論を呼ぶ。
- バーナディン・エヴァリストが『Girl, Woman, Other』で黒人女性初のブッカー賞を共同受賞。
2020
- #MeTooの発端となったハーヴェイ・ワインスタインに有罪判決。
- ジョージ・フロイド事件を契機にBlack Lives Matter運動が世界的に拡大。
- 韓国でデジタル性犯罪であるn番部屋事件が発覚し、社会問題化。
2021
- エメラルド・フェネル監督による映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』がアカデミー賞脚本賞を受賞。
- ジュリア・デュクルノー監督による映画『チタン』がカンヌ国際映画祭パルムドール受賞。
- トランス女性の生や家族像を描いた『Detransition, Baby』(トーリー・ピーターズ著)が英国最高峰の文学賞のひとつであるウィメンズ・プライズ・フォー・フィクションにノミネート。
2022
- 日本でAV出演被害防止・救済法が成立し、性被害対策の法整備が進展。
- ワインスタイン事件を追った記者の実話を映画化した『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(マリア・シュラーダー監督)が公開。
2023
- グレタ・ガーウィグ監督による映画『Barbie』公開、ジェンダー規範や女性像をめぐる議論が世界的に拡大。
- 市川沙央著『ハンチバック』が芥川賞を受賞し、障害とジェンダーをめぐる語りが評価される。
- 日本で性犯罪に関する刑法が改正され、不同意性交罪が導入。
2024
- フランスが人工妊娠中絶の権利を憲法に明記し、リプロダクティブ・ライツにおける歴史的転換点となる。
- 柚木麻子著『BUTTER』が英語圏を中心に翻訳・評価され、国際的に注目を集める。
- 山中瑶子監督による映画『ナミビアの砂漠』が公開され、現代女性の生や関係性を描く作品として話題となる。
2025
- ヴェネツィア国際映画祭では女性視点の作品が評価され、ジム・ジャームッシュ監督の『Father Mother Sister Brother』が金獅子賞を受賞。カンヌ国際映画祭では「Women in Film India」が設立され、女性映画人を支援する制度的な動きが進む。
- バヌ・ムシュタク著『ハート・ランプ』が国際ブッカー賞を受賞。家父長制社会に生きる女性たちの日常や抑圧を描いた作品が評価される。
Tsuyachan
音楽やポップカルチャーを軸に批評・執筆を行うライター。ジェンダーや社会の視点から現代を読み解く。近著に『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DUBOOKS刊)、『スピード・バイブス・パンチライン:ラップと漫才、勝つためのしゃべり論』(アルテスパブリッシング刊)などがある。
- text: Tsuyachan
- editing: Yoshiko Kurata
*「フィガロジャポン」2026年6月号より抜粋