パリのシェフが教えてくれた、毎日の料理を楽しくする5つの直伝テクニック。【森春菜の「令和じたばたパリジェンヌ月報」#3】
東京からパリに引っ越してきて、いちばん分かりやすく変わったのは、毎日の自炊が楽しくなったことだ。東京にいた頃の自炊は、いかに効率よくタスクを消化するかという戦いだった。おいしさよりも、スピーディーに終わらせることが目的になっていた。
パリに来てからは、台所に立つ時間そのものが日々の楽しみに変わった。とはいえ正直に言えば、面倒くささで台所の前に立ち尽くす夜もしばしばある。そんな日は、近所のベトナム料理屋に逃げ込む。
それでも思う。自炊を、もっと楽しいエンタメに変えられないだろうか。その答えを持っていそうな人が、パリ11区にいた。


彼女の名前は、クレール・グリュメロン。レストランLissitのヘッドシェフだ。
彼女はもともと写真のレタッチャーだった。フォトグラファーを夢見て、画像のレタッチや動画の編集を仕事にしていた彼女は、あるとき気づいたのだという。一日のうちで、いちばん楽しいのは料理をしている時間だ、と。「レタッチをしながら、頭の中はずっと、夜につくる料理のことを考えていたの」。
自炊は「唯一の、今日中に完成する創作活動」

そこで彼女は、フリーランスの仕事続けながら、ためしにレストランのキッチンで働きはじめてみた。「写真の仕事は、完成までに何ヶ月もかかる長期プロジェクトだけれど、料理は、毎日つくってその日には完成する。それが嬉しくて」
2017年に料理の世界へ入り、2020年に初めてシェフを任される。そして2025年2月、Lissitオープンと同時にヘッドシェフに就任。それから1年と経たないうちに、ミシュランのビブグルマン2026を獲得した。

台所がアトリエになる、5つのアイデア
私ももうちょっと料理を楽しみたい。彼女が料理に向ける好奇心を手軽に私たちの台所へ持ち込むにはどうしたらいいのだろう? 単刀直入に聞いてみると5つのアイデアを教えてくれた。

アイデア1
定番料理を組み合わせてみる
ひとつめのアイデアは、彼女のシグネチャー「ブーダンと洋梨のタルトタタン」の生まれ方にあった。

タルトタタンは、りんごをキャラメル色に焼いて最後にひっくり返す、フランスの定番デザートだ。一方、ブーダンは豚の血を使った真っ黒なソーセージで、りんごや洋梨を添えて食べるのが昔からの決まりごとになっている。
そこで彼女は、タルトタタンの真ん中に、ブーダンを流し込んだ。焼き菓子の顔で出てくるのに、ナイフを入れるとソーセージが現れる。それでいて味は、フランス人が子どもの頃から知っている組み合わせに着地する。
「よく知っているもの同士を掛け合わせると、見た目は初めてなのに、味はどこか懐かしい一皿になるの。『子どもの頃に食べた何かを思い出した』と言われるのが、私にとって最高の褒め言葉よ。」
アイデア2
ひとつの料理を3日かけて育てる
「忙しい期間ほど、3日かかる料理を作るの」。どういう意味だろう?と驚くけれど、毎日毎晩頑張って料理を作るのではなく、ひとつの料理を育てながらアレンジして、3日間別物として楽しむというのだ。
彼女のおすすめレシピは、ブッフ・ブルギニョンだ。

大きな鍋で、薄切りの豚肉を最初に炒める。そこへ角切りの牛肉、にんじん、マッシュルームを入れ、赤ワインと水をひたひたに注いで、ふたをして弱火にかける。作り方はこれだけだ。ただし、おいしくなるまでには合計4時間ほどの煮込みがいる。
1晩目は、1時間ほど煮たら火を止めて、バゲットを添えて食べる。2晩目は帰宅したら火をつけ直して、パスタと合わせる。3晩目は、すっかり濃厚になったブッフ・ブルギニョンを、ごはんと一緒にいただく。
火を入れ直すたびに肉はやわらかくなり、ワインと野菜の味が溶け合っていく。2日目からは火をつけているだけなのに、立派な作品を育てている実感があって、自分自身が誇らしくなるそうだ。
アイデア3
おなかを空かせて、心が動く「色」を買いに行く

「私の料理は、いい食材を見つけるところから始まるの。だからマルシェには、必ずおなかを空かせて行く。インスピレーションの量が全然違うから。食べた直後に行くなんてもったいないわ」
選ぶ基準は、色だ。「色のある食材を選ぶの。色は人生をもっと楽しくしてくれるから」。実際、彼女の皿にはいつも目を引く色が差してある。黄金色の卵、緑のソース、付け合わせのオレンジ。「絵みたいに目を捕まえる何かがほしいの」。

スーパーでの買い物も「何を作るか」ではなく「何に心が動いたか」から始めると、とたんに陳列棚が美しく見える。棚の前で自分の心が動くのを待つ数分は、献立という正解を探す苦行時間ではなく自分の心を発見する瞑想時間になりそうだ。
アイデア4
食材は3つまで縛ってみる
「できれば3つ以内の食材で料理を完成させたいの。複雑すぎる料理は、どう食べていいのか分からないでしょう。」

実際、Lissitのメニューは、ほとんどの皿が3つ程度の食材でできている。これはレタッチャー時代から変わらない彼女の美学で、写真でも料理でも、彼女が愛するのはシンプルさだ。
そんな彼女の休日のお気に入り組み合わせは、炊きたてのごはん、味噌、海苔。「フランス人の私には、ごはんと味噌と海苔は、贅沢なセットなの。ちょっとの食材でご馳走の完成よ」
アイデア5
卵を味方につけると、簡単レシピで世界が広がる
できる限り手間をかけずに、栄養をとりたい日はどうすればいい? 私の無謀な質問にも笑顔で答えてくれる彼女。
そんな日の最強食材は、卵だそう。彼女の定番は、半熟ゆで卵にバターを塗ったパンをひたして食べるだけの一品。「食べるまで3分よ」。

最後にもうひとつ、彼女の行きつけのパリ4区のカフェ、My.fermentation.coffeeからヒントを得たレシピを教えてくれた。

彼女自身でこのオムレツを作ったことはなく、食べたくなるたびにカフェに足を運んでいるという。「バターと味噌、卵の組み合わせは一度試してみてほしいわ」と笑顔の彼女。上にのせて溶かしながら食べると「人生でいちばんのオムレツ」なんだとか。
料理を制する者は、人生を制す!?

インタビューの帰り道、いきいきと話す彼女の顔を、何度も思い返していた。
別れ際、これからやりたいことを聞くと、彼女はこう答えた。「この9年、毎晩厨房に立ってきたの。誕生日も旅行も、たくさん逃してきた。数ヶ月前にスーシェフを迎えて、やっと夜を休めるようになったのよ。これまでの道のりも愛おしいけれど、これからは、人生そのものをもっと味わい尽くしたいわ。友達と、恋人と、旅をして、美しい思い出を作りたいわね」
毎日必ずやってくる料理というタスクを、面白がり、愛することができたなら、その先の人生も、もっと美しく見えてくるのかもしれない。いつもより浮かれた足取りでスーパーに寄り、ブッフ・ブルギニョンの食材を買い込んで、家に着くなりキッチンに立った。
Claire Grumellon
クレール・グリュメロン
元・写真レタッチャー。2017年に料理の世界へ転身し、独学で腕を磨いて2020年に初のシェフ職に就く。パリ11区Lissitのヘッドシェフ。動物を丸ごと一頭扱う職人的なアプローチが評価され、ミシュラン ビブグルマン2026に新規選出された。
@clairegrumellon
Lissit
リシット
48 rue de la Folie Méricourt, 75011 Paris
営)17:00〜25:00
休)月、日
@lissit__
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森春菜
大学卒業後、コピーライターとしてキャリアを始動。「形あるもの」に憧れるようになり、4年前にジュエリーブランドANNA DIAMONDを設立。2025年2月、代官山に直営店ANNA DIAMOND Galleryをオープン。’25年10月にパリに移住。ブランドも欧州への展開を予定している。
森春菜 Instagram:@haruna_mori__
ANNA DIAMOND Instagram:@annadiamond_jp
ANNA DIAMOND 公式サイト:https://annadiamond.shop/